第10話 色彩の波
付け根から踝までの脚の表面、全てに生えているわけではなさそうだ。まばらに、しかし生えている部分にはある程度まとまって並んでいるので、一見してそれが鱗であることが理解できる。
部屋に差し込む陽の光に照らされて、きらきらと輝きを放っていた。
月子がよく目にする青魚の鱗よりも一枚の大きさは大きく、色は様々だ。
――朱、紺、橙、藤色、空色、黒
「あ、透明もある」
呟いた月子に、緋奈がクスリと笑った。
「触ってみなさいな」
いいの? と確認することもなく、月子の手は白い脚へと伸びていった。
指先が触れた鱗は、少しだけザラザラしている。伝わってくる感覚を正確にとらえたくて、月子は目を瞑った。
「ひんやりしてる……不思議。水を触っているみたい……」
波のない湖の表面に、そっと手のひらを乗せているような感覚だった。触れた場所は濡れていないはずなのに、確かな水の感触を伝えてくる。
ふと柔らかく温かなものに触れて、月子は瞼を上げた。
「そこには鱗は生えてないわ。ふふっ。くすぐったい」
鱗のすぐ隣には、白い皮膚があった。同時に触ると体温と冷たさを感じて、月子は不思議な心地よさを覚えたのだった。
「すごい。きれいで、きもちいい……」
再び目を閉じて触れる。
腕から吸い込まれそうだ。水の中へと。
「月ちゃん」
肩をトントンと叩かれた。龍の声だ。
「僕のも見る?」
声の方を向くと、着物の剣先をずらしている龍が目に入った。はだけた彼の肩から背中にかけて、色とりどりの鱗が生えていた。
「わあ……きれい!」
龍の鱗は、姉のものよりも色が濃かった。正に極彩色だ。いつか晴子と一緒に眺めた少女雑誌に、こんな色あいの南国の鳥の絵を見たことがあったと、月子は思い出していた。
普段目にするこれだけの色彩の波は、夕焼け空と朝焼けの空だけだろう。
小さな部屋の片隅に、この世のすべての色が集まってきたように感じた。
「全身に生えてるの?」
龍の肩甲骨の近くに生えた、真紅の一枚に触れながら訊ねる。
「私は脚と、背中に少しだけ。龍は肩に沢山生えてるけど、脚にはそんなに生えてないわね。これから生えてくるのかもしれないけど」
「増えていくの?」
「さあ。どうだろう。抜け落ちてずっと次が生えてこない箇所もあるけど、ある日突然今まで生えていなかった場所から出てくることもあるの」
「色も変わるんだよ」
驚く月子に、龍は着物の袂をめくって見せる。右膝の真ん中に生える黄金色の一枚を、指で示した。
「さっきまでここ、新芽みたいな萌葱色だったんだ」
「へえ」
触ることに、ますます躊躇はなくなっていく。月子はその鱗に指先でなぞるように触れた。同時に龍が、「ふはは!」と身を捩って笑い始めた。
「あ、ごめん」
「ははっ、膝って、こんなにくすぐったいんだなぁ。知らなかった」
彼が大きく身体を揺らしたからか、それとも鱗が自発的に発光したのかは分からない。しかし月子は、ほんの一瞬だけ彼の身体に生えた鱗が、一斉に輝いたように見えたのだった。
***
「触らせてくれて、ありがとう」
「満足した? またいつでも見せてあげる。月ちゃんには特別」
龍の言葉に笑いながら、緋奈はスカートをもとに戻した。
「こんなに素直に綺麗綺麗って言われるの、気分良いのね。知らなかったわ」
「ごめんなさい、随分図々しくなっちゃった……。夢中になると周りが目に入らなくなるんだ。家族からよく叱られるの」
「あら、いいじゃない」
緋奈は月子の頭を撫でた。
「一座の人がこの村での滞在が楽しいって言うの、納得した。月ちゃん、あなたがお世話してくれるからなのね」
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