第82話「アレクとの約束」


「魔族フル・コルト! わたくし、エリザベータ・アイトーロルがお相手します!」


 名乗りを上げたリザ、それに対して一瞬動きを止めた穴空き魔竜。


 どうやら今までリザの事を認識さえしていなかったらしい魔竜二頭も訝しげにリザを見遣って動きを止めました。


 穴空き魔竜の胸の辺り、ボコボコと何かが膨らみ出て、その膨らんだ何かが人型をとりました。


 胸から上を現したフル・コルトその人です。


très bienとれびあぁんぬ!」


 上半身裸のフルがいつもよりも熱のこもった雄叫びを上げ、クネクネと動かした両腕でご自分の体を抱きしめさらに叫びました。


Fantastiqueふぁんたすてぃぃぃく!」


 自分の雄叫びに酔いしれてらっしゃるのか恍惚とした表情ですね。


「トロルの姫エリザベータ様。少し見ぬ間にまたお美しくなられましたね」


 また相変わらずの柔らかで優雅な物腰でそんな事を仰いました。リザの容姿に変化は特別ないと私は思いますよ。

 お世辞のお上手な魔族も珍しいですね。


「フル・コルト! 貴方は十年前も魔竜にアイトーロルを襲わせたそうですね!」


「おや、誰がそんな根も葉もない事を。私はただ、今と同じ様に一頭の魔竜に私の核を食わせただけ、襲わせたなんて人聞きの悪い」


 魔竜と同化している様に見える今のフル。あの特異体質を利用し魔竜の体を乗っ取っているらしいですね。


「同じことでしょう! アイトーロルを襲わせたのは貴方! それはつまり、わたくしの両親を殺させたのも貴方ではないですか!」


Nonのん! それは違います! 誤解しないで頂きたい。アイトーロルの王太子と王太子妃、二人を殺させたのが私なのではありません。殺したのは魔竜と一体化した私なのですから!」



 ドンっと地を蹴り突進したリザは再び跳び、振り上げた戦斧を穴空き魔竜の胸から生えるフルへと叩きつけました。


「グギャァぁあ!」


 見事にドスンと穴空き魔竜の肩あたりに命中した戦斧を――


「せぇぇぇええ!」


 ――掛け声と共にさらにグイッとじ込んだ斧刃ふじんがフルへと迫りますが、それをフル上部の魔竜の頭が阻止しようと牙をむきます。


 戦斧の柄を上手に盾としてそれを防ぎ、今度は戦斧の刃を支点として前に跳んで回り、穴空き魔竜の向こう側へと着地しました。


 ――危ない!


 着地した瞬間のリザへ向け、一頭の魔竜が口を開いて竜の息吹ブレスを放つ素振り――


 戦斧を胸に抱え、両掌をパンっと鳴らしたリザが一言。

「――精霊よ、――護れ」


 ――鋭い! リザの反応が恐ろしく速い!

 轟いた爆発音と共に噴煙が巻き起こります!


 同時に動くもう一頭の魔竜。こちらはリザを狙わず穴空き魔竜へまっしぐら。


 やはり残りの二頭はフルに操られている訳ではないらしいですね。とにかくフルと一体化した魔竜を狙っているようです。


 穴空き魔竜へ肉薄する魔竜。

 リザが斬り裂いたのとは逆の左肩へとガブリと咬みつき、咬まれた穴空きが絶叫をあげました。


 そして我らがエリザベータ・アイトーロル。


 無傷のリザは包まれた噴煙から真上に跳び上がり、咬みつく魔竜もブレスの魔竜も無視して、穴空きの胸から生えるフルへ、刃をを叩きつけました!


 ――パンっ、と酷く乾いたような破裂音と共にフルの胸から上が消滅し、逆にビチャビチャベチベチと湿った音で地面に赤いシミを作り出しました――


 アドおじさんとリザとのやり取り、ポンポンと戦斧を叩いたリザの動きはコレだったんですね。


 斧刃で斬るのでなく、斧刃の側面で叩き潰す。


 それこそリザの考えたフルを仕留める手段という訳でしたか。けれど――



c'est dommageどま〜じゅ〜!」


 にょきりと穴空き魔竜のお腹から再び生えたフルが綺麗な顔を剽軽ひょうきんに歪めてベロベロ舌を振ってそう叫びました。


 めっちゃ腹の立つ! なにが『残念でした〜!』よ!


 しかしそれを読んでいたのか偶々たまたまなのか、地に降りたリザがすかさず横振りにフルスイング!


 再び乾いた破裂音、そして左肩に咬みついていた魔竜のお腹でビチャビチャベチベチ。


「はい、c'est dommageどま〜じゅ〜!」


 さらに魔竜の股間あたりからにょきりと生えたフル・コルト。


「せぇぁああ!」


 リザも腹が立ったのか、戦斧でなく右の拳をフルの顔面に叩き込みました。


dameだぁむのする事ではありませんよ。はしたない」


 口の端から血を垂らしたフルがそんな事を言いました。


 ……まぁ、それは確かに否めません。

 淑女は股間をグーで殴りはしませんよね。

 けれど紳士は竜の股間から生えたりはもっとしないと思いますよ。


 ずむずむと股間にめり込んだフルは、今度はリザが斬り裂いた左肩から生え出して、地味にその傷を埋めてしまいました。


 二首ふたくびの魔竜のような歪な姿のフルと魔竜。

 右肩に咬みついたままの魔竜へ向けて、フルが魔力弾を放ちます。


「ぎゃううんっ!」


 悲鳴をあげて仰け反る魔竜へ、フルの魔竜が咬みついたその時、ブレスの魔竜が再びブレス放出! フルの魔竜へ直撃しました!


「グギャァぁあ!」


 高熱のブレスの直撃を受けたフルの魔竜はブスブスと焼け焦げ、ドサリと倒れ込みました。


 が、その左肩にフルの姿はありません。



 倒れたフルの魔竜へ、戦斧を構えたリザが警戒します。どうせまたどこかからズムズムと生えてくるんでしょう。



 ジリジリとにじり寄るリザ、さらにブレスの魔竜もジリジリと――


『――リザ! うしろ!』


「えっ――ぐはっ――!?」


「またまたc'est dommageどま〜じゅ〜〜!」


 ごめんなさいリザ!

 私がもっと注意していれば!


 まさかもう一頭の魔竜の胸からフルが生えるなんて!


 私の声に僅かに反応したリザでしたが、それでも左肩にフルの魔力弾が直撃してしまいました。

 右手に持った戦斧で体を支えたリザは、痛みを堪えてフルを睨みつけます。


「――アレクとの約束が守れなくなったじゃないですか! 許しません!」


 そう言えばしてましたね。

 絶対に怪我なんてしない、と。


 フル、覚悟しなさい。リザにはとっても大切な約束なんですから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る