第180話 空腹

 死の土スートゥの腕から温かいぬくもりを感じる。いや、ラーメンをすする際あったかいと感じる感覚に近い。僕の手が口替わりに、死の土スートゥの体温を喰っているのだ。死の土スートゥの腕は一瞬で色が悪くなり、次第に肌表面が氷の膜で覆われていく。「ユイちゃんの生命力を吸い取る感じってこんなのかな~」っと余裕を出しながら、僕は新しい力にワクワクしていた。

死の土スートゥに頭を吹き飛ばされた時は正直、終わったと思ったが、力業でごり押しするという考えも一緒に吹き飛んでくれたおかげで、この新しい能力にも覚醒できたと思う。


「アンタには感謝するよ!」


僕は死の土スートゥに意地の悪い台詞を吐いた。

傍から見たらどちらが悪者か見分けがつかない、ゼノの姿で人間を苦しめている僕の方が悪役か。


「ああああああっ!」

死の土スートゥの凍傷は肩まで来ていた。

このまま行けばガラス細工のように、バラバラに砕くことが出来るんじゃないのか、僕の心は、ゲームで本来行けないエリアを、バグとか色々と駆使していこうとする小学生だった。倫理観とか人間性とかそう言ったものは二の次だった。

そんな化け物に対して、ヒロインポジションっぽい女が、泣きながら僕に「やめてください」と言ってくる。


 どうでもいい……

 ただ……


 カメヤゲンドウがワープゲートを作って逃げようとしていることに、僕は気付いた。死の土スートゥを遊びに飽きたおもちゃの様に捨て、この男に標的を変えた。カメヤゲンドウは悲鳴をあげ、周りに転がっている石ころや、瓦礫の破片をサルのように投げつけてきた。


 モンスターが人間を襲っている光景ってこんなのかな~


僕はカメヤゲンドウの体をゼノの腕に変化させた腕で、踏み倒した。「ぐえっ」っと情けない声を出したゲンドウ、少しずつ体重をかけていくと、ミシミシと嫌な音が腕から振動と一緒に聞こえてきた。


「も、もうやめてください!」

うさ耳の女がずっと叫んでいる。耳障りだ。


「しっかし、腹が減ってきた。なにか……」


僕は終始、何か食べたい衝動に駆られていた。

食欲が止まらないのだ。

ゲンドウを押し倒しながら、男の顔を見ていると薄っすらと何かが見えてきた。ぼやけていて何が何だか分からないが。


「美味しそうだ……」


僕は口元を大きく開けた。そこから蛇のように長く、触手のように動く舌でゲンドウの額に突き刺し、体液を吸い取るように何か電気の様な物を、ちゅうちゅうと吸い取っていく、ペットボトルに入った紅茶みたいに、優しい甘さを感じた。それと同時に僕の頭の中に入ってくる。


 これは……

 カメヤゲンドウと、カメヤミサトさん、

 幼いカメヤツルギちゃんの光景。


僕はこの男から、記憶を喰っていたんだ。

敵とは言え酷いことをしていると思うが、僕の食欲は止まらなかった。

ゲンドウとミサトさんの夫婦生活、幸せな時間、ツルギちゃんとの思い出の味は格別に美味しい。夢中になって食べていると、いきなり苦く、だが濃厚でうま味もぎゅっと入った味が来た。ゲンドウが実の娘に手を出してしまった記憶だ。ツルギちゃんの泣いている表情に比例するかのように味も苦くなっていく。


「や、やめてください……」

カメヤゲンドウは気の抜けたセリフを吐いた。


「やっぱり、アンタが原因か、もうこのまま嫌な記憶も僕が食ってやりましょうか? その方があなたにとっても、ツルギちゃんにとっても幸せだと思いますが……」


僕は悪魔のようにゲンドウに提案した。

ゲンドウはそれでも首を横に振った。

涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらもこの男は家族との記憶を失いたくないのだ。しかし、僕は欲に逆らうことが出来なかった。



  「ほうほう、どうやら大変な事になっているね」

ゲンドウの作ったワープゲートから着物姿の女が現れた。

匂いと言うか、雰囲気と言うか、オーラが普通の人間と違う。

僕の直感が危険信号を放つ。

「お前は誰だ?」

「ほうほう、聞いてた姿より大分化け物だな!」

女は僕の今の姿に臆することなく近づいて来た。

「お前の意志は何なんだ? ほら、頭痛のように何か頭に語り掛けてくることないか?」

女はずかずかと僕に語り掛けてくる。

「質問に答えてくれ、お前は誰なんだ?」

「おお、申し訳ない! 私の名前はサクヤ。樹神教の神にして教祖よ!」

「そうか、だったら敵なんだな。」

「そういうこと! お互い世界の意志同士よろしくね!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る