第7話:マイキャッスル崩壊

 謁見の翌日。

 予定通り魔法大会が開催され、容姿も性格も良いと評判のソールを射止めようと、国中から男達が集まった。


 魔法大会のルールは至って簡単。

 一番すごい魔法を披露した者が優勝である。


 そして優勝した者がソールの夫、つまりこの国の次の国王だ。


「アイスニードル!」


「アンビバレント!」


 参加者達が思い思いの魔法を披露しているのを、シギュンとフレイは王の横の特別席でお茶を飲みながら眺めていた。


「雑魚ばっかりね」


「ホント。いい男もいないわ」


 モテるアラサーとモテないアラサーの違いはつまり上から目線である。

 二人は自分達がどうしてこの年まで結婚できなかったのかを自己紹介するかのような会話をしていた。


「あら、次はロキきゅんの番みたいよ」


「ホントだわ」


「きゃー! ロキきゅーん!」


「がんばってー!」


 二人はロキの番になると途端に黄色い声援を送り始めた。


「へっ、ババアの黄色い声とかひでぇ嫌がらせだな」


「あぁん?」


 特別席の近くで本音をこぼしてしまった中年の男は、ゼ○シィハンマーによって一瞬で無残な姿へと変わり果ててしまった。

 硬い肉を叩いて柔らかくする時はきっとこんな感じなのだろう。


 ……まあ、それはおいておいて。


 周囲の注目が集まる中、ロキは的を指差した。

 後ろには黒子のアーリマンが何やら凄そうな構えをとっている。 


「ファイアーボール!」


 ロキが叫ぶと、背後のアーリマンが特大の火球を繰り出した。

 ファイアーボールといえば詠唱者の指先から火球が飛び出す定番の魔法なのだが、ロキにとってのファイアーボールとは、指先ではなく背後から飛んでくるものなのだ。


 ちなみにだが、お子様の指先からは何も出ていない。

 出る気配すらない。

 本当に全くない。


 真っ赤なドカーン!


 これまで他の参加者達が披露したのとは次元の違う膨大な熱量が剛速球となって的を消滅させた。

 それだけではない。

 あり余る熱量は周囲を吹き飛ばし、地面を赤いマグマへと変貌させてしまったではないか。


「す、すごいですわ……」


 王女ソールも含め、周囲はあまりの凄さに呆然としている。

 それほどまでに格の違いは明らかだ。


「きゃー! ロキきゅんすごいすごい!」


「ふっふっふ! どうだ!」


 お子様はおむつ魔獣に乗ってフレイ達のところまで凱旋した。

 今日も三本のアホ毛がピンピンだ。


「でも本当にすごい魔法だったわね……。並のバトルメイジじゃないわ」


「そうね。……ねえロキきゅん。あなたのじいやは軍人さんだったのかしら?」


「じいや?」


 ロキの頭の上に大きな疑問符が浮かび上がった。

 アホ毛のお子様は未だにアーリマンが城でお留守番をしていると思っているのである。


 ……実際はすぐそこにいるのだが。


「そういえば……」


 ロキは考え事をするように上を見た。

 じいやの存在をすっかり忘れていたようにも見えるが、きっとそんなことはないはずである。


 ……たぶん。


「じいやは昔、”アフロ松田”と戦ってたって言ってた!」


「アフロ松田……。なんだかすごくファンキーな名前ね。ラッパーとかだったのかしら?」


「レゲエとかかも。……まあいいわ。とにかく、これでもうロキきゅんの優勝は確定だもの。……ね?」


 フレイに笑顔を向けられたゼウスは一瞬で血の気が引いた。

 返事は”はい”か”イエス”、この『ね?』というのは間違いなくそういう意味である。


 賢明な行動を選択しなければならない。

 しかしそういう余裕がない時に限って余計な行動をしてしまうのが人の性というものだ。


「いや、しかし今のはその子ではなく、そこにいる老人の魔法ではないのか? だとすると年齢制限に引っかかるので失格に……」


 ゼウスは思わず余計なことを言ってしまった。


「……あぁん?」


 一瞬にしてシギュンとフレイの額に血管が浮かび上がった。


「文句あんのかおっさん! あぁん?!」


「どう見てもロキきゅんの魔法だろうがよぉ! 臣下の手柄は王の手柄だろぉ? シバくぞごらぁ!」


「ひっ! ひぃぃぃぃぃっ!」


 見事なコンビネーションで二人はゼウスに詰め寄った。

 伊達にこの二人で正妻の地位を争っているわけではないのである。


(こ、殺される!)


