第81話「開戦、リザと魔竜」


 空が白んでいきます。


 まだ眠るリザの顔に陽の光が差し、眠りを妨げ声を上げさせました。


「――お婆様! 魔竜は!?」

『落ち着いて下さい。まだ夜が明けたばかりですよ』


 傍らの戦斧を即座に掴んで立ち上がり、辺りを警戒したリザにそう教えてあげました。

 良い具合にピリピリしていますね。


「そう、ですか。……アレク達は大丈夫でしょうか」


『安心してください。あちらにも意識を飛ばして様子だけは見ていますから』

「お婆様はそんな事も出来るんですね。大変助かります」


 ぺこりと頭を下げてそんな事を言うリザが可愛いです。

 向こうも日暮れ前に魔物を従えた魔族と一戦交えましたが、特に問題なく全滅させています。

 アドおじさんと違って魔族らしい魔族だったのでアレクが問答無用で核ごと斬り伏せました。


 一点付け加えるとすれば、魔物の強度が増しているため少し苦戦し始めた事です。

 もちろん今のリザにわざわざ伝えはしませんが。



『体の方はどうですか?』

「お婆様のおかげでゆっくり休めましたから。もうなんともありませんわ」


 ぐぅっと背中を伸ばし、ぐるりと体を回して手足をプルプル振って様子を見、そう言って私へ笑顔を見せました。


 大丈夫そうですね。少なくとも体が動かなくて苦戦するという事はなさそうです。


「それにしてもお腹がよく空きますわ」


 そしてリザはジンさんから預かったバッグを開き、再び干し肉をパクリ。慣れてきましたかね、噛むのにそれほど難儀しなくなってきたようです。


 そして少しの間、まったりとした時間を過ごしましたが、不意にリザが立ち上がり、岩に立て掛けていた戦斧を手に取りました。


「来ました。やや北寄りの西、上空に三つの影です」


『私にはまだ見えませんが……、三つという事はやはり魔竜は二頭ですか」


 一つはフルですよね?


「いえ、フルの姿は見えません。恐らくです」


 魔竜が三頭……それをリザ一人ではかなり厳しいですね。


 あ、私にも見えてきました。遠くてよく分かりませんが、確かに三つの影です。フルはどれかの背にでも乗っているのか、別で動いているのでしょうか。


『ニコラ率いるトロルナイツもじきに来ます。それまで持ち堪えて下さい』


「爺や達が来てくれるんですか。それは頼もしいですが……、来るまでに全て片付けてみせますわ!」



 リザは斧を置き、代わりに拳大の石を拾って振りかぶり、綺麗なフォームで魔竜めがけて投げつけました。


 ボッ、という音ともに飛んだ石は、見事に先頭を飛ぶ魔竜の翼に穴を空けてそのまま飛んでいきました。


『当たりましたよリザ!』


 グギャァと叫びを上げた先頭の魔竜はバランスを崩して羽ばたきをめ、地を目指して真っ逆さまです。


 戦斧を手にしたリザは、石が当たったことへの喜びなどは見せずに駆け始めました。


 本気でニコラ達が来る前に仕留めるつもりの様ですね。



 ズズゥンと地に落ちた魔竜を追うように二頭の魔竜も滑空し地上へ降り立ちましたが、何か様子がおかしいですね。


 二頭は翼に穴の空いた『穴空き魔竜』に向かって威嚇するように吠えています。


 不思議な状況に一瞬躊躇ためらう素振りを見せたリザでしたが、その躊躇いを振り切る様に唸りを上げて跳びました。


「せぇぇえいっ!!」


 高く跳んだリザが戦斧の柄尻に近いがわを両手で握って頭上に振り上げ、それを振り下ろすのと同時、一頭の魔竜が噛みつくかの様に突進してきます。


 頭部に直撃間違いなしと思われたリザの戦斧でしたが、横槍が入ったことで刃はれ、けれどそれでも穴空きの肩をザックリと抉ってみせました。


「グギャァぁあ!」


 よぉし! れたけど命中! 

 魔竜とは竜種の中でも翼竜と呼ばれるタイプ。腕がそのまま翼となりますから、最初の石と今の一撃で完全に穴空きはもう飛べないでしょう。



 しかし斬り裂くまでには至ってません。

 リザは食い込んだままの戦斧を両手で掴んで魔竜の肩に両足をつけ、せいっ! と掛け声と共に引き抜きました。


 戦斧を振る反動を利用したリザはクルリと回転して距離を取り、一旦地に降りてすぐさま攻め込もうと戦斧を構えました。

 けれどどうも様子がおかしいことに気付いたようです。


『気付きましたか?』


 一度消していた姿を現し声を掛けました。


「わたくしが翼に穴を空けた魔竜……、二頭はそれを狙っている――?」


『どうやらその様です』


 リザの攻撃は惜しくも致命の一撃とはなりませんでしたが、リザはかすり傷ひとつ受けていません。だって魔竜たちはリザに対してまともに攻撃をしてもいませんもの。


 二頭は唸って穴空きをにらんでいます。



『私が思うに、あの穴空きが――』


「グ、グギャ――バ……バカ魔竜どもが!」


「お婆様? 魔竜ってあんなに流暢に言葉を……?」

『歳経た竜種は話す事もありますけどね、あんなに流暢なのは聞いたことがないですね』


 最後まで言わせてくれていればね、私の推測が正しかったと証明できましたのに。



Parfaitぱるふぇ! en colèreこれー!」


 聞き覚えのある魔族言葉に、私とリザとが顔を見合わせます。


 ほーらね。やっぱり穴空き魔竜があの人でした。

 完っ全に! 怒った! だそうですけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る