祟るとかいう箱

尾八原ジュージ

祟るとかいう箱

「開けたら祟る」とかいうその箱は、実家の蔵を潰す直前、蔵の中身を確認しに入ったときに出てきた。

 黒ずんだ和紙に包まれた弁当箱ほどの箱を見たとき、子供の頃の記憶が蘇った。「絶対に開けるな」と語りかけてくる、今は亡き祖父の厳しい顔である。

「それ、じいちゃんが開けるなって言ってたやつじゃん」

 一緒にいた弟が言った。やはり祖父から同じことを言われていたらしい。

「兄ちゃん、どうすんの? それ」

「どうするも何も、蔵の中のもの全部捨てるんだろ。こんなもの俺いらんよ」

 先日マンションを買ったばかりだ。妻と娘と暮らす新築のきれいな部屋に、古くて薄汚い箱を持ち込みたくない。

「ワンチャン価値があったりしねーかなぁ。古いことは確かだし」

 と、弟は夢みたいなことを言う。「母屋の納戸に移しとくか。そう大きなもんじゃないしさ」

「まぁ、そうすっか」

 そういうわけで、祟るとかいう箱は蔵から持ち出され、母屋の納戸の奥に収まった。蔵はその三日後、重機によって跡形もなく潰された。

 ところでその後、好奇心に負けた弟が箱を開けたという。

「蔵だったらいいけど、母屋にあったら目につくじゃん。だんだん気になってきてさぁ」

 箱の中にはきっちりと畳まれた油紙が入っており、何か包まれているのかと思って調べたが何もなかったという。で、落胆しつつ一応元通りに箱に戻したとか。

「もっとヤバげなものが出てくると思ってたんだけどなぁ」

「髪の毛の束とか?」

「そうそう、藁人形とか」

 弟は笑っていた。開けた張本人なのにピンピンしている。やっぱり祟りなんかあるわけないのだ。おれも一緒に笑った。


 それから二月ふたつきの間に、母屋で暮らしていた祖母と母と妹、女ばかりがばたばたと立て続けに死んだ。短期間に弟はひどく窶れた。

「祟りなんかあるはずないだろ」

 おれはそう言って弟を慰めた。

 そのうちおれの住むマンションにも、夜になると油紙のような顔色の女がやってくるようになった。部屋はマンションの五階にあるのに、足場なんかない窓の外から家の中を覗こうとする。

 もちろん祟りなんかあるはずがないし、箱なんか無関係に決まっている。そうなってまもなく、妻がおかしな咳をするようになったのも祟りなんかではないはずだが、それはそれとしていたたまれなくなった。

 おれは妻と離婚した。まとまった額の金とマンションを妻子に残して家を出た。

 今は弟と二人で実家の母屋に住んでいる。

「たまたまだって。祟りなんかあるわけないじゃん」

「そうだよなぁ」

 そう言い合いながら暮らしているのだが、時々妻子と一緒にいた頃を思い出すと、頭の中がどうしようもなくぐちゃぐちゃになってしまう。そういうときは弟を気が済むまで殴る。弟は何も言わず、されるがままになっている。

 カーテンを取り払った窓の外には、最早昼も夜も関係なく、油紙のような顔色の女が延々立ち続けるようになった。おれは弟のこめかみに拳を叩きつけながら、おれもあいつも弟も一体何がしたいのだろうと、とりとめもなく考えている。

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