来世こそは、絶対に間違えない。〜悪夢の中であなたと踊る

結島 咲

前編

 

『………ありがとう、また来世でね。今度は間違えないわ。』


 

――――――――――――――――




―――ああ、私が愛した彼は地獄の使者だったんだ………。


 闇夜の中、火の海があたりを彩り、地獄のBGMにふさわしいかのような人々の悲鳴が聞こえる。


 



「帝国軍だ!!」


 ひきつった誰かの声が、城中にこだまする。


 向こうに見える炎の隙間からはまるで悪魔の行進のように、黒塗りの鎧を着た兵たちが歩き、それに伴って真っ黒な旗が揺れ動く………。



 ベランダから下を見ると、見知った城の使用人たちとほんの僅かの城の衛兵が帝国兵と懸命に戦っていた。



 向こうは先鋭の部隊が揃っている。

 比べてこちらは鎌や棒切を持った素人がほとんどだ。

 どちらが有利なのかなんて一目瞭然。

 


 何もできずに歯がゆく、見ていると、見知った者が帝国兵にうたれた。


 「リジー!!カイン!!!」



 真っ赤な血を流し、折り重なるように倒れる二人がはっきりと見えた。



 リジーは私の専属侍女、カインは優秀な執事見習いで、ふたりとも私が幼い頃からの付き合いだ。



 「なんで?!なんでこんなことになるの………。」


 誰も私の声などに気が付かない。

 誰も、私のことなんて気にもとめない。


 ――それならば………。

 


 何かできるわけではないが、微力ながら自分も戦おうと部屋を出ようとしたが………。



 「フローリア、どこに行くの!?ここにいなさい!どうせ行っても無駄よ。あなたになにかできることなどないわ!」


 まるで待ち構えていたかのように、部屋を出たところで母に呼び止められた。



 「………お母様………。」



 辺境伯である母は、いつもと違い、軍服に身を包んでいた。

 もう、この城の人間はみな戦うしかないのだろう。


 (なのに、私はなぜ戦ってはだめなの………?)


 

 「………私も微力ながらお手伝いします。ここを行かせて下さい。剣術であれば、心得ております」



「馬鹿なことを言わないで!!

これは、本当の戦場と同じよ!遊びごとではないの!実践のない小娘なんて何もできない。それより、部屋にいなさい。」




 母は私の手をひっつかんで部屋に強引に投げ入れた。

 母の手は強かった。決して離すしてたまるものかというほど、その力は強かった。

 閉じられた扉からはガチャリと音がして、鍵が外からかけられたことにフローリアは気がつく………。



「お母様!!! 何を!?」



「ここにいなさい。私が戻るまで絶対に開けてはダメ。わかったわね!

 それに、あなたさえ生き残れば………………。」




 母はそう外から叫んで足早にここから去っていった。



 嫌な予感がする………。もう、その声すら聞くことができなくなるような………そんな予感が。

 

 (引き止めなくては!!!)



「ちょっと待って!お母様、開けて!開けてってば!!

私の話も聞いてって!」



 ドンドンとむなしく音が響くも、扉はいっこうにビクリともしない。


 嫌な予感がする中、腰が抜けて部屋の真ん中で座り込むしかなかった。

 

 外から聞こえる人の声はだんだん大きくなり、近づいてくる。



 


 そして、次に部屋の扉が開いたとき、そのいやな予感が的中していたことを知った。


 黒い影が数人、フローリアの部屋に入ってくる。

鍵など、まるでかかっていないかのように、いともたやすく。



  「………………べ、ベルナルト。」


 フローリアの婚約者であるベルナルト。 

王国の伯爵令息である彼がなぜ、帝国軍の鎧に身を包んでいるのだろうか。


 そして、なぜここにいるのだろうか。



 しかし、彼の隣にいる部下が手に持っている物を見た時、そんなことなど頭から吹き飛んだ。



 (………………あれは…血に濡れた金髪の………?)




 「ラグランジュ辺境伯は、俺が討ち取った。」



 ベルナルトが静かにそう言った。

 


 (………つまり、あれは…………あの首は………。)



  ラグランジュ辺境伯は………………… 母だ。

 



 

「あ、…あ………あ…………いやああああああぁぁぁぁーー!!!!」




 そうだ。

 だからあの時、あんなにも引き止めたかったのだ。

 そんな予感はしてたのに、引き止めることができなかった。


 

  「フローリア、ラグランジュ辺境伯のことは………すまない。」



 (………………すまない??すまないですって?!殺しておいて、どの口が言うのよ!!!)







