第6話:凡人の夢はマイホーム

 神聖帝国の南にはもう一つ、人族の国がある。

 その名も平凡王国。


 取り立てて言及するところもない、やけに平凡な王国である。

 そしてこの国では、一家の大黒柱としてマイホームを建てるのが男のロマンとされていた。


「新築の城……。まさにロマンの塊だな」


 この国の国王ゼウスは新築の城の玉座でワインを飲んでいた。

 国王の自宅はこの城ということになるので、つまりマイホームならぬマイキャッスルである。


 ローンはもちろん三十五年だ。


「マイキャッスルで飲むワインは格別にうまい」


 彼はまだ知らなかった。

 魔王ロキという脅威が目前に迫っていることを。


「陛下。エルフ国の女王シギュン様と神聖帝国の聖女フレイ様を名乗る者達がいらっしゃいました」


「何? 来るとは聞いていないが……。まあいい、通せ」


 そう、彼は知らなかったのだ。

 今こそ居留守を使うべきだったことを。


★ 


「姫をさらいに来たぞ!」


 謁見の間で、ロキはいつものようにアーリマンのカンペを見ながら言った。

 言葉の矛先はもちろん玉座に座ったゼウスである。


「えっ?」


 ゼウスは突然の展開に全くついていけていない。


(なんか来たと思ったら、いきなり姫をよこせって言われたんだが……。え、なにこの展開?)


 ゼウスはロキの後ろに控えている二人、つまりシギュンとフレイをチラリと見た。


(な、なんか、すごい形相でこっちを睨んでる……)


 二人は何も言わない。

 しかしロキの視界の外ということで、喧嘩上等とばかりにゼウスに対してガンを飛ばしていた。


(ど、どうしよう……)


 とりあえず、ゼウスは国王として培った忖度スキルで二人の胸中を読んでみた。


『てんめぇ、ロキきゅんの言うこと聞かなかったらわかってんだろうなぁ! あぁん?!』


『返事は”はい”か”イエス”の二択だろうがよぉ! 黙って頷いとけやおっさん!』


「……」


 殺される。

 ゼウスは素直にそう思った。


「……ロキくん、ケーキ食べるか?」


 ゼウスの本能は即座に現実逃避を選択した。

 彼はおやつに食べようと思って玉座の後ろに隠しておいたケーキを取り出すと、それをロキに差し出した。


「わーい!」


『よっしゃケーキや!』


 ……ちょろい。


 お子様達はあっさりと懐柔されてしまった。

 この国の王女ソールがやってきたのはちょうどその時だ。


 長い赤髪の綺麗な美人である。

 年齢はまだ十代後半ぐらいか。


 ……つまり恋愛強者である。


「お話中に失礼します。お父様、何の御用でしょう?」


「ああ、ソールか。実は――」


「ボクのつまになれ」


 お子様は魔獣と一緒に口をもぐもぐさせながら、再びカンペを読み上げた。


 ……棒読みだ。

 そして口元にはケーキの生クリームがばっちりとついている。


「あら、かわいい御子ね。お父様、こちらは?」


「新たにアッフォー国の魔王となられたロキ殿だ。シギュン殿とフレイ殿は後見人だそうだ」


 ゼウスは横目でチラリとシギュン達の様子を伺った。

 先ほどとは異なり、二人は柔和な笑みを保っている。


 しかしこの平凡な国王は類稀なる忖度スキルを発揮して、再び二人の心の声を読み取った。


『説明が足りねぇだろうがよぉそれじゃあ!』


『おら、さっさと言えよ! 一番大事なことがあんだろぉ? おぉん?!』


「……」


 ゼウスは思った。

 ……下手を打てば殺される。


 とんでもない武力外交もあったものである。


「……お、お二人とロキ殿とは縁談の話も決まったそうだ。いやーめでたいなー、はっはっはー……」


 彼の背中には嫌な汗が大量に流れていた。

 しかしこれは間違いなくファインプレーである。

 

 彼は撲殺の危機を乗り切ったのだ。


「まあ、それはおめでたいですわ。それでは、私を妻にというのは?」


「ロキ殿はお二人に加えてお前も妻に迎え入れたいそうだ」


「あら、まとめて三人も? 見かけによらず、おませさんなのね」


 ゼウスは見た。

 三人の女達の視線が交わり、激しく火花が散るのを。


 そう、女同士の戦いとはすごくおっかないものなのである。

 無難な会話こそが戦争の火種なのだ。


 そしてソールもまた理解していた。


 これは国家の一大事なのだと。

 具体的にはアラサー二人に国王のゼウスが撲殺されるかもしれないという意味で。


 撲殺の危機は一つではなく、波のように何度も押し寄せてくるのである。

 ……ゼウスに。


「事情はよくわかりましたわ。でもどうしましょうお父様。明日は私の花婿候補を決めるための魔法大会が開かれる予定ですのに」


「……あ、そういえばそうだった」


「まほーたいかい? ……ってなんだ?」


「みんなで魔法の腕を競うのよ。それで一番だった人がお婿さんになるの。私も昔やったわ。……全員、右ストレート一発で沈んだけど」


 フレイはとても遠い目をした。

 まあ悲惨な大会だったのだろう、きっと。


 文字通りの意味で死屍累々だったに違いない。

 ……っていうか魔法大会で右ストレートってどういうことだ。


「それじゃあその大会の優勝者を半殺しにして、譲って貰いましょうか」


 シギュンは普通の顔であっさりと言い放った。

 命が助かるから何も問題はないと言わんばかりである。


(悪魔だ、ここに悪魔がいる……)


 ゼウスは思った。

 きっとエルフの女王の結婚相手を決める魔法大会というのは建前で、本当は集められた男達を生贄にして、この世に悪魔女王シギュンを召喚する儀式を行っていたに違いないと。


(そうだ、絶対にそうだ……。)


「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよ。ロキきゅんの評判が悪くなるでしょ」


 しかしまるで悪魔退治に名乗りを上げるかのように、フレイがシギュンを咎めた。


 そう、やはり腐っても彼女は聖女なのだ。

 なんだかんだで慈悲深い――。


「譲ってくれるように説得するだけよ。……拳でね」


 ……前言撤回。

 体で交渉すると言うならまだ色気のある展開を想像する余地も残るというのに、拳で説得すると言い切られてしまってはもうダメだ。


 というか言い方が変わっただけで言っている内容は何も変わっていない。

 結局、優勝者を話し合い(物理)で半殺しにして言うことを聞かせるだけだ。


(いや待て、もしかして殺さないだけ優しいんじゃないのか? なんかそんな気がしてきたぞ)


 ゼウスは現実逃避の末に、強烈な錯覚に陥った。


 これはアレだ。

 不良が少し優しくすると根は良い人扱いされるというアレだ。


 そしてアーリマンがすかさず新たなカンペを出した。


『よし! じゃあぼくもまほーたいかいにでるぞ!』


「よし! じゃあボクも魔法大会に出るぞ!」


『せやな!』


 おむつ魔獣と一緒にケーキを食べ終わったばかりのロキは、右手を上げながら宣言した。


 ……もちろん棒読みで。

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