第2話 最強勇者から最弱勇者に

 僕は大樹の生い茂る森の中に転移した。太陽らしきものがふたつ並んで空に浮かび、木々の枝葉のすき間からは光が差し込む。ときたま風が吹けば、葉擦はずれの音が聞こえ、遠くのほうからは川の流れる水の音が聞こえてもきた。生まれも育ちも都会っ子の僕にとって、この大自然は理想的かつ感動ものだった。


「大自然っ、最高~」


 思わず叫んでしまった。

 ブーン。ブーン。ブーン。

 3匹の真っ黒な甲虫が羽を広げ、目の前を通りすぎる。


「ヒィー」


 僕は虫が大の苦手だった。こんな森の中で野宿なんて絶対にできない。そんなことを考えていると、頭の中でピロロン! という音が響いた。

 すると目の前に、半透明はんとうめいな水色のステータス表示が浮かんだ。しかも日本語。どうやら僕の考えにこの世界のシステム的なものが反応したようだ。せっかくなのでステータス表示を確認することにした。

 

 ――職業:勇者(最強)

 レベル:999

 ステータス値 力:9999 素早さ:9999 運:9999 …………

 すべての数値が9999の並びとなっていた――。


 次に手足を意識して動かしてみる。

 うん――いつもより体が軽いような気がする。

 容姿に関しては――小学5年生の僕そのものだった。身長も体重も年齢も髪型も、そして服装(上下セットの黒色のジャージ)までもが元の世界にいたときとまったく同じだった。


(できれば勇者らしいかっこいいよろいけんがほしかった……)


 それでも喜ばしいこともあった。それは、ステータス表示にある漢字がすべて読める点だった。まだ学校で習ってない漢字もたくさんあったのだけれど、すらすらと読むことができたのだ。元の世界に戻ってもこの能力だけはなくならないでほしい。


「殺してやる~」


 女の人の声? ただしセリフは物騒ぶっそうだぞ。

 声の大きさからしてそんなに離れた場所ではなさそうだ。

 ここは、――勇者として助けにいくべきだろう。

 戦いの経験はないし武器も持っていないがレベルは999もあるんだ。きっと、なんとかなるだろう。


 僕は声のしたほうに全力で走った。

 早く走れることがこんなにも気持ちのいいことだと、このとき初めて知った。


 ――木々を避け走ること数分で戦いの現場にたどりついた――。


 そこには、白い仮面を被った女性と、体長4メートルくらいはあろう大型の熊のような獣とが対峙たいじしていた。獣の左目には刀傷の跡が残っていてやたらと強そうに見えた。


「少年! ここは危ないから離れていろっ」


 長い耳の形からしてエルフなのだろう。金色の髪と若草色の洋服がみように似合っていた。ひらひらした洋服の上に動きを重視した軽装の革の鎧を装備している。細身の長剣で間合いをとりながら僕と獣の間に割って入った。余裕すら見せる獣に対して、彼女のほうはだいぶ息が上がっているように感じた。どう考えても劣勢なのは彼女のほうだろう。僕は足元に落ちていた木の棒を拾い身構えた。


「よしっ! 僕が相手だ~」

「ガルルッ! (そんな棒切れてレベル83の俺様に勝てるとでも思っているのか小僧)」


 獣が自らのレベルを教えてくれたおかげで少し落ちつくことができた。レベル差が相当あるので木の棒でもなんとかなるように思えた。


 ――獣が仮面の女性を飛び越えて、僕に襲いかかってきた――。


 大きな体にしては素早い動きで、一瞬にして間合いがまる――ただ、直線的な動きではあった。僕は獣の体当たりが触れる一瞬手前で、足の間に棒をからめると急いで後ろに飛んだ。獣は絡まった棒によってバランスを崩して転倒した。


「勝負はあったようね」

 

 仮面の女性がそのすきを逃さずに獣の上に飛び乗り、剣先を頭部に当てていまにも突き刺そうとしていた。


「ガルルッ! (降参だ)」

「仮面のお姉さん。降参だっていってるよっ」

「お、お姉さん……子どもは素直でよろしい」


 なにか別の意味で喜んでいる……ような……。


「ガルルッ! (油断しちまったようだ。ただ、あのエルフのやわな剣が俺様の硬い毛皮をつらぬくことができるとは到底思えんのだがな)」

「まぁそのときは、勇者の僕がボコってあげるから」


 腕を曲げ、拳を固めた。


「ガルルッ! (勇者だと? まぁいい、今日のところは引いてやる)」


 獣はそういい残して森の中へと姿を消した。


「少年のおかげて命拾いした。助けてくれてありがとう!」

「どういたしましてっ!」

「私はエル・トワイライト」

「僕は山田育」

「さっきはレッドグリスリーと話をしているみたいだったけど、獣の言葉がわかるの?」

「えっ、お姉さんはわからなかったの?」

「普通はわからないものよ。それと、エルでいいわ」

「わかった。エルさん」


 どうやらさっきの獣との会話は僕にしかわからなかったようだ。それを知ってしまうと、なんだか妄想もうそう激しいイタイ人みたいで恥ずかしくなってしまった。


「さっき自分のことを勇者だっていってたけど、それは本当なの?」

「うん。職業のらんにそう書いてあったから」

「だとすると育はワタリビトなのねっ」

「ワタリビト?」

「ええ。私たちの世界では異世界からきた人のことをそう呼ぶの。特別な能力を持ってたりもするのよ」


 しろかみさまの加護――いまいちよくわからない。


(僕はこのとき特別な能力についてちゃんと確認しておくべきだった。そのせいで僕はこのあとレベル1の最弱勇者になってしまう)


「チュウ~」


 なにかの小動物の鳴き声が聞こえた。

 同時にエルさんの胸が左右に動いた。

 なに? どういうこと……?


「そうそう忘れてた。この子がレッドグリズリーにおそわれてるのを見て、同族が襲われているのと勘違いしちゃったのよ」


 それであんな物騒なセリフがだったんだ。

 エルさんの胸の谷間からハムスターが顔をだした。白・黒・茶の3色の毛色。(僕たちが教室で飼っていたトリコロールハムスターにそっくりだ)


「ひょっとして、ムスターなの?」

「チュウ~!」


 ハムスターが勢いよく飛びついてきた。

 僕は両手でそれを受けとめる。すると……。


 ボンという音と共にムスターが煙に包まれた……この展開、前にもあったような。


 煙が消えると、体長10センチほどの小さなドラゴンが僕の手の中にいた。色は、白・黒・茶のトリコロールカラー。


「ご主人様。ボク、あこがれの姿になることができたでチュウ~」


 僕はエルさんの顔を見た。(いまの言葉もエルさんにはわからなかったのだろうか?)


「おどろいた。このドラゴンは言葉が話せるのねっ」

「ご主人様が潜在せんざい能力を解放してくれたおかげでチュウ~」


 僕はムスターの潜在能力を解放した覚えがない。


「ボク、レベルも999でチュウ~」

うそでしょ。部族最強の私でレベル71なのよ」


 エルさんはさっきからおどろいてばかりだった。


「すごいじゃないかムスター。ドラゴンに変身して、言葉が話せるようになったうえに、レベルは僕と同じ999」


 ――ピロロン! おもむろにステータス画面が現れた。そして目を疑った。僕のレベルがなぜか1になっていたからだ。それに職業が、勇者(最強)から勇者(最弱)に書き換えられていた――。

 

 えっ……これって……?

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