最終話 好き

 俺たちは雑貨屋で買い物を終えると、展望台で景色を見るため、塔の下にある入口までやってきた。


 それにしても銀髪の奴、どうして最初は展望台へ行くことを拒否したのだろう……あと、なにか言っていたな。


 えーと……なんだっけ?


集塵しゅじん、時間だ」


「そう! それ! 時間だ! って、なんの時間だよ。まだ展望台への受付も余裕で間に合うだろ」


「そうじゃないよ。お別れだ」


「へ? お別れ? なんの?」


 銀髪の奴、突然なにを言い出して……冗談? うーん、お別れというワードで想像出来ること……駄目だ思いつかない。


 まさか冗談とかではなくて、本当の意味でお別れ? 星に帰る、という意味じゃないよな。


「そうだよ。わたしは今日ここで帰らないといけないの」


 銀髪、また俺の心を読んで……って、今はそんなことを考えている場合じゃない。


「ちょっとまて、突然そんなこと言われても意味わからねーし、大体お前は、あのコインランドリーの乾燥機からじゃないと帰れないはずだろ」


 彼女は首を左右に振ると、真っ直ぐ青い瞳を俺に向ける。


 滅多に見せることのない真剣な表情だ……。


「あの乾燥機の位置に存在していたワープポイントは昨日で消滅したんだよ。そして今、新たに出現したポイントはあそこ」


 彼女は細い指先を上空に向けると東京ソラの塔のてっぺんに設置されているアンテナを差す。


 たしかにこの星に来るためのワープポイントが移動するという話は以前、聞いた記憶はある……が、いくらなんでもあの高さの場所に登るなんて、どう考えても無茶だろ……。


 いや、まて……銀髪には不可能を可能にすることが出来る特殊なタイツがある。


 それを使えば……。


「集塵。もう時間がない……行かないと」


 クソッ! 急だな!


「本当に行ってしまうのか? なんでだよ……このことカタちゃんにだって、まだ話していないんじゃないのか? なにも今、戻らなくたっていいじゃねーか」


「あのね、わたしが集塵のところへ帰ってきたのは、あなたの身体をもとの姿に戻すためだったんだよ。いつまでも全身タイツ姿のままでいさせるわけにもいかなかったし……」


 三年前のあの日、瀕死の銀髪を治療するため、科学者であるモウツαと二人でワープポイントの乾燥機から彼女を故郷の星へと送ったんだ。


 そして、一年後……再び銀髪は戻ってきた。


 てっきりもう一度、俺との生活をするために戻ってきてくれたのだとばかり思っていたが……。


「俺はあのタイツを身につけていないと駄目な身体になっても後悔はなかったし、不便に感じたことも無かったんだぜ」


「集塵……」


「それにな、お前が帰ってきてくれたのなら、あのタイツのままだって構わなかったんだ」


「集塵……最初は、ね……あなたの身体をタイツから解放してすぐに帰るつもりだったんだよ。でも……」


「でも? でもなんだよ」


「ごめん、もうこれ以上はとどまれない。急がないとポイントが消えてしまう」


 銀髪はタイツの腰に両手を添えると、彼女の身体は発光してみるみるうちに小さくなっていった。


 その小さくなった姿は、まるでヤモリそのものだ。


 瞬間――それは物凄い勢いで塔を駆け上がり、あっという間に目視が出来なくなってしまう。


「まってくれ! 銀髪っ!」


 俺は彼女の姿を追うためにスマホのレンズを塔へと向けてズームしてみる――が、移動が速すぎるのに加え、身体のサイズが小さすぎるのもあり、銀髪ヤモリを画面にとらえることは出来なかった。


 ――集塵。


『集塵、聞こえてる?』


「⁉︎」


 俺の頭に直接、銀髪の声がっ!


