第4話「バフとバルクと」


 アレク達は昨年、間違いなく魔王デルモベルトを仕留めました。


 そしてもちろん魔族の大地・ロステライドからの帰路、再び魔の棲む森を通り抜ける訳ですが、しかし往路よりも復路に出会った魔物の方が明らかに手強かったの。


 その事がアレクには、どうしても拭えない懸念となったそうなのです。


 そのアレクの懸念は恐らく正しいの。

 だって当時ね、一部始終を覗いていた私も同様の懸念を覚えたのですもの。



 勇者アレクは騎士国アネロナから勇者認定を受けていますが、それは何も名ばかりではありません。

 勇者を擁するパーティには女神ファバリンの力により、常に強力な強化バフが与えられるのです。


 そしてそれは魔王も同様――、いいえ、もっと規模の大きな強化バフもたらすのです。

 魔族や魔物は魔王不在時でも人族よりも大きな力を持ってはいますが、それでもまぁかわいいものです。

 けれど、魔王をいただいた彼らはその力を倍化させるの。


 魔王デルモベルトを倒すと共に魔族の力は激減する筈だったにも関わらず、なぜだかその力を倍加させた事。

 アレク達にとってはどうしても看過できませんよね。


 でもこれは一部の者しか知らない事。


 アレクから報告を受けたアネロナの一部の者達しか知り得ません。

 ですからアレク達も、魔の棲む森の警戒、という名目でここに滞在しているのです。




「なんじゃ。お主ら森へ行くのにそんな軽装で平気なのか?」


 ニコラの言葉もごもっとも。

 ジンさんは普段着に毛の生えた程度の武闘着、レミちゃんもペラペラの修道衣、アレクに至っては半袖半ズボンですからね。



「オレらは良いんだ。ファバリンの加護があっからよ」


 ジンさんがその手首に着けた腕輪を指で差し示して言いました。

 なかなか良いものなんですよ、あれ。



「ん? ああ、精霊武装という奴か」

「レミ達に大袈裟な装備は不要」


 いざ戦闘にでもなれば、僅かな魔力を流すだけで最強クラスの装備に早替わり。これも女神ファバリンの御業みわざと言われています。


 と言っても伝説のファバリンと同じく精霊力を使う鍛治職たちの力なんですけどね。



「じゃ二人とも、時間もないし早く行こっか」


 サスペンダーを指でパチンと弾いたアレクが二人へそう言って――、


「オメエが勝手に寄り道してたせいだろうが」


 ――ゴンっとジンさんに頭を小突かれました。


 まぁ、叩かれてもしょうがないでしょうね。






 コンコンっと扉をノックして、特に返事を待たずに部屋へ踏み入ったニコラ。

 椅子に腰掛けテーブルに突っ伏していたリザへ、気軽に声を掛けました。


「姫さま。アレク殿たちは森へ行かれましたぞ」


「……そう。なんだか色々あってお腹が空いてしまいましたわ」

「だろうと思って姫の大好物を準備してきましたぞ」


 ニコラ爺やが押すワゴンからは甘い良い香りが漂っています。

 アレクが言っていたアレですかね。



「まぁ! ……でも毎日食べて太らないかしら」


 パァッと明るい表情を浮かべたリザ、すぐさま表情を曇らせました。


「何を言いますか。今日は婆さまでなくこの爺めの手作りパンケーキですぞ、当然カロリーも高い炭水化物の塊りですわい」

「いえ、だからそれが太るもとかと……」


「筋肉を維持する為にはタンパク質とカロリー、それに適度な負荷。午後の訓練に向けてしっかり食べるのが一番に決まってますわい」

「……それもそうね。頂こうかしら」



 若干じゃっかん論点がズレてはいますが、まぁ間違えてはいませんよね。

 リザは姫でありながら、こう見えてこの国一番の斧の遣い手。

 こう見えて、と言っても見るからに強そうな体格をしてるんですけどね。


 リザの体重と同じ重さの巨大な戦斧せんぷを振り回す様は、それはもう見応えありますのよ。


 あの魔王デルモベルトをアレク達が倒した魔族との戦いの際もね、トロルの精鋭を率いて大活躍だったんですから。



「食べたら少しお昼寝をされて、昼食を摂ったらギルド。今日は爺めもお供致しますからな」

「分かったわ」


「お、そう言えばアレク殿たちもギルドに寄ってから森だと言うておりましたわ」


 何気なく言ったニコラの言葉に、再びボッと頬を染めたリザ。

 何度も言いますが、お肌が緑だから少し分かりにくいですけど。


「ま、昼にはもうギルドを離れているでしょうが」



 そう付け加えられて見るからに安心した素振りのリザはフォークとナイフを置き、俯いたままでニコラに問い掛けました。


「ねぇ爺や……、貴方はその、アレクをどう思いますか?」

「そうですな。勇者と言うからには実力は当然あるのでしょうが……、爺はどうかと思いますな」


 リザが顔を上げてニコラを見遣ります。


「――そ、それはどういう……?」

「とにかく筋肉が足りませぬわい」


「……筋肉……ですか?」

「左様。アレク殿のあの細っこい手足は頂けません。まぁまぁの筋肉のジン殿ですら、カットは良さそうじゃがバルクがいまいちですわな」



 カットとは筋肉と筋肉の境界がはっきり分かれていること、バルクとは筋肉のボリュームの事ですね。

 細かく言えばそれだと説明不足なんですけど、まぁ、要りませんよね、その説明。



 おもむろに唐突に、上衣を脱いだニコラがポージングをとりました。

 もう還暦を過ぎて少しなんですけど、全身バキバキです。


 ニコラのバスキュラリティは本当に迫力がありますね。

 え? ああ、バスキュラリティとは血管がバリバリ浮き出ている事ですよ。



「ふぉぉ! 爺めの筋肉の方が断然上ですわい!」


 ニカリッと少し不気味なほどの良い笑顔を作る満足そうなニコラ。

 それに対して不満げなリザ。


「……爺や。爺やの筋肉が素晴らしいのは分かっていますから、直ちにおめなさい」

「あ、これは失礼しました。食器は後ほど下げますのでそのままで結構ですわい」



 ニコラはそそくさと服を小脇に挟んでリザの部屋を後にしました。

 パタンと閉じた扉を見つめるリザが、はぁ、と一つため息を溢しました。


 私には分かりますよ、その気持ち。


 トロルの美醜にとって筋肉は外せない要因ですが、リザはそれに重きを置いていません。


 それこそリザの筋肉も相当なものですし、イマイチと言われたジンさん以上のバルクっぷりですが、リザは自らのそれを美しいと思ったことはないのですから。

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