第71話「良い話、悪い話」
「
拠点に転がされた丸太の一つ、それに腰掛けた黒衣の男性が不意に立ち上がってそう挨拶しました。
「キショい」
一言そう呟いたレミちゃんが、問答無用で氷塊弾をぶっ放します。
肩に羽織った小さなマントをふわりと翻し、いとも容易くそれを弾く彼。
マントの下はどうやら燕尾服。
ゆっくりと腰を折り、優雅な手つきで頭を下げて名乗りを上げました。
「ご無沙汰しております。麗しき我が魔王ジフラルト様の執事長、フル・コルトにございます――」
そこで一旦言葉を区切り、長い前髪を払い上げると共に頭を跳ね上げ――
「――
……ご無沙汰という程には久しぶりでもありません。
今の
私の嫌な予感が当たってしまいましたね。もう、いっちばん嫌な的中ですよ。
「これがあれ? リザとレミで倒したキショい魔族?」
「そう。キショ魔族」
「
キショキショ言われて、ご不満だそうですよ。
バカな事ばっかり言ってますけど、これはちょっと大変です。
先日このフル・コルトが去り際に残した言葉を信じるとすれば、今の状況はかなり厳しいです。
フルはこの間こう言い残したんですから。
――今度は魔王様もご一緒に――
本当に来てるとしたら、不意を突いて攻めるつもりが突かれた形になってしまいます。
「とりあえず殺そう」
「ま、待ちたまえ! 慌ててはいけません! 私はお話に伺ったのですから!」
自然に言ったアレクの言葉に、慌ててフルが言葉を続けます。
「話? 魔族の君が僕らに? それ、聞く必要あるの?」
「私はどちらでも構いませんがね! きっと、あの時聞いておけば良かったと後悔すること間違いありませんね!
絶対だ! だそうです。
「ふーん、なら聞くだけ聞くよ。どうぞ」
アレクが掌を上向けて、フルに続きを促します。アレクも少し大人になりましたね。
「
居住まいを正し、両手を開いて再び片手を胸の前に戻し、首を回して前髪を振り上げ――
あぁ、もういちいち動きが邪魔くさくって嫌になりますね。
何が鬱陶しいって、動きや言動はキショいんですが、見た目は綺麗めの男前なんですよね、この人。
魔族らしくグレーがかった肌に、くすんだ銀髪、やや糸目ながら綺麗な顔、長い手足……
……もったいない! どうして無駄な動きや言葉が多いの!?
あ、ごめんなさい。脱線しました。
「――そちらの、アイトーロルの姫を差し出せ、と」
「……わたくしを――?」
「そうすれば! そうするだけで! 向こう二十年は東側諸国へ攻め込まないと誓うと!」
リザは驚きで目を丸くさせ、ジンさんとレミちゃんは
「これは私の報告があったればこそ! 見るも稀な
アレクは左の指先で右手首の腕輪を触り、ほんの僅かな魔力を流します。
そして音もなく
「聞いて後悔したからさ」
左手に持ったレイピアを右手に持ち替えて――
「もう死んで良いよ」
一気に間合いを詰め、鋭く斜めにレイピアを斬り下ろすと、一太刀の筈が斜め三つにフルの体が分かれました。
首、胸、お腹……ああ、腕も入れれば全部で五つですね。
この私が目で追えたのは一太刀だけ、アレクの鋭さはやっぱり驚異的ですね。
と言ったって私の武力は元々全然大した事ないですけどね。精霊術で勝負するタイプでしたから。
「――……おかしな手応え……?」
「アレク! その方は元に戻りますわ!」
どさどさっと崩れ落ちたフル・コルトでしたが、千切れた頭がころころと転がってアレクの方を向き、その赤みを帯びた瞳に憎しみを込めて睨みました。
「
「良い話とか悪い話とかじゃない。『ない話』なの」
そうハッキリと言い捨てたアレクは再び、バラバラに転がるフルの頭や体、それをお野菜でも刻むかの様に、ザクザクと切り刻んでみせました。
……さすがに絵面がヤバいです。
万が一映像化されたらモザイク入れて頂きましょう。言うだけはタダですよね。
「やったかよ?」
「ううん、ダメ。当たんない」
赤黒くびちゃびちゃに濡れたアレクの足元に、細かく分かれたフルの欠片が散らばっていますが、その会話からするとまだ生きていらっしゃるそうです。
恐らく『当たんない』というのは魔族の心臓『核』にレイピアが当たらないという事。
きっとフル・コルトは核の位置を体内で自在に動かす事のできる魔族なんでしょう。フルだけの特技という訳ではありませんが、相当珍しいタイプですね。
なら俺が……とジンさんが前に出ようとしたその時、赤黒の中からウゾウゾと何かが蠢き、アレクから少し距離を取って集まって行きます。
「なんだあれ? マントか?」
小さめのマント――と言うよりはケープかしら――が集まって元通り、そしてケープの中央が盛り上がり、細切れだったフルがケープの下からズルリと姿を見せました。
「
……怒ったぞ! 完っ璧に! 怒ったぞー! ですって。
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