 恐らくタイツの力を使って……。


『集塵、突然こんな形でお別れになってごめん。でも、わたしもタイツのメンテナンスが必要なの……そうじゃないと、わたし、消えちゃうから』


 そうか……まだ、銀髪はタイツを失うわけにはいかない身体のままなんだ。


 それなら、また戻ってこれるよな?


『それは……集塵……ポイントは今回で最後の発生だ。つぎは何年、何百年先になるかわからないの』


 なっ! そんな……。


『でも、淋しくないよ。わたしには集塵がプレゼントしてくれた指輪があるから……これをつけていたらいつも集塵をそばに感じられると思う』


 銀髪……お前……。


『本当に嬉しかったよ。ありがとう集塵……大好きだよ』


「銀髪っ!」


 銀髪の声が届かなくなったその瞬間、塔の上に青い稲妻のようなものが落ちた。


「銀髪……おい! 聞こえるかっ! 銀髪っ! 俺はまだっ!」


 ――銀髪……。


    ◇


 その後、何度も彼女の名前を呼び続けたが返事は無かった。


 こんなにもあっけなくサヨナラをすることになるなんて……急にデートとか言い出すし、様子がおかしいとは思ったんだが……。



 銀髪との突然の別れ……その後、俺は一人で自宅マンションへと戻る。


 帰りの電車の中で銀髪のことを考えていると、人前だというのに涙が溢れて止まらなかった。


 だけど、そのときの俺はそれを恥ずかしいだなんて思う余裕はなかったんだ。 


 周りの乗客はさぞかし気持ち悪い男だと思っていただろう……でも仕方ないじゃねーか……もう会えないと思ったら……俺は……。


 悲しいものは悲しいんだ……。


 ――さん。


集塵しゅじんさん。戻ってきてからずっと黙ったままですけど、どうしたんですか? 銀髪ちゃんは?」


 カタちゃんがさっきから俺のことを気にかけていることは気がついていた。


 いたけれど、言葉が出てこない。でも、ちゃんと話さないとな……。


「カタちゃん……実は……」


 俺はカタちゃんに今日のことを全て話した。



「話はわかりました。つまり銀髪ちゃんが実家へ帰ってしまって集塵さんは淋しくて落ち込んでいる。ということですね」


「そんなサラっと言わなくても……」


「集塵さんは、普段、銀髪ちゃんのことをなんとも思っていないようなのに、本当は好きで好きでたまらないんですね」


「いや、その……なんだ、付き合いも長いしな」


 俺の反応を見てカタちゃんは深くため息をついた。


「集塵さん……私は集塵さんのことが好きです。銀髪ちゃんが三年前にいなくなってから、あなたと過ごす時間の中で、惹かれてしまいました」


「カタちゃん……」


「でも……今の集塵さんには私の想いは届かないと思います……だから、銀髪ちゃんが戻ってくる日まで、私の想いは封印します」


「いや、その、銀髪はもう戻っては……」


「集塵さん!」


「は、はい……」


「銀髪ちゃんは戻ってきます! 大丈夫です! それに……戻ってきてもらわないと困りますから……私だけ集塵さんの返事を貰うわけにはいかないですしね……抜け駆けなんてできないです。エヘヘ」


 カタちゃんはそう言うと黙って自室へと入ってしまった。


 カタちゃん……そう、そうだよな、銀髪は言っていた。何年、何百年と……可能性はゼロではない。


 俺は待っているぞ、銀髪……。


「あーっ! 私のピンクのスカートがない! あれ、お気に入りなのにー!」


 突然カタちゃんの部屋から大きな声がしてきた。それはどこか悲しげにも聞こえる。


 ――銀髪、カタちゃんが怒っているぜ。スカート返しにこないとな……お前は返すって言ったんだから……。



おしまい。



 カタちゃんと銀髪ちゃんを最後まで読んでいただきありがとうございました。

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カタちゃんと銀髪ちゃん 〜心を読める銀髪少女と女子高生との共同生活!? 俺の恋はどうなるのか? かねさわ巧 @kanesawa-t

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