魔王となった担任教師のいる異世界で、最弱勇者となった僕とハムスターとの冒険物語

三夜間円

第1話 吾輩は神である 名前はまだ無い

「頼む。どうか露草を異世界から元の世界に連れ戻してやってくれ!」


 白いローブに身を包んだ老人が、白樺しらかばの杖を床に置き、その場で土下座をし始めた。キラリと光る頭頂部に僕は思わず吹きだしそうになった。


 えっと……?

 状況が全然つかめない……。


 ――そうだった。思い出した!

 授業が終わって、教室のうしろのたなに置かれた飼育カゴをのぞくとハムスターのムスターが脱走していることに気づいた。生き物係だった僕は鬼崎おにざき先生に怒られるのが怖くて、必死でムスターを探している最中、なぜか清掃用具入れの中に吸い込まれたんだった――。

 

 現状。

 1、見渡すかぎり白一色の無機質な空間。

 2、まるで宙に浮いているような感覚。

 3、僕と老人だけが向き合った状況。


 これってアニメで見た異世界転生に状況が似ているけど……?


かんがよいようだな。これからきみには異世界に転移してもらう」


 いつの間にか、老人は僕の真正面に立っていた。


「僕は死んじゃったの?」

「いいや。死んではおらんから安心してよいぞ。山田育やまだいく

「あっ、僕の名前!」

「うむ。わしは神じゃからな。それくらい知っていて当然じゃ」

「神様?」

「疑うでない。本物じゃぞ!」


 神様は両手を腰にあて胸を張った。さっき僕に土下座をしていた状況は忘れたほうがよさそうだ。


「忘れんでよいぞ。わしの個人的な頼みごとなのじゃから」

「すご~い。僕の心も読めるんだ!」


 感動と同時に神様も土下座をするのだと知った。

 僕もこれからは人に頼みごとをする際、ちゃんと頭を下げよう。


「ところで神様の名前は?」(あとで母さんに教えてあげよう)


 神様は自身を指差し、少し困った口調で話を続けた。


「実はわしには名前が無いのじゃよ。短い期間じゃが、出雲いずも地方を収めていたときは、出雲の神などと呼ばれていた時代もあったのじゃがな……」


 遠くを眺め、目を細めていた。僕にはそれが少し悲しんでいるように見えた。


「だったら僕が名前をつけてあげる」

「それは願ったり叶ったりじゃ」

「それじゃあ……さまっていうのはどう?」(見た目が白いから)

「うむ。シンプル・イズ・ベスト! じゃな」

「しんぷりいず……」

「育には英語はちとわからんか。気に入ったという意味じゃ」


 どうやら喜んでもらえたようだ。


 ――次の瞬間――。


 ボンという音と共に、目の前が真っ白なけむりに包まれた。

 煙の中からは、真っ白な長い髪と、真っ白な長い顎鬚あごひげを生やした老人が現れた。見慣れた白いローブ姿に白樺の杖まで持っているけど……。


 老人は杖を床に置くと、どこからともなく用意した手鏡を取りだした。


「育が名前をわしにつけてくれたおかげで、このような立派な姿になれたわい」

「さっきの神様なの?」

「そうじゃぞ。神の存在というのは人の信仰によって、その姿や力量もまた変化するものなのじゃよ。白髪じゃが、無くなった髪もほれっこの通り復活した。これで、100歳は若く見られそうだわいっ」


 手鏡での入念なチェックはしばらくの間続いた。


「それでは話を本題に戻そう!」


 いちど咳払いをして、仕切り直す神様。


「育、露草のことは知っておるな」

「うん。クラスの担任の先生。でもここ3週間くらいは連絡がつかないんだって~」


 それで、代わりにやってきた臨時りんじの先生の鬼崎先生が、ものすごく怖いうえに宿題もたくさんだすとんでもない先生なのだ。


「いまの露草は、異世界に転移しておるから連絡がつかないのじゃよ。ではなくなので元の世界に戻ろうと思えばいつでも戻れるはずなのじゃが……どうしたものか……」

「じゃあ、露草先生はぶじなんだねっ。よかった~」

「ただ困ったことに、露草は異世界で戦争を起こそうと考えておるようなのじゃ」

「えっ先生が?」

「うむ。露草はわしが付与ふよした力を使って魔王の座に君臨くんりんしておる」

「あの優しい先生が?」

「そこで露草の教え子である育に、元の世界に戻るよう露草を説得してきてほしいのじゃ」

「どうして僕なの?」

「そこはわしのかんみたいなもので、育になら露草を十分説得できると思ったのじゃ」

「だったら、自信はないけどやってみるよ~」

 

 露草先生さえ戻ってきてくれれば、臨時教師の鬼崎先生も都会第三小学校からいなくなるかもしれない。クラスのみんなのためにもがんばるぞ。


「では頼んだぞ、育。レベルとステータス値は露草と同じ最高値にておくからっ」

「やった~」

「他になにか希望はあるか? 」

「う~ん」(なにも思い浮かばない)

「だったら職業はなにが望みだ? 魔法使いや回復士、戦士や武道家などなんでもよいぞ」

「だったら勇者になりたい!」

「よしわかった。それと、わしに名前をつけてくれたお礼に神の加護も付与しておくとしよう」

「ありがと~ございま~す」


 お礼をいってから頭を深く下げた。


「では最後に一番重要なことを教える」


 神様から首飾りが手渡された。

 黒い糸がみ込まれているひもにコバルトブルーの勾玉まがたまがついた和風な首飾り。


「その首飾りを切ることで、元の世界に戻ることができる。ちなみに、露草にも同じものを渡しておるぞ。では、健闘けんとうを祈る」




 ――神様が白樺の杖をかかげると全体がまばゆい光に包まれた。こうして僕は、人生初の異世界転移をすることになったのだ――。

 







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