第83話「永遠にさようなら」


「――精霊よ。――癒しなさい」


 アレクとの約束を破ってしまったリザは、負った傷をしれっと癒やしていきます。

 そうそう、バレないように綺麗に癒やしちゃいなさい。


 それでも約束を破ってしまった自分と、破らせたフルが許せないらしいリザは怒っています。


 と、そこへ突然響く謎の声。


「…………美シイ……オ嬢さン……」


 まさか私の事かと思いましたが、そんな事ないでしょうね。

 一体誰が、と悩む必要もありません。ブレスの魔竜です。


「……迷惑ヲ掛けテ済マん」


「お話のできる魔竜だったのですね」

「我ハ群レの長。他の者ハマダ、若イ」


 二メートルに満たないリザに対して、十メートル近くある長は並び立ち、二人はフルを警戒しながら話を進めました。


「ソノ肌の色、アイトーロルの者デアロウ? カツテの件ニツイテモ謝ル。済まン」


 十年前のはぐれ魔竜騒ぎの件ですね。


「貴方たちも被害者でしょう? 当時は貴方がたを恨みもしましたが、魔族の関与があったと知った今、謝罪は不要です」


「ソウ言っテクレルのナラバ肩の荷モ降リル」

「ですからわたくしも謝りませんよ」


 長は首を捻ってリザを見遣りました。


「我が国の者が貴方のところの者を仕留めた件について、です」


「グハハ。小サキ身で面白イコトヲ言ウお嬢サンダ」


「わたくしの名はエリザベータ・アイトーロル。リザと呼んで下さいませ。貴方は?」


「我ニ名なドナイ。長ト呼ベ」


 竜の口の形で喋れる訳がない、なんて仰る方もいらっしゃるでしょうけど、長はさっきからグギグキグゲグゲと鳴いてるに過ぎないんですよ。


 ただ、そのグゲグゲグギグギにご自分の魔力で干渉して人が聞き取れる言葉としているのです。

 高度な魔術と言えるかもしれませんね。



「では長。共闘といきましょうか?」

「勿論ダ。行クゾ、リザ!」


 これは大きな、大きすぎる援軍を得ました。

 戦力的には互角以上でしょう。

 問題はあの、フルの能力にどう対処するか、に絞られましたね。


「ギャァァァァア!」


 初っ端から長の大技、ブレスがフル達へ襲い掛かりました。

 それに対してフルと新たに同化した魔竜もブレス。二頭の中央でかち合ったブレスが押し合いへし合い、それでも僅かに長のブレスが優勢です。


 フルは一旦魔竜の体にズブリと潜り込み、今度は首の付け根あたりから姿を表しました。

 膝下だけを魔竜の体に潜り込ませて立ち上がり、長を狙って二つの魔力弾を放ちます。


 ちなみにフルは下半身も着衣なし。なかなかをお持ちでした。


 リザが長の背を駆け上がり、こちらは首の付け根を踏んで跳び、戦斧でフルの魔力弾をまとめて叩き斬り、未だ押し合うブレスを避けて着地。

 すぐさま駆け、再び跳び、フルの体めがけて戦斧を振りました。


「せぇぇっ!」


 ブレスの放射を止めた魔竜が首を振り、リザとフルの間に割って入ります。


「――うっ!」


 戦斧を叩きつけるのを躊躇ためらうリザ。

 しかし堰き止められていた長のブレスが魔竜へ直撃!


