第6話 使命
エゴ。
自己満足。
そんな物は認めたくは無かった。
自分がすることは全て正しいと信じていたかった。
自分がすることが間違いであることを恐れていた。
だから桜庭の言ったことが許せなかった。
いや、許すも何もない。
否定したかっただけだ。
桜庭のやろうとしていたことは正しいのだろう。
だから安心したかった。
自分が正しくないことをすることだけは避けようとした。
だけど桜庭は違った。
自分が正しいかどうかなんて気にしていなかった。
ただ、御使いとして最良の手段を取ろうとしたんだ。
あいつが、幻影に求められる"本当の"御使いなのかもしれない。
もう俺は迷わない。
世界にとって、
人として、
正しいかなんて関係ない。
俺は、御使いを助ける身として。
幻影が自由に、幸せになれる可能性を0.01%でも上げられるよう努力する。
俺は、もう"正しさ"にとらわれない。
今なら、間違いを恐れることはない。
たった今から、俺は新たな一歩を踏み出す。
夜を彩る花が消え、再び闇に戻った空の下、俺は隣に待つ少女に話した。
「大分気持ちの整理はついた。俺はお前に全力で協力する。今度はちゃんと。」
「…そっか。ありがとう。」
暗闇で顔は見えなかったが、嬉しそうに微笑む桜庭の顔が頭に浮かんだ。
「キミは優しいね。」
「そんなじゃない。」
これは、本心だ。
桜庭は、生まれて何も知らないうちに重い使命を押し付けられているにも関わらず、健気にその使命を全うしようとしている。
そんな奴が隣にいたら、助けるのは当然のことだろう。
「ふふっ、もう、素直じゃないなぁ。」
「やかましい。」
夏の暑さが目の前を通り越して行くのを感じた。
またその次の次の日。
「やっほい補佐君。珍しいね。キミから誘うなんて。どこに行くんだい?」
「決まっているだろう。享葉君の、母親に会いに行きたい。この前話させると言っていたからには、何かしらの方法を考えていたんだろ?」
「方法?ぜーんぜん!」
「…はぁぁぁぁぁ…」
「ん?なんだい?あんなに意気込んでいたのに早速人頼みとはねぇ。」
「分かってる。元々死に物狂いで探すつもりだ。」
「それでこそ我が補佐に相応しいッ!!」
「声でけぇよ!」
このようなひと悶着があったあと、真剣にどうするかという作戦会議を開いた。
「享葉君の母親に説得してもらうのはまず賛成する。だけど面と向かってそのことを否定されたり、口に出さなかったしたときには、享葉君を騙すような真似はしたくはない。これは正しい正しくないじゃなくて完全に自分の考えに過ぎないけど良いか?」
「しょうがないなぁ…なーんて。私もそれに賛成。もとより母親が認めてくれるのがベストだからね。一昨日は一応言ったけど、自演してもらうっていうのは最後の手段かな。」
「分かった。じゃあまず一番問題なのが…」
「どうやって母親に接触を取るかだね。」
桜庭が俺の言葉を引き取る。
そう。
それが最初して最大の問題。
享葉君の幻影が俺達を知っているとはいえ、俺達と和宮家との繋がりは皆無だ。
まぁ単純に話して納得にて貰ってことが済めばそれでいいのだがまず信じてもらえないだろう。
仮に信じて貰えたとしても、赤の他人の俺達に本当のことを話してくれるだろうか。普通はどうであれ「愛していた」と言って体裁を取り繕うだろう。
恐らく、母親から本当の話を引き出すのは相当難しい。
「まぁ取り合えずコンタクトだけでも取ってみるかな。」
「急過ぎないか?…まあでもそうしかないだろうな。家は享葉君がいたところだろ?」
「そうだよ~ん。つまりあそこにカチコミじゃ!」
「お前人様の家に殴り込みとか冗談に留めておけよ。」
「…私がそんなこと本当にすると思うの?」
「それ以上のことしでかしそうだな。」
「あ~あ、なんで私ってそんな酷い誤解されるんだろうなー。ねー。」
「そんな棒読みで言われてもな。一度日々の行動と言動を一度見直してから言いな。」
「え!嘘!私っていっつもそんな暴力的だっけ。」
「違う違う。いつも意味不明で謎な言動行動してばっかだからだよ。」
「それは意味不明なんじゃなくて私の言葉の深い意味をキミがくみ取れていないだけ…」
「だとしたらほとんどの人間が聞いて分かんねえよ。」
「それは少し自惚れじゃあないかい?それはキミがほとんどの人間よりものの意味をくみ取る力があると言っているようなものだよ?」
「そうじゃない。俺は平均的な方だからほとんどの人間と同じだっつーの。」
「本当に自分が平均だと思ってるの?本当に?へぇ~。」
