第80話「リザ、疾走」
アイトーロルから西に少し行った地点、総勢四百名のトロルナイツのうちのおよそ七割程度が終結していました。
ニコラ・ジル、ノバク・スル、カルベ・ジロウの隊長格三名に、客分としてノドヌさんが揃って打ち合わせを行なっていました。
そこへいきなり姿を見せてやりましたの。
カルベとノドヌさんは泡食って尻餅をつきましたが、歴戦のベテラン老戦士二人は少し眉を上げただけ。
私を知るニコラはともかく、ノバクは大したものですね。
……覚えてらっしゃいますかね?
全然仕事を休まない事で有名なノバクです。ニコラ、カルベとともに隊長格の……まあ、別に覚えてなくても良いですね。
私の事はテキトーに簡単に説明し、すぐさま本題に入りました。
「な!? またしても魔竜じゃとお!?」
『そうなんですよ。それにあたるべく、リザ一人がパーティを離脱して向かっていますの』
「姫様が一人で! こうしちゃおれませんぜニコラ様!」
「ゆくぞカルベ!」
すぐさま駆け出そうとするカルベとニコラをノバクがむんずと掴んで止めました。
「……待て」
「待てるかバカもの! ただちに参らねば――」
「やる事をやってから行け」
そりゃそうです。
今このトロルナイツを率いているのはニコラなのですから。
「ぬぅぅぅ、相分かった! トロルナイツの全権を貴様に託す! 出発は――団を再編し三時間後じゃ! ……これで良かろう!」
「……良い」
トロルの中で最も無口、という事でも有名なノバクです。今日は随分と喋った方ですね。
かつてニコラとノバクがジル婆やを取り合った
こちらはノバクに任せておけば大丈夫でしょう。私は急いでリザのところへ戻りましょうか。
◇ ◇ ◇
リザは魔の棲む森からやや東向きに北へ向かって黙々と一人で疾走していました。
姿を見せて一緒に駆けようと思い一度実際にそうしてみたんですけれど、遮二無二駆けるリザが透け透けの私に全く気付かずに通り過ぎちゃったんですよね。
けれどこのまま走れば深夜にはちょうど良い地点――十年前に戦場となったあたり――に辿り着くでしょうから、その時に姿を現す事にしましょうか。
しかし驚きましたね、アドおじさんのお話にあった、十年前のはぐれ魔竜騒動もフルが直接の原因だったなんて。
そんなことだと知っていましたら今のように積極的な介入もしたんですけど、まさか魔族絡みだったなんて私も思っていませんでしたから。
と、そんな事を考えていたら突然リザが失速しました。どうかしたんでしょうか?
『リザ、平気ですか?』
「こんばんは、お婆様。ご一緒してくれていたのですね。ありがとうございます」
『こんばんは。それは良いんですけれど、どうかしましたか?』
「いえ……大した事ではないのですが、少し筋肉痛が――」
見るとリザの体のあちこちがプルプルと震えています。足首のところで裾を絞った紺のパンツですから直には見えませんが、太腿あたりはさらに震えているんじゃないかしら。
「癒術を使って痛みを散らしてはいるので平気なんですが――」
『少し休憩なさったらどうかしら?』
「それも考えたのですが……一度休むと体が冷えて固まってしまいそうで」
リザはそう言って屈伸を繰り返し、両腕をプルプルと振って体をほぐし、両掌で頬をパンっと一度叩きました。
「行きます!」
『まだ猶予はありますから。無理しないでね』
「ええ、けれど大丈夫です!」
そう言い残してリザは元の速度で駆け始めました。
やっぱり戦斧が重たすぎるんですよねぇ。
今のリザの体重はせいぜい九十キロ程度。対して戦斧は百四十五キロ。バフのお陰で軽々と振り回してはいますが、その負荷は体に返りますからね。
それでも弱音を吐くような
そして夜半過ぎ、目的の場所に辿り着きました。
アイトーロルから北西へ馬で半日ほどの地点です。恐らくはこの辺りを魔竜が通る筈です。
『お疲れ様でした』
「あ、ありがとうございます。遅くまで付き合って頂いて」
『さぁ、何かあれば起こしてあげますから貴女は明け方までゆっくり休みなさい』
そうは言いましたがこのまま眠っては酷使した体が強張ってしまいますから、体をほぐす必要があります。
リザが入念なストレッチを行う間、退屈凌ぎになんのかんのと口を挟んでみましたよ。
『ところでアレクのどんな所が好きなんです?』
「――えっ!? ……その、どんな所って……その……顔とか――」
まーっ!? この娘ったら!
知ってはいましたけど面食いねぇ。
『他には?』
「……その、ご自分に正直なところとか……」
アレクほど自分に正直な人もいませんよねぇ。
『他には他には?』
「……その、こんなわたくしを、本気で好いてくれるところとか……」
そんな他愛もない事や、明日のフルとの戦いの事をお話しました。
両親の
ストレッチを終えて干し肉を齧るリザにそれを尋ねてみると、ストンと腑に落ちました。
「何よりアイトーロルを護ること、それに早くアレクの助けに戻りたいですから。早く来なさい! って思うほどですわ」
そんな頼もしい事を言うんですもの。
貴女もここのところ随分と自分に正直になったと思いますよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます