後編




ここは美しき地獄。本物の地獄。

きれいな花々にも見えなくはない赤い炎の華が常に舞う。



 地獄の神王の温情で、地獄の女神のひとりとなった私は、あなたとあなたの家族がここにくるのを待っている。

 あなたに、これ以上ないほどの絶望を、私が味わったものよりも酷い絶望をあたえてあげる。


―――私が大嫌いなあなたに。





けど、何年たっても、何十年たっても、彼も彼の家族らしき者も地獄に来なかった。そろそろ寿命だろうのに。


彼は、天国に行ったのか?―――そんなはずがない。私の家族を、家族同然の人たちをたいした訳もなく殺したのだから。


私は、地獄の神王に地上に偵察に行きたいとたのんだ。

王は、二言で了承してくれた。


(どうせ、どこぞの貴族令嬢とでも結婚して幸せにやってるのでしょうね。)


答えはわかっているけど、それでも、この目で見たかった。



 そして、待ちに待った地上に出る穴を抜けた。




「……まぶしい。」


世界が眩しい。


こんなにも、世界は美しかったのか。

暖かい日差しが体を柔らかくつつみこみ、本物の花々や草木の爽やかな香りが辺りを漂う。

そして、天には透き通るような青い空と羽ばたく鳥たち。


息が止まるかのような、そんな美しさがここにあった。



『生きてる………生きてるってことはこんなにも………。』

 




 彼への憎しみと地獄での環境になれていた私に、ここは場違いな気がした。だけど、この美しい世界に恋い焦がれないわけがない。目を奪われた。



この世界は、フローリアが死んですでに77年が経とうとしている。

見知った人や物はほとんどない。



けど、あの道の向こうに見えるのは......。


「燃えたはずの、私の住んでいた城。」


あの後、地獄にきた辺境伯領の人間に、城がもえたことを聞かされていた。

なのに、なぜ、城がここにあるんだろう。



ふと気になって、窓の外から明かりが灯っている城の一室をのぞくと、ガラスケースと数多くの科学実験の残骸に囲まれた、一人の老人がいた。


私は、その人物に見覚えしかなかった。

黒曜石のように真っ黒な黒髪はとうに白く、その姿に覇気は感じられないが………。


(まちがいない、彼だ。)



 彼は、ガラスケースの中に横たわっている人をじっと見つめていた。


「............俺は、何を間違えたんだろうか。」


 ボソッとしわがれた声が聞こえる。


 まるで、懺悔のようだ。


 私は、ガラスケースの中を覗こうとしたが、なかなか覗けない。


 彼の懺悔はつづいた。

 わたしの間違えでないのなら、それは私に向けられていたのだろう………。


「............たしかに彼女の母を俺は殺した。だけど、それは彼女の母が条約を破って、密かに帝国に戦を仕掛けたからだ。


............たしかに彼女の幼馴染の使用人たちを殺した。だけど、それは、ひとりは連邦国からの間者で、もうひとりは盗人だったからだ。


............俺は、帝国の貴族で、帝国の将軍の息子だという事を隠していた。だけど、それは万が一王国側に知られたときに、彼女を巻き込みたくなかったからだ。」


 私の知らなかった事実がどんどんあふれてくる。



「……俺は、不器用だから、彼女にの一言も言わなかった。わかってくれていると思っていた。彼女にも好かれていると思っていた。」



(そんなの、知らない。)


「だから、............彼女と結婚する準備もした。敗戦国の辺境伯令嬢を迎えるなんて、将軍クラスの人間でしかできない。だから、父の厳しい試練を乗り越えて、将軍の称号を辺境伯領を攻め落とす直前に譲りうけた。」


(……将軍って、あなたのことだったの......?)


「なのに、彼女は俺との結婚を拒んで死んだんだ。俺が結婚を強要しなければ、彼女は、死ななずにすんだのに!!!」


 私は、そこではじめて、ガラスケースのなかで横たわって動かない人間が誰なのかわかってしまった。


 そして、彼が、してはならない禁忌であり、実現不可である蘇りの術を試そうとしていたことも。


 ―――薄緑のドレスは、生前の私が好んで着ていた物で、その色の裾が、わずかながら見える。




『ポトッ。』



(え、なんで......?)


地獄の女神となってからというもの、涙を一滴も流したことはなかった。

その私の目から、とめどなく涙があふれてくる。


(私は、私はなんてとりかえしのつかないことを!!)


 そう、わたしは、はやまったのだ。

 救いようのない、大馬鹿は私だ。


 幸せになれたかもしれないのに、深く考えもせず、絶望だけして、自分の命を切り捨てたのは私だ。


 好かれているという僅かながらの可能性を捨て、彼を信じなかったのは私が馬鹿だったからだ。

 嫌われていると考えて、期待しないほうが楽だから。



 思わず、彼のいる部屋にスーッと入り、彼の前に姿を現してしまった。

 

 地獄の女神としては失格だ。




「............フローリア?」



 彼が宙に浮かぶ私の姿を見て、私の名を発した。


 わたしと彼の目線が交差する。


「......これは、死に際に、死神がみせてくれる幻想か............??

 生きて動いている彼女に会いたくて............、彼女を見たくて............、彼女に笑いかけてほしくてっ......って、そう長年願いすぎた俺への......」



 涙にむせて、言葉がつっかえている彼。

 私は、優しくないから、嘘をつく。



「……ベルナルト、これは夢よ。夢なの。」


………ちがう、下手に生きていると希望を持たせて、事実を知った彼に傷ついて欲しくないから。



「……そうか。夢だよな。わかっている。」


 彼はゆっくり頷いた。



「けど、あなたの死期が近いのは事実なの。」


地獄の女神となった私には、人の死期がわかる。


「......ああ、それもわかっている。」


 彼は、またうなずいた。



「けど、最後に言わせて。」





「私は、......いいえ、わたしも、今も昔もあなたを!!!」





 そう、わたしは、あなたを愛していたの。

 母を殺され、幼馴染も殺され、たしかに憎かった。

 裏切られて悲しくて悲しくて、憎んでいた。

 

 だけど、わたしは、それ以上にあなたを愛していた。


 ひどい人間でしょ?

 家族を殺されても、殺した相手を愛してるだなんて。


 あなたを諦めてるなんてできないから、輪廻転生の輪廻転生の概念から外れる道を選んで、あなたを待っていた。


「……やめてくれ、俺は君にそんなことを言ってもらえる資格はない。」



うなだれる彼。



「ねえ、私、………生きてたときも、死んで地獄の女神となった今も、あなたからって言ってもらったことがないんだけど。


………そういう意味では資格がないかもね。」


「さ、さっき俺の独り言をどうせ聞いていたんだろう!?」


 彼がすこし赤くなって照れているのが見える。

 

 けど、愛されていたという事実を知り、自信をつけてしまった私は、強気になって言った。


「だーめ。それはノーカウント。」


そう言うと、彼はうーーんと考えてこう言った。


沈黙の中、長い事彼が唸って、ようやく口を開いたのは………。




「なら、来世で、いや、地獄で俺と一緒になってくれるか?」




 夢に見たプロポーズ。......77年越しだけど、何を迷うことがあるだろうか。



「あたりまえよ!この大馬鹿夫!! 

 言いにくるのが遅いわ。大遅刻よ!」



―――――――――


 その後、ベルナルトは死んだ。

 享年、83歳。生涯独身だったそうだ。


 彼の遺体は、彼が大事にしていたガラスケースの中の遺体の美しい少女とともに、見晴らしのいい丘に埋葬されたらしい。


のちにすぐ、地獄におちてきた人間からそうきいた。




その後、彼と私がどうなったかって?



 ―――地獄に帰ってすぐに、彼は輪廻転生の道を一旦保留にして、地獄の使者となった。

 地獄の死者に年齢などないから、地獄で再会した彼の見た目は私の記憶にある若いあの姿だった。

 


 そして、約束通り、彼と私は結婚した。


 信じられないことに、地獄で結婚式まで挙げたのだ。


 みながすでに用意をしていたから…。


 というのも………なぜにか、地上での私と彼の告白タイムの様子を、地獄の神王と同僚たちみなが地獄のコタツから、水晶板で見ていたかららしい。


 地獄の神王にいたっては、私と彼のこのすれ違いをずっと前から知っていたとのこと。


(どおりで、わたしが地上にいくことに寛容だったのか。)


いまさら納得した。


 しばらくすると、地獄での仕事が終わり、輪廻転生の輪に私たちは戻されるだろう。



 わたしたちは、もう二度と間違えない。

―――何度生まれ変わろうとも。






――――――――――――――――


お読みいただき、ありがとうございます。


普段なかなか、結島が書かないタイプの作品ですが、いかがでしたか?


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来世こそは、絶対に間違えない。〜悪夢の中であなたと踊る 結城 咲 @kjo-lily125kk

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