第6話 おじいちゃんの木

 僕は、ちょうどむしゃくしゃしてたんだ。

 だって、ミナト君がボールを貸してくれなかったから。

 約束と違うじゃん! 次は僕に貸してくれるって言ったのに!

 そう叫んでみたけど、ミナト君は知らんぷりして仲のいいレン君と行っちゃった。

 ばか!

 僕は気持ちが抑えられなくて、神社の大きな木に落書きした。周りには誰もいなかったから、怒られる心配もなかったし。

 僕は少しだけすっきりして、家に帰った。

 

 気がついたら、目の前に見たことがないおじいちゃんがいた。

 シワだらけの顔に、白い髪の毛、白いヒゲ。

 にこにこ笑っているおじいちゃんは、僕のティーシャツをめくった。

 え? なにしてんの?

 おじいちゃんはにこりと笑って消えた。

 不思議に思ってお腹を見ると、そこには。

 ばか!

 と書いてある。

 黒のマジックで。

 僕は真っ青になった。

 あのおじいちゃんは、今日僕が落書きしたあの木に違いない。

 なぜか、そう思った。


 それは夢の中の出来事だったんだけど、パジャマをめくったらそこには。

 ばか!

 と赤く文字が浮かんでいた。

 ためしにこすってみたけれど、ちっとも薄くならない。

 どうしよう。僕、木の神様を怒らせちゃったんだ。

 僕は着替えると、慌てて神社に向かった。

 誰もいない神社はしんとしていた。

 僕が書いた文字は、やっぱりそのままだった。

 ばか!

 僕は文字を消そうと消しゴムでこする。でも、うまくいかない。どうしよう、こんなこと、書かなきゃ良かった。

 僕ががっかりしていると、ぽん、と肩を叩かれる。

「なにしてるの?」

 ビックリして振り返ると、知らない男の子が立っていた。背は僕と同じくらいだった。

「消えないんだ」

 僕は目をこすって木を指さした。

「ああ、これね。うーん……消えないね」

 男の子は手でこすってくれたけど、やっぱり消えなかった。

「どうして消したいの?」

「木に、嫌なことしちゃったから。僕、ばかって書かれて悲しかったもん」

 男の子は黙って僕のお腹を見た。

「君は、悪いことした時どうしてる?」

「悪いことした時?」

 僕はお母さんの顔を思い出した。

「ごめんなさいって言う」

 男の子はにこりと笑った。

「じゃ、僕が書いておくよ。ご・め・ん・な・さ・い……できた!」

 僕は、これでいいのかな? とちょっと心配になった。

「大丈夫だよ。僕のおじいちゃん、優しいから」

 僕のおじいちゃん?

「う、うん……」

 ぐぅう、とお腹が鳴った。

「ほら、朝ごはん食べて学校に行かなくちゃ!」

 男の子に肩を押されて、僕は家に向かって走った。


 夜になっても、僕のお腹の文字は消えなかった。やっぱりあのおじいちゃん、まだ怒ってるんじゃないかな。

 僕はため息を吐いて布団を被った。

 そうしたら、いつの間にかそこにいたおじいちゃんがにこにこ笑って僕の頭を撫でた。

「ごめんなさい!」

 僕は頭を下げる。

 おじいちゃんは僕のお腹をそっとさわると、にこりと笑って消えた。


 やっぱり、それは夢だった。

 そっとパジャマをめくってみると、文字がない。

 ああ、良かった! おじいちゃん、僕のこと許してくれたんだ! なんて優しいんだろう!

 僕は着替えて神社に向かった。

 僕が『ばか!』と書いて、あの子が『ごめんなさい』と書いた木。

 今は『ばか!』の文字だけ消えている。

『ごめんなさい』の横には、『よくできました』と書いてあった。

 僕は頭をなでられた気がして、なんだか嬉しくなった。ふと横を見ると、大きな木の横に小さな木が生えている。

 きっとあの男の子に違いない。

「ありがとう」

 僕はそっと小さな木を撫でた。

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突然ワク物語 鹿嶋 雲丹 @uni888

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