「なんだその目は。別に自分が平均的だって言っておかしいか?」
「いや?別に?」
「ならなんだよ。」
「ナンデモナイヨ。」
「棒。」
「うるさい!もう全く、キミのせいで話が盛大にそれちゃったじゃない!ええっと、何の話だっけ。」
「どう考えてもお前が"カチコミ"なんて言ったお陰だろ。だからこれから享葉君の母親のところに行こうって話だったろ。」
「ああそうだそうだ。じゃあLet's GO!!!」
「そこだけ無駄に発音良いの何なんだよ…」
無駄にハイテンションな桜庭について行きながらも、やはり心のどこかに不安があった。
「ここだよね。」
「ここだな。」
以前に訪れた和宮家。
今日は享葉君は入口には居なかったから、そのままチャイムを鳴らすことにした。
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫。」
「お前なぁ、そんな軽く大丈夫なんて…」
「大丈夫だから。」
そう言った桜庭の顔は、真剣そのものだった。
「…そうか。」
ここまで言うのであれば、何かしらの方法はあるのだろう。
チャイムの無機質な音が小さく響く。
「はい。どなた様でしょうか…」
凛とした、でも少し疲れたような声が返って来た。
紅葉
「突然のご訪問をお許し下さい。桜庭 舞子と申します。和宮 紅葉さんでしょうか。」
「はい、そうですが…何か用ですか。」
「お聞きしたいことがあるんです。享葉君について。」
刹那の沈黙が流れる。
「…新聞記者の回し者ですか!いつまで纏わりついてくるんですか?もう30年前のことです!私はもう話せることは話しました!夫が享葉に暴力をふるい続けて挙句の果てに殺して刑務所に入った。ただそれだけです!もう何も語ることはありません!帰って下さい!」
"夫が"?
自分のことを棚に上げて夫のことだけを言っているのか?
それとも…享葉君が嘘をついたのか?
「待って下さい!享葉君は確かに亡くなりました。でも一昨日彼に会いました。でもたぶんあなたは信じてくれないでしょう。一言だけ、託(ことづけ)を預かっているのでそれだけでも聞いて下さい。『庭の片隅の形見を思い出して』だそうです。それを伝えれば母は信じてくれると。享葉君は光を宿した目で私にそう伝えてくれました。それだけは、言っておきます。ご迷惑のようならば、今日はここでお暇いたします。」
「………っ…」
何も聞こえなかった。
何も言いたくないのかもしれない。
何も言えないのかもしれない。
俺達にそれは分からない。
俺達は、和宮家を後にした。
「…あんな託いつ貰ったんだ?」
昼飯時だったから、俺達は近所のファミレスで昼食を取ることにした。
「キミが享葉君に会う前の日。『僕の未練からして、母の手を借りることもあると思うので、信じて貰えない時にはこの言葉を伝えて下さい。』って言われたの。一応母親のところにはキミと一緒に行こうと思ってたから言ってなかったけど。」
「そうだったのか。庭の形見か。何か埋めてでもあるのかね。」
「さあねぇ~…おっ!美味しそう。じゃあ早速いただきまーす!」
タイミング良くやって来た料理に桜庭の目が奪われたため、一度会話は中断された。
幸せそうに口にご飯を運ぶ桜庭を見つめていると、何となくこいつは一人にできないな、という考えが突然現れた。
一人にしておいたら自由奔放に何でもやってしまいそうだ。
「なんか、あれなのかね。お前みたいに生きてれば、"自由に生きてるな"って思えるのかね。」
無意識に言葉が零れる。
「ん?私ってそんな自由に生きてるように見える?」
「そうだな。何に縛られてもくぐり抜けて生きて行ってそうだ。」
「そっか。自由に、ね。そっか。ふふっ。」
何故か少し寂しげな笑いが漏れた後、少しの間の沈黙が俺達の間に流れた。
そして沈黙を破ったのも桜庭だった。
「そういえば思ったんだけどさ。紅葉さんは、『夫が』って言ってたけど享葉君は『二人から』って言ってたよね。あれはどうなんだろう。」
「ああ、その話か。確かにそうだな。んー、でも仮に母親が嘘をついているとしたら、裁判の時とかに父親が証言しそうだからな…」
「ってことは母親が嘘をついているとは考え難いかな。じゃあ逆に享葉君はなんでそんな嘘をついたんだろう?」
「…どうなんだろうな。嘘をつく必要があったのか?それとも何かしらの意味があんのか…」
結局その日は何も分からなかったから、次に訪問する日を決めて解散した。
その帰り道。
この前見つけた幻影を見かけた。
やはりどこかで見覚えがある気がするが思い出せない。
…ん?
