第8話 姉と弟
「あ、月ちゃん」
月子が離れの一室の襖を開けると、そこに龍の姿があった。彼は戸口に立つ人物が月子と分かると、途端に砕けた表情で駆け寄ってきた。嬉しげに弾む彼の声に、意外そうな顔をしたのは、側に正座していた人物だった。
「ごめんなさい。誰かいるとは思ってなくて」
声掛けもなく唐突に襖を開けたことを謝りながら、月子はその人の姿を見た。
そして思わず、わぁと小さく息を漏らした。感嘆したのだ。
――きれいな人
長い黒髪を緩くひとつ結びにした、一人の娘だった。身につけた白ブラウスよりも眩しく見える、透明感のある肌。その上に均衡のとれた大きな瞳が並んでいる。
年の頃は晴子と同じくらいだろうと思わせたが、状況と顔立ちから察するに、彼女が龍の姉なのだろう――その瞳は、龍と同じ灰青色だった。
「
桜色に色づく頬から、本当に春の香りが漂ってくるのではないかとうっとりしながら、月子が訊ねた。
「ええ。あなたが月ちゃんね」
返事を返しながら、緋奈はふふ、と可笑しそうな笑みを漏らした。
「たった今、龍があなたのことを話していたのよ。座長さんからも話は聞いていたの。W村には、面白いお嬢さんがいるよって」
「面白いお嬢さんかぁ」
否定はできない。月子は悟がそんなふうに自分を紹介していたのかと想像して、思わず吹き出してしまった。
「龍の言う通り、とても可愛らしい子だわ」
「ええっ?」
可愛いなどと言われることはないので、月子は思わず大きな声を出していた。
「龍、お姉さんに一体どんなふうに話したの?」
「どうって、僕のことを全く怖がらない不思議な子だって。そんな子供、見たことなかったから、すごくびっくりしたんだよ。おまけにとても可愛い子なんだよって」
「まぁ。顔が真っ赤」
月子の表情の変化に、緋奈が大きく笑い出した。
「月ちゃん、どうしたの?」
「て、照れてるのっ」
どうしてこんなことを自分で説明したんだろうと月子は思った。照れていると自覚した途端、顔の火照りは引くどころか増していく。
「可愛いなんて、言われることないから……」
「そうなの? こんなに可愛いのにね。ねぇ緋奈」
追い打ちをかける龍の言葉に、月子は堪らずに視線を下に下げた。くつくつと笑う、まるで鈴のような緋奈の声が続いた。
「龍はね、とっても素直な良い子なの。仲良くしてあげてね? それと、私のことは緋奈ちゃんでいいよ。真紀さんや他の芸人さんのことも、そんな風に呼んでいたでしょ?」
「はい……」
きちんと返事は返して、月子はすうっと一回だけ静かに深呼吸する。
ちょっとだけ気持ちが落ち着いたので、話題を変えようと口を開いた。
「二人は小屋で、どんな芸を見せるんですか?」
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