「きゃあっ――!」


 爆風に巻き込まれたリザが吹き飛びますが、当たった訳ではないので無傷です。

 危うく長のブレスでもアレクとの約束を破ってしまうかと思っちゃいました。



 長のブレスの直撃を受けた魔竜もそれほどダメージは無いようです。放射時間が長すぎたせいで威力が落ちていましたか。


intéressantあてれっそん! トロルと魔竜が連携とは! 大変興味深い!」


 フルにもまだまだ余裕がありますね。

 面白い! なんて叫んでいますもの。

 でも確かにそうです。この私ですらそんなの聞いたことないですからね。


 吹き飛ばされたリザがクルリと回転ののち華麗に着地。そこへ再び長が並んで立ちました。



「リザ。アノ魔竜に気遣イは無用ダ。スデニ助カラん」


「――えっ? それはどういう……」


「アレは我ラの体ヲ縦横無尽に喰らウ。スデにダメダ」


 リザは少し首を捻っていますが、なんとなく私分かりました。

 フルの特異能力とは、核だけ無事ならば幾らでも再生が可能という相当チートなずるいもの。


 その核を食べさせる事によって魔竜の内部に入り、同化し、魔竜の細胞を使って自分の姿を作り出しているのでしょう。


 いくら魔竜が大きいと言っても体がつ筈がありませんね。



「ですが……」


 そうです。

 リザもアレクと同じで、魔獣を不必要に殺すのを好みません。魔竜と言ったって魔物でも魔族でもない、言わば竜の魔獣ですからね。


「……リザは優シイナ。分かッタ。良い案ガアル……――」


「――しかしそれでは!?」


「機会は一度ダケ。任セタ」




「お話は済みましたか?  リザ姫様と gróusぐろぉぅす lézardりざーん ? ……ふ、ふふふ、ふははははは!」


 自分で言ってめちゃくちゃ笑い出しましたけど、ちっとも面白くありませんよ、「りざーん」と「リザ」を掛けたそのダジャレ。


「グハハはハハ!」


 まさかと思いましたが魔竜の長には大ウケです。魔族言葉さえも理解できたんですね。


と言ワレて笑っタのハ初メテよ!」


 一頻り笑った長も笑いを収め、今度はをピクピクさせて言います。


「――シカし殺ス」


 巧みに翼を羽ばたかせ、さらに太い脚で地を蹴った長がフルの魔竜へ突進しました。


 あっという間に距離を詰めた長は、至近距離でブレスの放射。

 それを跳んでかわした魔竜に対し、即座にブレスを止めて跳び、足に咬みついた長がそのまま地面に叩きつけました。


 ……はー! せわしない! バトルの際の地の文がどんなに大変か皆様は知らな――


 ――あ! あぶない!


 倒れたままの魔竜が首を起こし、長の右脚にがぶりと咬みついてしまいました!


 …………分かりにくいですが、長の顔が微笑んで――



「リザ! 任せルゾ!」


 叫ぶと共に、長は魔竜に向けてブレスを――


 ――そして、辛そうに顔を歪めたリザは跳び、斜めに掲げた戦斧を、あろう事か長の右腿に――


「っせぇぇえええっ!」


 ズドンっ――



 ブスブスと煙を上げた魔竜の体を、長は慌てて咥えて跳び、そして再び叫びます。


「リザ! !」


 斬り離されてもしっかと大地を掴んで立つ、置き去りになった長の右脚。

 自分の背より少しだけ低いそれへ向け、リザが戦斧を振りかぶります!


「――ひぃっ――ちょ――Attendsあっとん……」


 ちょっと待ってとフル長の右脚が言いますが、長の案通り、事ここに至ってリザが待つ筈がありません。

 振り上げられた戦斧は、長の脚を狙って……


「――c'est dommageどま〜じゅ〜」


 残念でした……って……


 長の右足の小指が、ぱんっと小さく音を立てて射出され、真っ直ぐにリザの太腿を目掛けて飛び出しました。


 まさかフルの狙いは……リザの体を奪う事――



「――はい残念、ですわ」


 リザは斧刃をクルリと立て、長の右脚をスルーし地に戦斧を打ち付けるとともに、反動を利用しピョンっと自分の体を跳ね上げました。


「……は。……はぁっ!?」


 的を失った長の小指は、転々々てんてんてんっと地の上を転がって行きました。


「……は? じゅ……Jeじゅ ne sais pas!?」


 訳がわからない!? と騒ぐフルへ、リザが言います。


「ええっと……せどまーじゅ! でしたっけ?」


 散々言われた『残念でした』の意味、伝わっていたんですね。

 逆に言ってやったリザは、まだ何事かを喚き散らすフル小指へ向かって戦斧を小さく振りかぶり、容赦なく振り下ろしました。


「長! ごめんなさい!」

「許ス! やレ!」


 バスン、ぐちゃん、と同時に聞こえ、そのあと戦斧の下から小さな声が「弱々しく――」



「――Adieuあでゅぅ……」



 ホッとしました。


 「またな!」を意味するAuおぅ revoirゔぉあでなく、「永遠にさようなら!」を意味するAdieuあでゅぅでしたから。

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