何か頭に光った気がしたのは気のせいか。
そして4日後。
「おっはよーん!さあ今日はまた享葉君の母親に会いに行くぞ!」
例のごとく桜庭がやって来て、一日が始まる。
「そういや前に言わなかったけどそんなズバズバ言って大丈夫なのか?」
「ん?そこら辺はわきまえているから安心したまえ。」
「本当かねぇ…社会性とかあるようには見えんし…」
「なにを!私社会性めっちゃあるからね!社会だって得意だし!」
「嘘つけ。お前この前の地理のテストで『青函トンネル』のこと『生還トンネル』って書いてたろ。あれで得意は無いわ。」
「あっあれはたまたま漢字ど忘れして適当に当て字しただけだし…ってか社会性にそれ関係ないでしょ!」
「最初に社会がどうの言い出したのはお前だよ。」
「えーっと、じゃあとりあえず行くか!」
「誤魔化すな。」
そんなこんなで再びやって来たが…
「どうしたの?早くチャイム押しなよ。」
「いやあんな言い方されてはいじゃあ行きましょうとはならない。てかこの前はお前が押してただろ。」
「だってどうせ顔は合わせることになるんだし、だったら早い方がいいじゃん?」
「俺が言ってもお前の託が無いと信じられんだろ。いいから先行ってくれ。」
「はぁ~、全くキミはヘタレだなぁ。しょうがないね。」
再び無機質なチャイムが響き、声が聞こえる。
「はい、どちら様でしょうか…」
「以前お伺いした桜庭です。今一度、お話を伺えないでしょうか。」
「……………」
やはり返事が無い。
「…やっぱり一度方法を考え直した方が…」
そう桜庭に囁こうとすると、
扉が開いた。
「…ご用件によっては出来るだけお話いたします。何についてお伝えすればいいのですか?」
「…享葉君についてです。それ以上のことは外では言えません。」
「…上がって下さい。形見のことを知っているのであれば、あなた達の言うことは本当でしょう。」
相変わらず俺には形見が何なのかはわからないが、ちゃんと通じたようだ。
「享葉君に対する、あなたの気持ちはどうだったんですか?」
六畳ほどの和室に通され、座った後に桜庭が単刀直入に聞いた。
「…どう、というのはどのような意味でしょうか。」
「本当に、お金にだけですか?享葉君は、あなたにとって本当にお金のためだけのものですか?」
「………そこまで知っていらっしゃるのであれば、本当に享葉の話を聞いたのかもしれませんね。あの子のことですから、そこまで詳細は話していないでしょう。お話します。あの子と、私達のことを。」
そして、紅葉さんは語り始めた。
自らの罪と、後悔を。
「私達夫婦の間には子供がいませんでした。
夫はさほど気にしてはいなかったようですが、私はどうしても自分の子供が欲しかったんです。
ある時、親類の高齢ご夫婦がお亡くなりになって、その幼い養子が一人残されました。ご高齢の内に養子を養っていたため、遺書もありました。
その中に、『享葉を引き取ってくれた人に、今まで享葉のために貯めておいた教育費・育児費を差し上げます』という文言がありました。しかし、私の家系の者は皆裕福な人ばかりで、名乗り出る者は誰もいませんでした。
そこで、私が引き取ると名乗り出ました。
最初は夫には反対されました。
"あんな得体の知れない子供を家で預かる必要はない"
"今は金に困っている訳でもないからなおさらだ"
でも私は反対を押し切って預かりました。
最初は反対していた夫も何とか説得して、我が家に迎え入れました。
夫にとってはお金の工面手段でしかありませんでしたが。
本人は勿論お金で買われたとも知りませんし、知られたくありませんでした。
なので、演じることにしたんです。
幸せな、仲睦まじい夫婦と家庭を。
演じると言っても、元々私達の仲は良い方だったので、特に気にすることもありませんでした。
でも、それも本当からかけ離れて行くのが段々分かってきました。
夫が浮気をし始めたのは、引き取ってから6年後、つまり享葉が8歳の時です。
その少し前から薄々気付いていましたが、黙殺していました。
それを指摘すれば、この生活が崩れてしまうから。
でも、享葉がそれを目の前で言ったときは、いよいよ終わったと思いました。
まあそうですよね。
自分で蒔いた種です。
離婚でもなんでも受け入れようと覚悟しました。
その日は夫と大声で口論してしまったので、もう享葉がこのことを知らないというのはあり得ませんでしたから。
夫は離婚などはしませんでした。
でも、その代わりに享葉をストレスの発散に使うようになってしまったんです。
私は止められませんでした。
