第3話「美少年勇者改め……」


 リザに突き飛ばされたアレクも大した事はなかったようですね。

 ニコラ爺やが手を貸して起き上がらせています。


 逃げるように駆け去ったリザも部屋に閉じこもってしばらく出てこないでしょうし、少しこの世界についてお勉強しましょうか。


 あんまり長いと飽きちゃうでしょうし簡単にね。



 この世界の名はメ=ダイシン。

 古い言葉でメは『私』、ダイシンは『代わりに』。


 なぜこんな名前なのか、ですか?


 この世界で篤く信仰されている女神の教えのせいでしょうね。


 この世界の人族が広く信仰しているのはある一柱ひとはしらの女神。

 その女神の教義はただ一つ、『他者のために進んで善行を』というモノだけ。

 他にややこしい教えなどは存在しません。


 その存在の全てが『優しさ』で出来ていると言われるその女神の名はファバリン。

 色々と逸話や伝説もございますけど、それはまたの機会にでも。


 そうそう、ここアイトーロルでは国の中央の広場にある古い大木にファバリンが宿ると信じられていますの。

 ですから国民たちは皆、大木に向かってお祈りする習慣がありますのよ。



 アイトーロルは最も小さな国ですけど、この東側諸国――人族領にはそれよりは大きな小国がいくつかと、大国と言われる三つの国があるんです。


 そのうちの一つが、先程リザに吹き飛ばされたアレクに勇者認定を与えたアネロナ――


「ま〜たこんなとこに居やがったか」

「レミの言った通り」


 ――そうそう、この無頼な感じの男前と無愛想な感じの美人さんもアレクと共にアネロナからこちらへやって来たんですの。



「ウチの勇者様はよぉ、毎日毎日でっけぇお姫さんのでっけぇ尻をこっそり覗いて何やってんのよ」


「――なっ!? ジン、僕は覗いてなどいない!」


「いーや。お前は毎日毎日でっけぇ尻ばっか覗いてる。これはもう間違いねぇよ。なぁレミ?」


「覗いてる。本当に残念」


「レミまでそんな!」



 賑やかでしょう?


 こんなですけれど、これが魔王デルモベルトを倒した勇者パーティの三人なんですよ。


 一人だけ背の高い体格の良い男性がジン・ファモチ。

 アレクよりは背の高い紅一点のレミ・パミド。


 ジンさんは武道僧モンク、レミちゃんは修道女シスター、二人とも女神ファバリンの敬虔けいけんな信者なんですよ。



「しっかしよ。何がそんなに良いのかねぇ? お姫さん、ムキムキで緑色のトロルじゃねえかよ」

「おっぱいだってきっとカチカチ」


 胸囲という意味ならとっても大きいんですよ。

 もちろん筋肉でカチカチですから、人族の殿方には喜ばれないでしょうけど。


「違うよ二人とも! 僕はお、おっぱ――胸とかお尻とかそんな不純な……断じて覗きなんかじゃないもん!」


 あ、違うんですね。

 私も覗きだとばっかり思ってましたけど。


「ほう? じゃ何だっつのよ?」

「ただ……僕はただ、リザの全てを知りたかっただけなの!」


 ……少しの沈黙が流れました。

 まぁ、ここにいる皆んなの意見は同じだと思いますけど。


「……あ、あぁそうかよ。例えばよ、どんな事が知りたい訳よ?」

「どんな事でもだよ! リザが何を好んで食べるのか、何が苦手か、今朝は何を食べたか、どんな寝巻きで寝てるのか、僕以外の誰と会ってどんな話しをしたか……そんな何気ない彼女の全てを知りたいの!」


 ……ぅわあ。

 あんな可愛い顔でなんて事を言うのでしょう。

 まだお若い聖職者であるレミちゃんがドン引きですよ。


「……ちなみに姫さんの好きな食い物は?」


 恐る恐るジンさんが尋ねると、元気よく手を挙げたアレクが笑顔で答えました。


「フワフワ甘々の蜂蜜がけパンケーキ五段重ね!」


 アレクの回答を確認するように、ジンがニコラ爺やの顔へ視線を遣ると、苦虫を噛み潰したような顔のニコラが頷きました。


「――ちっ、正解じゃ!」


「姫さんの寝巻きは?」

「薄ピンクのロング丈ネグリジェ!」


「――くっ、正解じゃぁ!」



「姫さんは風呂でどこから洗う?」

「左の脇腹!」


 まさかの即答ですね。

 アレクとジンさんが揃ってニコラへ視線を――


「……いや流石にワシも知らんわ。もしワシが知っとったら……引かんか?」


 もっともなニコラの反応に、何故かフフンとアレクが得意気とくいげな顔。

 どうやらニコラよりもリザの事に詳しい証明を果たしたと思ってるんでしょうね。


 果たせば果たすほどに、一同ドン引きなんですけどね。



「分かった。分かったぜアレク」

「分かってくれた!?」


 パァッとアレクの顔が明るくなりました。

 まるで花が咲いたようですね。

 アレクは普通に笑っていれば、本当に可愛い顔をしているのがよく分かります。


「あぁ、分かった――」


 ジンさんとレミちゃんが少し長めに視線を交わして頷き合いました。


「――ウチの勇者様はもう、本格的な変態ストーカーだって事がよ」

「本当に心の底から残念」


「二人とも酷いや!」


 ジンさんの言葉を受けたアレクが大きく叫んで泣き始めました。

 一点訂正します。

 泣き叫んでいてもアレクは本当に可愛らしい顔なのがよく分かりましたよ。



「ところでお主らはこの美少年勇者あらため変態ストーカーショタ勇者に用があったんじゃないのか?」


 四つん這いでメソメソと涙で大地を濡らすアレクは一先ひとまず放置する事にしたらしいニコラ爺やが問い掛けました。


 そうですね、放置が正解だと私なんかも思います。



「お? おぅ、そうだったそうだった。こんなとこで油売ってる場合じゃねんだったぜ」

「なんじゃ用事か?」

「今日から森。もうギルドに顔を出してる予定の時間」


 アネロナ公認の勇者パーティとは言え、扱いとしてはその他の冒険者と同じですからね。

 三人の身分はギルド所属の冒険者、という事になりますね。


 四つん這いから立ち上がったアレク、先ほどのやり取りのようなバカっぽさは鳴りを潜め、キリリと顔を引き締めました。


「そうなのです。僕らはこれから魔の棲む森へ調査へ向かわねばなりません。ニコラ殿、姫にはよろしくお伝えください」


 ……はぁ――。

 ちゃんとしてると本当に美しさが滲み出ますねこの子は。私とした事が少し見惚れてしまいました。


 アレク達がここアイトーロルで暮らす事となった理由――つまりアレクが抱いた拭い去れない懸念――、それが魔の棲む森だったのです。

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