霧の果て

Heater

第1話 深傷

 早く知らせにいかなければ、この土地が襲われていると。


 母に頼まれて少し離れた祖母の住む家へ向かう。

 川の音が聞こえる森の中、なら良かった。

 私はあるきなれた住宅街の中を歩いている。法定速度は30km、きちんと

 歩道と車道を分ける白線が引かれている。

 ほこりっぽい町なかだ。

 祖母の家と言っても習字教室を営んでいるので、

 赤ずきんちゃんのようなうら寂しい場所へいくという感じはまったくない。

 祖母は私達よりずっとバイタリティのある人で、休みの日なんていらないという感じ。

 毎日何かしらのお稽古や副業に勤しんでいる。

 そんな元気な人の元へ頼まれるお使いとは、悲しいかな血の提供だ。


 血の提供。

 輸血ではない。祖母は吸血鬼なのだ。

 わたしという若い娘の生き血を文字通り啜り飲むことで、あのバイタリティを保っている。

 私としても血の提供の次の日は一日学業を休めるのでありがたい。


 私は学校は好きだが、学業は嫌いだ。

 学業の好きな人なんていないんじゃないだろうか、と思う。

 私は若い友達に会える学校が好きだ。


 もちろん私も吸血鬼だ。祖母に噛まれたら皆そうなる。


 祖母の家が見えてきたが、なんだか明らかに屋根が壊れている。瓦がくだけて、中の木も折れて、多分家の中に隕石が入ったのかもしれない。

 隕石が当たったら吸血鬼だって無傷では済まない。

 私は駆け込んで祖母を呼んだ。

「おばあちゃん、屋根が壊れているけど、大丈夫ー!?」

 返事はなく、玄関を上がっていくと果たして死体があった。

 祖母が気に入って着ている青緑色のチュニックが目に入った。黒ずんだ染みが斑についている。

 一瞬物音が聞こえた気がした。祖母が息を吹き返してくれたのかと思ったが、祖母は動かない。

 チュニックの染みと同じ色で、白髪が黒く濡れていた。血だ。

 脳天に隕石が刺さってしまったのだ。

 深傷からは血が迸っていたのだろうが、今はもう。

 気がつくと床は黒ずんだ血糊でベタベタしている。

 とにかく母と、救急車の手配をしないと…。


 決然と立ち上がった。

 瓦の割れるひどい音。耳がキンキンして不愉快だ。背後を振り向くと、また何か落ちてきたようだった。

 隕石が同じ場所に二回も落ちるなんてこと、あるの?

 ひょっとして、さっき祖母の呼吸だと勘違いした音は?


 居間にしている6畳間の北に台所がある。台所とは扉で隔てられている。

 扉は開いているが、壁と扉の間になにかが在るせいで開ききっていない。

 ああ、あれは人殺しなんだ。

 おばあちゃんはもう、助からない。

 だったら私が逃げ延びないと。そして、早く知らせにいかなければ、この土地が襲われていると。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

霧の果て Heater @heataeh

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