享葉のために、止める勇気を持っていませんでした。
そして、結局享葉を死に追いやってしまいました。
自分で享葉を愛していると思っていました。
でも、たぶん違うのでしょうね。
もし愛していたのなら、この体を張ってでも止められたはずですから。
私は、子供を引き取っておきながらその子を守れませんでした。
それなら。
あの子は施設などに入っていればこんなことにならずに済んだんです。
私が引き取らなければ、あの子はもっと幸せだったかもしれない。
私が、あの子を引き取ってしまったこと自体が、今になって罪に覚えてきました。
この後悔は、一生してもしきれません。」
長い、長い紅葉さんの懺悔は終わった。
そして、代わりに静寂が訪れる。
いつものように、その静けさを破ったのは桜庭だった。
「享葉君に話を聞いた時ー」
桜庭は、子無き母に語りかける。
「享葉君は『2人から』暴力を受けたと言っていました。あなたが守ってくれなかったことは、享葉君にとって心に重い傷を受ける一種の『暴力』だったのかもしれません。確かにあなた達が享葉君を引き取らなければ、別の未来があったでしょう。」
「でも。」
言葉が次々と紡がれて行く。
「あなたが引き取らなかったことで享葉君が幸せになったとは思いません。享葉君から聞きました。『あの間は、とても幸せだった』と。結果はどうであれ、あなたはその幸せを享葉君に与えることが出来ていました。」
「そして。」
「確かにあなたと夫さん、少なくとも夫さんはお金のために享葉君を引き取ったのかもしれない。でもそれは間違いなく享葉君に束の間の幸せを与えていました。そして、現にあなたは今、"享葉君を守れなかったことを悔いています"。それは、本当にお金のためですか?」
とても優しい声で、問いかける。
「………っ…」
「あなたは、享葉君を愛していたのではないですか?」
もし。
少しでも。
本当に愛されていたのであれば。
享葉君は、救われる。
「……本当に…愛していたのかは…私にも…わかりません。」
「でも、あの子が…私にとって…」
「かけがえのない何かだった、ということは…自信を持って言えます。あの子には、死んで…ほしくなかった…」
傷だらけの心をむき出しにしながら。
涙を流しながら。
紅葉さんは想いを吐き出す。
「…そうですか。分かりました。本日は辛い話をしていただいてすみませんでした。私達は、享葉君のところに行きます。そして、ありのままのあなたを伝えます。お邪魔しました。」
「…お邪魔しました。」
桜庭の後を追い、俺も家を出た。
「…享葉君のところに行くか。」
全てを聞き出し、享葉君への愛があったかもしれないということも確認できた。
後は本人に伝えるだけだ。
「ふふっ、その必要は無いよ。」
「……え?」
「ねー、享葉君。」
桜庭がそう言った途端、目の前に享葉君が現れた。
「うおっ!?どういうことだ!?」
「もー、驚きすぎ!幻影は御使いの目からも姿を隠すことが出来るの。享葉君は、ずーっと今の話を聞いてたんだよ。」
「ごめんなさい、驚かせちゃったみたいですね。」
「そ、そうか。…で、どうなんだ?享葉君。本当に、愛が偽りだったと思うか?」
「いいえ。あの人が、少しでも僕のことを大切に思ってくれていたというだけで、十分幸せです。僕はもう、この世を去ります。あなたにもご迷惑をおかけしました。」
「いいんだよ!小さい内には迷惑をかけるのは当たり前なんだから。全力で周りを頼りなさい!」
「そうだ。迷惑はかけるものだ。それをかけたところで負い目を感じる必要は無い。」
「…ほ、本当に、あ、ありがとうござ、ざいます。感謝し、してもしきれません。」
涙ぐみながらも、その顔は微笑みを浮かべていた。
「そういえば、『形見』って何なの?」
「ああ、それは僕の家の玄関に立って、庭の塀の左手前角にある物のことです。その、時間があったら見てみてほしいな、なんて…いえ、何でもないです。じゃあ、お二人とも、これでさようならです。」
そう言って歩き出した享葉君は、光の中に消えて行った。
魂が一つ、あの世へと旅立った。
「…終わったね。」
「ああ。」
こうして、桜庭と俺は初めて使命を達成した。
次の日。
和宮家の塀の角を見てみると、二輪のセンニチコウが、寄り添い合うように咲いていた。
まるで、親子の様に。
俺達がこの花の花言葉が「永遠の愛」だと知ったのは、少し後のことだ。
キミの幻影 yuiki @yuiki0834
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