異世界舞台少女

@oden_tarou

開演

眩しい。

太陽の光が、白い砂に反射している。

それに反して、私の足元は色濃く翳っていた。

遠くに、白い灯台らしきものが見える。

周りの景色に夢中になっていて、気が付くと私は、金色の長髪で青眼の、およそ日本人とは思えない外国人と相対していた。

その女性はバスローブのようなものを纏っているらしく、細身かつ高身長なのも相まって、宗教画の女神のような神秘的な美しさがある。


「それじゃ、あなたの名前を教えてくれるかしら。

そちらの世界の国の言語に倣うのなら、

『自己紹介』というやつね」


視線に気付くと、彼女は私に平然と話しかけてくる。


「...え?」


いきなりそんなことを言われたので面食らってしまった。

突然過ぎてまったく思考が追いつかない。

そもそも貴方は誰?自己紹介?ここはどこ?そちらの世界って何?


自分の頭がおかしくなっていないことを再確認するためと、目の前の異国風の外国人に説明するため、脳内で自分の情報を反芻する。

私の名前は、藤原紬ふじわらつむぎ

16歳の高校2年生。趣味はときたま読書をすることだろうか。

大人ほど達観しておらず、かといって子供ほど純粋なわけでもない。

勉強も運動もそこそこで、将来のことだってあまり深く考えたことはない。

きっと、このままなんとなく大学に行って、なんとなく社会に出て、ちっちゃい頃夢想してた夢なんて忘れた振りをして────


「ぁ、すいません。いきなりのことで、気が動転してて」

「ふぅん、そういえばそうね。まあ"初めて"は誰でもそんなものよ」


初めて...?別に自己紹介が初めてな訳では無いけれど...

ともかく、会話に沈黙を作りすぎないよう、なんとか言葉を捻り出す。

私は、困惑と同時に、ああ、またやってしまった、とも感じていた。

誰かから質問を求められると、なるべく正確に説明しようと考えすぎてしまう悪癖だ。

そのせいで、友達だってそんなに多くない。


「...まあ、じきにまた会うしその時でもいっか。とりあえず、早く起きた方がいいわよ」


事を急いているのか、外国人は遠くの灯台をちらちらと見ながらそう言う。


「...えと、まずここはどこ─────」


頭が冴えていく。先程までの記憶も、段々朧気になっていく。


「───ぅ、あ」

また床で寝てしまっていた。

...さっきのは、夢?

それにしては随分と理路整然とした夢だった気もするし、なんだかあの女性とは初めて会った気がしない。


寝ぼけた頭で机の上の時計を見ると、長針は7を指していて、短針は30を指していた。


(まずいまずいまずいまずい遅刻だ!!!

ただでさえ新学年で新しいクラスに馴染めてないのに、学校に行かなかったら私の存在なそクラスの皆に忘れ去られてしまう!!)


数秒前の思考も、見ていた夢の内容も全て消し飛んだ。そそくさと制服に着替え、朝食も食べず、テレビも付けっぱなしで私は学校へと向かった。


──灯台らしきもの、もとい

『異世界転生市役所』にて


「ガブリエル!新垣紬さんは!!まだ来ないんですか!?もう予定の時刻を20分4秒コンマ6も過ぎていますよ!?」

「たはは、ウリエルは相変わらず細かいなあ...。さっき会ってきたけど、"転生が初めて"ってこともあって気が動転してるみたい。あ、もうそろそろじゃないかな」


デスクの上にある山のような書類を挟んで、先刻の外国人、ガブリエル──正確に言えば人では無いのだが──ともう1人、銀髪で小柄な少女らしき人物、ウリエルが話し合いをしている。


──ところは変わり、藤原家


「ただいま!あー、やっと夜勤終わった...って、紬はこの時間学校よね」


紬の母、藤原紗栄子ふじわらさえこが帰宅し、紬が切り忘れたであろうテレビの電源を切ろうとするが、


『緊急ニュースです。先ほど富山県魚津市で、高校生と見られる少女が心肺停止状態で発見されました。死因は今のところ不明で、警察は調査を───』


「.....え?嘘、でしょ?」


中継で映し出されたその道は、見間違えようがなかった。紬が小さかった頃、よく一緒に散歩をした道。紬の夕飯の材料を買うために、幾度となく通った道。


道路沿いに、彼女は死んでいた。

生きているように死んでいるような、

死んでいるように生きているような。

倒れている彼女を発見した周囲の人の焦りようとは対照的に、彼女の表情は柔らかで、絶望や不安など微塵も感じられなかった。



どうやら、舞台の帳は上がったらしい。


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