 目に涙にいっぱいにして、顔を歪め、睨みつけてくるフローリアをベルナルトははじめて見た。


 怒り、憎しみ、悲しみ……その感情すべてを、彼女にはじめて向けられているという事実に、ベルナルトは何も言えなかった。


 (………………俺は間違っていない。)


 ラグランジュ辺境伯とラグランジュの城は抑えた。これ以上、犠牲者が出ることはない。

 死者も最小限にしたはずである。


「フローリア、ここでの戦いは終わった。我々はここをすでに制圧し終わっている。

 君にはなんの咎もない…………俺が国王に口添えをして命だけでも………。」



 「結構よ。必要ないわ。」


 バッサリとベルナルトの言葉と提案を切り捨てる。

 

 「………フローリア。」


 「敵に………、アカの他人どころか敵などに温情をかけられても嬉しくないわ。

 今まで、……本当に今まで私たちを騙してたのね。本当に………。」


 ベルナルトは婚約者だからといっても、私になにか特別なことをしてくれたわけでも、なにか特別な感情を抱いていてくれたわけではない――ということはもちろん知っている。


 ただ、誠実に婚約者として接してくれていただけだ。………………そんなことはわかってる。


 周りの友人とその婚約者の甘い話を聞かされても、正直羨ましかったとはいえ、ベルナルトにそんなことを強制しようとしなかった。


 私の一方的な片思いがあるだけだとしても、彼には恋愛感情はなくとも、それなりに良い関係は築けていたと思っていたのに。




 「………………ろくでなし………貴方は王国だけでなく、私を、私達を裏切ったのよ。」


  口からそんな言葉がこぼれ落ち、ベルナルトが息を飲むのが聞こえた。

 

数秒間、部屋に沈黙が訪れた。


 

 「………ろくでなしでいい。俺を恨んでいい。殺したかったら、俺を殺せ。」


 それだけ言って、ベルナルトは部屋をあとにした。




 

 その後、城の一角にある、清潔で綺麗な部屋に私は閉じ込められていた。

 多くの知り合いが死んだのに、私はのうのうと生きている―――この事実に耐えられなかった。

 何も考えられず、ただ、すべてを投げ出していた。

 生きることへの執着はすでになく、ここ3日ほど水以外に何も口にしていない。


 「フローリア様、貴方はこれから、帝国の将軍に嫁いでいただきます。ベルナルト様が手配なされました。」


 3日ほど放置されたあと、伝令役の女官らしき者が私のもとに訪れた。


 (………帝国の………将軍………………?)


 この3日間に何があったのかは知らないが、どうやら、私は花嫁という名の人質として帝国に嫁がなくてはならないらしい。


 「………ご心配なさらなくとも、大丈夫でございます。ベルナルド様がフローリア様の命を保証してくださいますし、帝国で結婚して幸せになれましょう。」



 まわっていない頭ながら、イライラを通り越して吐き気がする。


 嫁入り?命の保証?幸せ?

………そのすべてを壊したのはベルナルト、あなたでしょう!! 



「………ふざけないで!」



 それに、……そんなにあっさりと婚約者だった私を、見知らぬ帝国の将軍に嫁がせる決定ができるなんて、貴方は………あなたは本当に私のことなどどうでもよかったのね。


 もう、すべてが馬鹿馬鹿しくなってきた。

 

 母も、リジーも、カインもいない。

 帝国の将軍に嫁ぐといっても、帝国の将軍はすでに40を過ぎた御仁で、たしか息子もいると聞いた。

 

 ………………私を、私をどれだけ惨めな気持ちにさせれば気が済むの!?


 ベルナルトに嫁ぐのを密かに楽しみに、そのための家具や将来設計などを考えたり、式の小物を予約したりもした。彼のためにと思って、結婚後に役立つ知識も身につけていたところだった。


 私は、そんなにあなたに嫌われるようなことをしたの――?



 「フローリア様、結婚式は3日後に行います。なので、これから急いで準備をしましょう。私も微力ながらお手伝いします。」


(……なんですって? 3日後………?)


 そんな急な結婚式など聞いたことがない。貴族の、それも将軍の結婚式など、普通準備に半年はかかる。


 ベルナルト、あなたはそんなに私を早急に将軍に売り渡したいのね。


 ………………最後くらい、あなたの思い通りになどさせない。

 

 流石に将軍クラスの人物の結婚式をぶち壊したら、交渉人であるベルナルトにも大きなお咎めがあるはず。将軍に恥をかかせることになるからだ。


 フローリアは勢いよく立ち上がり、部屋の扉付近に立っている兵から剣を抜き、女官と兵に剣先を向ける。


 「姫様!何を!?」


 女官と兵はジリジリと下がる。


 私は口角を少しあげ、泣きながら笑った。いや、笑いながら泣いた。


「ベルナルトに、…こう伝えて………。


『思い通りにいかなくて残念だったわね。将軍と結婚だなんて、死んでもごめんよ。けど、お望み通り、邪魔な私は消えてあげるわ。』


ってね。」


 

 フローリアは、自身の喉もとに剣先をむけ、迷いなく断ち切った。




 まだ、たった16歳だった。


―――――――――――――――――


後編に続く。


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