第2話「リザとアレクと」


 この世界のトロルの多くがそうであるように、リザ姫は脂肪なんてほとんどない全身筋肉の塊ですからね。

 アレクの言った内容はことごとくその通り。


 リザ姫の長い紅髪あかがみは本当に美しく、肩幅はリアルにアレクの倍はあるし、その頑健な顎は岩をも噛み砕くでしょうし、その大きな胸に柔らかさなんてほとんどないんですもの。


 あら。アレクは胸の柔らかさについては言っていなかったかしら。

 でもね、確かにアレクの言う通りに、紅髪と緑のお肌は良く映えていると思うの。


 深緑の森に沈む夕陽みたいなね、そういう美しさがあると思うのよ、私も。

 あ、私の話はどうでも良かったわ。ごめんなさいね。


 衝撃的なアレクの告白のあと、しばしの沈黙が流れています。

 アレクもリザも、この後どうしたものでしょうね。


 ギュッと握っていたスカートから片手を離して、その手で自分の紅髪を一撫でしたリザが重苦しく口を開きました。


「…………だ――駄目。そんなの嘘……嘘にきまってますわ!」

「嘘ではありません!」


「――仮に嘘でないとしても……、わたくしは二十四、しかし貴方はまだではありませんか!」


 そうなんですよね。


 アレクが魔王デルモベルトを倒したのって実は去年なんですが、さらに当時十一歳だったのよね。


 リザ姫がトロルである事もそうだけど、勇者アレクはまだ十二歳。

 アレクの告白が嘘でなかったとしても、この間二十四歳になったリザとしてはなかなか受け入れ難いものがある様です。


 まぁ当然でしょうね。その差、倍ですから。



「歳がなんだと言うのです。僕は貴女を愛しています……それが全てではございませんか?」


 おや、アレクのどもりがなくなって滑らかに喋れるようになりました。

 ここが勝負所と悟った様ですね。


「ねぇアレク…………わたくしの身長をご存じ?」

「あの、いえ、知っていはいますが……」


「……そう。二百十センチよ。でしたら体重は?」

「いや、あの、それも知、知ってはいますが……」


「百四十五キロよ。確か貴方の百四十五だったわね」


 そうなのです。


 リザは二百十センチ、百四十五キロ。

 だからと言って太ってるという訳じゃなくて、リザは筋骨隆々のトロルの中でもスタイル抜群。

 ただトロルだからでしょうね、少し頭が大きいんです。

 けれどそれでも七等身半でバランスだってそう悪くありません。


 今日のリザは薄水色の普段着ドレスをふんわりと着ていますから、袖から覗く腕や裾から覗く足首辺りしか露出していませんが、上から下まで全身です。

 牙や角こそありませんが、かつてトロルは人族から魔族どころか魔物だと思われていた程なんですよ。


 対して勇者アレクはと言うと。


 百四十五センチ四十キロ。

 トレードマークのサスペンダーに吊られた濃緑の半ズボンから伸びるその足は細く長く、白い半袖から覗くその腕もまた細く長い。

 フワリとした癖っ毛の黒髪、クリッとした瞳に、そして笑顔の眩しい愛くるしい顔立ち。


 まさに大陸一と謳われるに相応ふさわしい美少年勇者。


 ……そうですね。

 年齢差はいつか気にならなくなると思いますけど、体格差はちょっと厳しいかも知れませんね。


 いえ私なんかはね、当人たちが良ければそんなの気にしないタイプなんですけど、リザの乙女心は耐えられないんじゃないか、ってね。


 実はリザ、白馬の王子さまにお姫様抱っこされる事に憧れていますから。その体格差ではリザが抱っこする側ですよね、どう見ても。


「今すぐとは言いません。どうか……、どうかこの僕と結婚して下さい!」


「――――っ!」


 アレクがいきなり求婚! 嫌いじゃありませんよ、そういうの!


「歳の差なんていつか気にならなくなります。体格差だって僕はこれから大きくなりますから、すぐにリザ姫に追い付いて追い越します」


 そうね。確かにアレクの言う通り。

 けれどさすがに追い越すのは難しいと思いますけど。


「どうか、僕と」


 左手を胸に当てて俯いて、右手をリザへと差し伸べたアレク。


 緑のお肌を真っ赤にさせたリザ姫は、その美しい小さな勇者をじっと見つめ、そしてポツリと溢しました。


「…………無理」

「――――え?」


 顔を上げたアレクが見たものは、泣き出しそうな顔のリザが勢いよく自分に向かって両掌を放つ所だったの。


 ドンっと肩を押されたアレクは、やはりその体重差を受け止められずに吹き飛びました。


「あぁ! アレク殿!」


 じっと息を殺して二人を見つめていたニコラ爺やが吹き飛ばされたアレクを追い掛けます。


 そして反対方向に駆け出したリザ。


 どうしてリザが「無理」と溢したか分かります?


 リザはきっと想像したのです。

 たくましく育ったアレクが、リザをお姫様抱っこする様子を。


 リザの乙女心はそれを求めていた筈なのだけど、実はリザ、好きな異性の顔立ちで言うとアレクのような美形がど真ん中なのです。

 もちろんショタ好きという意味ではありませんよ。


 美しいと言ってリザを褒め称える男は多いのですが、当然それは全てトロルの男。


 トロルの美醜で言えば、リザは断トツで美しく、家柄も性格も能力も良い。


 しかし不幸な事に、色々あってリザにとっての美醜は人族のそれと変わらないものを持ってしまっているの。

 だからリザにとって、トロルである自分は醜く、美少年アレクは尊い。


 なのに美しく尊いアレクが、にょきにょきと背を伸ばしマッチョマッチョと筋肉を増やし、自分たちトロルと変わらぬ体型となってリザをお姫様抱っこする様子を想像したの。


 けれど恐らく、顔面は今のアレクの顔をそのままめ込んでしまったのね。


 それがあまりにもアンバランスで、折角の美しく尊いアレクの姿をぶち壊していて、リザは「無理」と溢して逃げ出してしまったの。


 これはちょっとアレクのが悪い様に思いますけど、これからどうなりますかね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る