第36話「ウルお姉さんとキスニ姫」
「アレックス! どこをほっつき歩いていたのです!」
広場を東からやってきた一団の中、リザより五つ六つは年嵩の女性がアレクを見つけて声高に叫びました。
これはなかなか迫力のある女性です。
お胸の脂肪は豊かに実りながらもウエストはすっきりとくびれ、眼鏡の下の目つきは鋭く『へ』の
恐らくはウル姉弟のお姉さんだと思いますけど、主筋であるアレクに対して呼び捨てですもの。
「……うわぁ。いきなり怒ってるんだもん、嫌になるなぁ」
首を竦めてそう溢したアレクが、ゆっくりと動いてウル弟さんの背に隠れて小さな声で続けました。
「……ねぇ、
「そ、それがしがでござるか!? ここはご本人の方が良いのではござりませんか」
ノドヌと呼ばれたウル弟さんと、その背に隠れたアレクが小声で押し付けあっています。
二人ともウルお姉さんが怖いのかしら?
「しょうがねぇ。俺が言ってやらぁ――」
ジンさんが一肌脱ごうと一歩踏み出したその時。
「アレーックス!! ノドヌの背に隠れていないで何とか言いなさい!!」
ウルお姉さんと
これは相当です。
ジル婆の大声にも勝るとも劣らないほどの声量でした。
ジンさんは誰よりも前に出てしまっていたからか、耳を押さえて目を回して四つん這い、そしてたまたまジンさんを盾にできたノドヌさんにアレクでさえも指で耳に栓をするようなポーズで堪えています。
ちなみにレミちゃんはいつの間にか、少し離れて背後の方を向いていて平気でした。ギルドの方へ気を取られている様ですね。
「
「これは失礼しました、キスニツプヤ様」
ボラギノと呼ばれたウルお姉さんの背後、先程から気になっていたんですが、数人の護衛に囲まれた歳の頃十五ほどの、背の低い金髪美少女がやはりキスニ姫でしたか。
ウルお姉さんを呼び捨てにし、軽く
そのキスニ姫が、ウルお姉さんの脇を抜けて前へと進み、オロオロするノドヌさんを挟む形でアレクへ向かって凛と立ち、すぅっと息を吸って
「……アレクちゃーん! キスニ、アレクちゃんに会いたかったのー!」
「――な、うぉっ、やめるでござ――」
グッと引っ掴んでノドヌさんを横に放り出し、キスニ姫がアレクへと飛び付こうと前のめりに横っ飛び――
――が。
ちょうどアレクたちがわちゃわちゃしてた場所。それは家具屋さんの前。
何事か騒がしいなと、リザとカコナが手を繋いだまま店先に現れました。
「リザ!」
アレクは素早くキスニ姫を
「リザ、この間はごめん。僕が変なこと言ったせいだよね」
この間……、あぁ、三番亭のロンの部屋でアレクが言った『どっちが好きなの』の事ですね。
リザが走って出て行った原因はちょっと違うんですが、アレクはずっと気に病んでいたみたいね。
「いえ、あの、アレクのせいではありませんから、気になさらないで。頭を上げてくださいませ」
ならばあの時一体なにがあったのか、頭を上げたアレクの表情はそう物語っていましたが、その視線はリザとカコナの繋がれた手でピタリと止まります。
「……二人、手繋いで何してるの?」
「デートだよ! ワタシとリザ姫さまで!」
「な、なんだって……僕……僕だってリザと手を繋ぐどころかデートなんてした事ないのに……ずるいよカコナ!」
そう叫ぶアレクの気持ちもわかりますけど、その背後で服も顔も砂だらけにしたまま寝転ぶキスニ姫の気持ちも考えてあげなければいけませんよ。
「あぁぁぁぁっ! アレクちゃんのバカーっ!」
ほら見なさい。キスニ姫が子供の様に泣き叫び始めたじゃないですか。
「こんのバカアレックス! なぜキスニツプヤ様を抱き止めて差し上げないのですか!?」
「そ、そんなこと僕知らないよっ! キスニが勝手に飛んだんだもん!」
「アレックス! キスニツプヤ様は貴方の
「……え? 許嫁――?」
「え、なにそれ!? それワタシも聞いてない!」
……え?
リザもカコナも驚いていますが、私も初耳ですよ! そんな相手がいるのにリザに求婚したと言うのですか!? さすがの私もそれは許せませんよ!
「ち、違うよリザ! アネロナの王様が勝手に言ってるだけなんだから! 僕はちゃんと断ったん――」
ああ、そういう事。ありそうな話ですね。
魔王を倒した勇者に姫を嫁がせるお話、よくありますものね。
「ぁぁぁあああっ! アレクちゃんのおたんこナスーっ!!」
「アレックスーっ! 私の言う事が聞けないのですかーっ!」
うつ伏せで泣き叫ぶキスニ姫に怒り狂うボラギノ姉さん。どうやらアレクは二人とも苦手な様ですね。
ちょっとあんまりなこの状況。どなたかなんとかして頂けませんでしょうか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます