第7話 座長

 月子の家の離れに、一座のかりそめの住まいが整った。今回の巡業でこの村にやってきた芸人達は、龍と彼の姉の他は、皆月子にとって顔なじみの者だ。


「やあ、月ちゃん」


 座長のさとるは線の細い優男で、月子の母が言うには『何十年も前から見た目に変化がない』という、どこか掴みどころのない不思議な人物だった。


「悟さん。さっき、龍に会いました」

「おや。もう友達になってくれたのかな」


 月子の口ぶりから察した悟は、嬉しそうに笑った。


「さすが月ちゃんだ」

「一座に入ったのは、ちょうど去年の秋祭りの後だったって聞きました」


 先程の初対面の後、月子と龍は縁側に並んで腰を降ろし、しばらく談笑したのだった。殆ど月子が喋り通しただけで、その内容はこの村のことや月子の家族の話で終わってしまったが、龍も彼が一座に入るに至った経緯を、簡単に説明してくれたのだ。


「そう。龍と彼のお姉さん、緋奈ひながいた村はね、このW村と同じく海に面しているんだよ。去年のここの秋祭りが終わった後、僕たちは海沿いに西の方へ移動した。そこであの子らのお母さんと出会ったんだ」


 空になった荷車を移動し終えた悟は、月子を手招きした。彼女を荷台に乗せてやる。話を続けるつもりらしい。


「姉弟のお母さんは病気でね。元々身体は丈夫ではなかったそうだ。それでも二人の子供を育てるために、毎日休み無く働き続けてきた。無理がたたったんだろうな。僕らがその村で営業している間に、息を引き取ってしまった」


 神妙な顔つきで、月子は座長の話に耳を傾けていた。


「母親から託されたんだよ。一座で二人の子供を面倒みてくれないかって。村に残しておくのは、心もとないからってね」

「お父さんは?」

 

 悟の話にも、先程聞いた龍の話にも、姉弟の父親は登場しなかった。月子は何となく察しがついていたが、念のため訊いてみる。


「龍が生まれてからしばらくは、村にいたらしいけど。行方が分からないみたいだ。蒸発しちゃったのかなぁ。まぁ、珍しい話でもないよ。あ、子供に聞かせることではなかったかな。すまないね」

「ううん。平気」


 死んだか家族を捨てたか、どちらかだろうと月子は考えていた。予想通りだ。


「龍のお母さんは、土地の人?」

「そうだよ。ただ、親戚とは折り合いが悪かったようだ。亡くなって葬儀が済むと、皆清々したって態度だったから。あれは確かに、子供を残して行きたくないって気持ちにはなるな」

「じゃあ、お父さんが外国の人なの?」


 月子の脳裏に、灰青に黄赤の光が宿る、美しい瞳が蘇った。


「うーん……」


 悟は顎に手を沿えて、考え込む表情を作っている。


「そうだなあ。そんなところだろうね。あの子達の目の色は、お父さん譲りなんだろう。僕も異人さんにはあまりお目にかかったことはないから、よく分からないけれど。ただ……」


 月子を覗き込むようにして、悟は僅かに声を潜めた。周りには人の姿はなく、離れから芸人達の声が聞こえてくるだけだった。


「あの子らのお母さんは、こんな風に言っていた。『この子たちの父親は、海から来た。それはそれは美しい、海底人なんですよ。ちょっと用事があって、今は海に出かけているけれど。いつか帰ってくるはずなの。それまで、子供達を預かってくれませんか』ってね」


 目を丸める少女に、悟はいたずらそうに笑った。

 月子のことは、彼女が母親の腹にいたころから知っている。こんな風に彼女に驚き顔を作らせる人物は、おそらくとても少ないだろう。短い滞在期間中に村々の人間関係や大体の空気を掴むことに、見世物小屋の座長は長けていた。


「龍がどんな芸を見せるのか、もう聞いたかい? まだなら教えてもらいな。大丈夫。きっと月ちゃんになら、嫌な顔はしないと思うよ」

「でも」

「あの子の良いお友達になってやってね」


 月子の手をとって、荷台から降りるのを手伝ってやった。悟は少女の頭を軽く撫で、離れにむかって小さな背中をぽん、と一押しした。


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