第16話 子供達

 月子が入り浸るものだから、克輝も否応なしに龍と過ごす時間が増えていった。


 一座が村に滞在するのは、一ヶ月と少しだ。祭り自体は三日で終わり、前後二日は準備や片付けに費やすのだが、祭りの余韻がすっかり抜けきってからも一座が残る理由は、座長の個人的な事情からだった。悟がこの村に縁があるからである。滞在中に先祖の墓所の手入れやら、遠い親戚筋の家々に挨拶まわりをしているそうだ。

 

 そんなわけで、座長の親類とは無関係の芸人たちは、時間を持て余すこととなる。村の野良仕事を手伝ったり、子どもたちと遊んでやって時間を潰す。

 月子はこの時を待ってましたとばかりに、学校に通う時間以外の殆どすべてを、龍と緋奈と過ごすために充てたのだった。



***



「今日もアイツと遊ぶのか?」


 並んで帰路を歩きながら、克輝は問いかけた。


「かっちゃんもでしょ?」


 毎日同じ問答をしているなぁと、月子は思った。


「もしかして、まだ怖いの?」

「そうじゃない」


 むっとした幼馴染の顔を見ても、月子は気にしなかった。


「龍のやつ、張り合いがないんだよ。相撲も弱いし、木登りも下手だし」

「力勝負は苦手なんだよ。仕方ないじゃない。でもね、泳ぐのは上手でしょ」

「……とんでもなく速いよな」


 月子の仲介によって、克輝を含む近所の子どもたちは龍を遊び仲間に加えていた。最初こそ奇異な外見に皆目を見張ったが、遊びに夢中になるにつれて警戒心は解けていったのだろう。丸一日遊び通した後には、「龍」と名を呼ぶことに躊躇いのある者はいなかった。


「まるで魚みたいな泳ぎ方だった。脚で水を漕ぐんじゃないんだよな。全身をうねらせてた」


 K川で泳ぐのには、まだ季節は早い。

村の子どもたちが川へ潜るようになるのは、もっと暑くなってからなのだが、龍は迷わず桟橋から水の中へ飛び込んだ。

 数分の後には、手製の釣り竿を握った子どもたちが驚く眼の前に、龍は両手に捕まえた魚を携えて上がってきたのだった。


『ここの水は塩辛いんだね。海の魚も泳いでる』


 何気なく感想を口にしながら、彼は身体を拭いていた。ふんどししか身に着けていなかった身体には、淡い空色や菜の花色の鱗が露わになっていたのだが、子どもたちは誰もからかうことはなかった。

 克輝は自分もそうだったから分かるのだが、その場に月子がいたことと、その鱗の優しく、美しい色彩に絆されたような気分だったのだ。


「怖くなんかないよ。あいつの鱗、きれいだよな」

「そうだよね!」


 月子が嬉しそうに笑った。


「きっと龍も楽しいんだよ。だってあんなに優しい色をしてたんだから」

「小屋の中で見たのとは、別物みたいだった」

「いつもはあんななんだよ。蛇みたいに見えるのは、見世物にしているときだけ」


 月子の言葉に、克輝は返さなかった。「やっぱり化け物だよな」なんて言おうものなら、当分口をきいてもらえないだろう。


「今日は魚捕りじゃなくてさ、竹とんぼでも作りたいな」

「いいね! かっちゃんが作るの、よく飛ぶよね。私の分も作ってよ」


 家が近づいてきた。小学校から二人の家がある集落までは、田畑が広がっているだけだ。地面から大きく出っ張ったものは、電柱と刈り取った稲を干すためのハザ木しかない。

見通しが良いので、校門を出てしまえば二人の集落もよく見える。


「早く帰ろう」


 足早になりながら、月子は克輝の袖を引いた。

 こんな風に笑うと、普段は表情の乏しい月子でも、年相応の少女にしか見えなかった。


――もっとこんな顔をすればいいのにな


 袖をつまむ月子の手を握り直しながら、克輝は速度を上げて彼女の隣に並び直した。

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