友情と愛情の狭間

三鹿ショート

友情と愛情の狭間

 私にとって、彼女は一番の友人である。

 私には彼女以外にも友人が存在しているが、彼女との時間が最も落ち着くといえる。

 何も語らなくとも、隣り合って座り、無為なる時間を過ごすことができる。

 彼女がいつの間にか眠っていれば、自らの上着を身体にかけ、風邪を引かないように配慮する。

 共に笑い、共に泣き、共に怒っては、共に悲しむ。

 何時の頃からこのような関係性になったのかは、憶えていない。

 確実に言えることは、家族のように彼女を大事に思っているが、我々は家族ではないということだ。

 一方で、家族よりも長く同じ時間を過ごしているため、もはや自分にとっての家族が誰なのかが不明なほどだと言っても過言ではない。

 私が抱いているこの感覚は彼女も同様らしく、我々は一糸まとわぬ格好で密室に閉じ込められたとしても、一線を越えることは無いと断言することができる。

 だが、周囲の人間は我々のことを誤解しているらしい。

 親しい人間ならば我々の関係を理解しているのだが、名前を知っているだけであったり、遠くから目にするだけの人間たちにしてみれば、よほど親しい間柄なのだろうと想像してしまうようだ。

 誤解している人間たち全てに事情を説明しようにも、骨が折れる。

 いっそのこと、白い衣服に我々は交際していないと書き、それを普段着としようかと彼女に提案した。

 彼女は大声で笑った。


***


 私や彼女に恋人が出来ると、互いに祝福する。

 恋人との時間を優先するが、暇があれば互いに顔を合わせ、近況を報告していた。

 しかし、恋人からすれば、仲の良い男女というものほど、怪しい関係は無いらしい。

 疑いの言葉をかけられる度に、我々は丁寧に説明した。

 一時的に信用してくれたとしても、その後も会っていると知ると、恋人としては我慢できないようだ。

 ゆえに、我々が破局した回数は、相当なものだった。

 誤解によって悲しむ人間を新たに生み出さないためにも、私と彼女が恋人になれば良いのではないかと考える人間も多いだろう。

 だが、我々は互いに恋愛感情を抱かなかった。

 身体だけの付き合いということも、考えたことはない。

 純粋に、我々は良き友人だったのだ。

 そのような人間と無理矢理関係を変化させてしまえば、当然ながら今まで通りとはいかなくなる。

 それだけは、最も避けたいことだった。

 だからこそ、新たな被害者を生み出し続けてしまう我々は、罪人なのだろう。

 こればかりは、どうしようもなかった。


***


 我々の新たな恋人は、理解ある人間だった。

 私と彼女が良き友人であり、二人きりで顔を合わせることがあったとしても、疑いの眼差しを向けることはなかった。

 我々は、これまでになく互いの恋人を大事にしようと考え、尽くすことにした。

 やがて結婚を視野に入れようとしていたとき、私は恋人の不貞行為を知った。

 その相手とは、彼女の恋人だった。

 何故そのような関係になったのかと問うと、どうやら私と彼女が原因らしい。

 いわく、表面上は我々の関係に理解を示していたが、内心は不安で仕方がなかったようだ。

 共通の悩みを持っていた私と彼女の恋人たちは、相談をしているうちに、相手に対して好意を抱くようになった。

 そして、一線を越えた。

 我々の関係に悩んでいた二人は、自分たちが不貞行為を働いたことにより罪悪感が生まれ、不安から目を背けるようになった。

 その視線の先には、別の異性の姿があったのである。

 彼女の恋人は、私に黙っていてほしいと頭を下げた。

 心を入れ替えることを誓う彼女の恋人を見ながら、私は頭を悩ませた。

 彼女に虚言を吐くことにも、真実を知って彼女が悲しむ姿を目にすることにも、抵抗感があった。

 このようなことになるのならば、恋人たちの裏切りを知らなければ良かったと、後悔した。

 結局のところ、私の出した答えは、彼女に真実を伝えるというものだった。

 もちろん、彼女は悲しみ、その結果、破局を迎えることになった。

 私もまた、交際相手と別れることにした。

 不貞行為を働くような人間と過ごすことなど、出来ないからだ。

 我々と別れた恋人は、その後、結婚したらしい。


***


 月日は流れ、我々は老人と化した。

 しかし、これまでの関係性に変化は無かった。

 私と彼女は公園の長椅子に座り、笑顔で遊んでいる家族を眺めながら、

「子どもや孫が存在していれば、人生は楽しかったのだろうか」

 私の言葉に、彼女は表情を変えることなく、

「苦労は多いでしょうが、その分、楽しさも多かったかもしれませんね」

「きみは後悔しているかい」

 私が問うと、彼女は首を左右に振った。

 そして、笑みを浮かべると、それを私に向けながら、

「老いてもあなたとこうして共に過ごすことができているのです。孤独など、感じたことはありませんでした」

 私は彼女に同調するように頷いた。

「確かに、私は人生において、寂しさを覚えたことは皆無だった。きみと出会うことができたことが、一番の幸福だったのだろう」

「それは、私も同じです」

 互いに笑顔を向けた後、揃って立ち上がると、それぞれの家に向かって歩き始めた。

 明日もまた、こうして互いに顔を合わせることができるのだと信じながら。

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友情と愛情の狭間 三鹿ショート @mijikashort

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