 ゼウスは人生の終わりを覚悟した。

 そんな彼を救ったのはロキである。


「ボクの魔法はダメなの?」


 お子様はとても不安そうな顔をしていた。

 頭のアホ毛達もしょんぼりしている。


「そんなことないわ。ロキくんが優勝よ」


「でも、今ダメだって……」


「そ、それは……」


 シギュンは言葉を詰まらせた。

 悲しそうなお子様もかわいくてベリーグッド、とか思ってしまったのは内緒である。


「じゃあ、ここは公正公平に、『天』に判断していただきましょうか」


 助け船を出したのはフレイだった。

 内心では『よっしゃ! 頼れるお姉さんアピールでロキくんの好感度アップだぜ!』とか考えていたのだが、それに言及するのは野暮というものだ。


「えっ? 天?」


 彼女の態度は至極まっとうな聖女らしいものだったが、ゼウスはとても嫌な予感がした。

 そしておそらくその予感は正しいのである。


 フレイは城の方向を向くと、なにやら凄そうな構えをとった。


「こぉぉぉぉっ……」


 聖女の全身に魔力がみなぎっていく。 


「あの……、いったい何を――」


「下れ審判ッ! アァァァァマゲドンッ! ゴッッッドォォォォッッッ!」


 アーマゲドンゴッド。

 それは聖女が悪しき敵を討ち滅ぼすための究極”破壊”魔法である。


 聖女の求めに応じて、天上から巨大な光の弾丸が凄まじい轟音と共に叩き込まれた。

 かつて敵に懐柔された勇者を魔王ごと処刑する際に一度だけ使用されたと言われる伝説の鉄槌が、今再び振り下ろされたのだ。


「わ、私のマイキャッスルがぁぁぁぁぁ!」


 ……そう、ゼウスが三十五年ローンで建てたばかりの新築の城に叩き込まれた。


「よし、悪は滅んだわ。つまり正しいのはロキくんだったようね」


 一瞬で瓦礫すら残さず消滅した城を見ながら、フレイは平然と言い放った。


「アーマゲドンゴッドは悪を滅ぼす魔法よ。そしてそれがこの城に直撃したということは、つまり間違っているのはおっさんの方ということ。だからロキくんが優勝よ!」


「わーい!」


 ……とんでもないヤクザの理論である。

 もしかすると当たり屋の方が、自分の身を危険に晒すだけまだマシかもしれない。


 ゼウスのこともさりげなくおっさん扱いだ。


「わ、私の夢が……。マイキャッスルが……」


 ゼウスはその場に崩れ落ちた。

 放心のあまり口から魂が半分ぐらい抜け出ている。


「まあ、私の住むところがなくなってしまいましたわ。……でもロキ様のところに嫁ぐのだから大丈夫ですわね」


 女の変わり身は早い。

 というわけでソールはあっさりとロキについていくことにした。


 どういうわけか、既にお供の分まで旅支度も済ませている。

 つまり城が消滅する前の時点で備えしていたのは明らかだ。


「よろしくお願いしますわ、ロキ様。というわけでお父様、早速お嫁に行ってまいりますわ」


「城が……、私の城が……」


 こうして、ゼウスには三十五年のローンだけが残された。


「よし、みんないくぞー!」


『よっしゃ! 次はどこに行くんや?』


 王女ソールを手に入れれば、この国での目的は達成である。

 

 エルフの女王シギュン。

 神聖帝国の聖女フレイ。

 そして平凡王国の王女ソール。


 魔王軍の戦力をまた拡充したロキは、おむつ魔獣に乗ってトコトコと歩き始めた。


 目指すはもちろん世界制覇だ。



 こうして魔王ロキ様御一行の旅は続く……、のか?

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アホ毛の魔王様! ~ふっふっふ、ボクは魔王なのだよ(なのだよ)~ 刺菜化人/いらないひと @needless

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