第9話 見世物

「私たちの父さんは、海の生まれでね」


 緋奈の話し出しは自然だった。月子が首を傾げる隙もない。


「海の底の、そのまた底にも行けるのよ。だからどんなに長い時間水に潜っていても、溺れることがないの」


 龍は月子の腕を引いて、自分の隣に腰を下ろすように促した。


「父は生粋の海底人だから、どれだけ潜ってても平気。でも私と龍は、半分は地上人の母からもらった身体だから、ずっと息が続くわけじゃないわ。それでも普通の人よりは、長く潜っていられるのよ」

「一時間は余裕じゃないかな。僕はまだ身体が小さいから、緋奈のほうが長く息が続くけど、そのうち男の僕の方が長く潜っていられるようになるんだ」

「あら、張り合っちゃって。月ちゃんがいるからかしら」

「本当のことだよ。あと三年もすれば」

「まあ、そういうことにしときましょ」

「えっと……」


 笑い合う姉弟の声を聞きながら、月子は話の内容を整理しようと必死だった。


「海底人って……私、初めて聞いたんだけど」


 二人が当然のごとく『海底人』という単語を使うので、自分だけ常識から外れた人間のように思えてくる。

しかし確かに学校でもお寺でも、海底人について習ったことなど、なかったはずだ。


「そりゃ、普通は知らないよ。滅多に地上にはやってこないから。だから僕と緋奈みたいなのが、珍しがられるんだ」


 龍は月子に顔を近づけた。

灰青の中に、赤い輝きが光った。角度を変えると、その光は黄色味を帯びてきて橙色へと変化していく。


「この目――月ちゃんは綺麗って言ったけど、普通は皆怖がるんだよ。鬼みたいだって」

「明るい場所では、赤っぽく見えるからね」


 緋奈が添えた一言は、どこか寂しそうに聞こえた。


「私達が見世物にするのは、水を張ったタライに顔をつけたままでいる息止め芸と、父親譲りのこの瞳。それから――」


 正座から脚を崩した緋奈は、そのまま月子の方へ脚を伸ばした。そしておもむろに、踝までを隠していた長いスカートの袂を、ぐいっと持ち上げたのだ。


「緋奈ちゃん?」


 何をしているんですか、と驚きの声を上げようとした月子は、すぐに二の句が継げなくなった。開けた口を閉じないまま、はっと短く息を吸っていた。


 月子の目が映していたのは、二本の白い脚に点々と生える、魚の鱗だった。


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