【現実 三『カンザキスバルの日記(一部抜粋)』】

「二〇〇二年二月■日

 お母さんがけがをしていました。うでと足に黄色くなったあざができてました。ぶつけたの? と聞いたら、ねているときにぶつけちゃったみたい、とわらってました。早くなおるように、しっぷをはってあげました。お母さんはないていました。」


「二〇〇二年五月■日

 きょうはかなしいことがたくさんありました。こわくて、つらくて、なみだが止まらなかったです。でも、ずっといっしょにいるポン(大きくてやさしい犬です)がなぐさめてくれました。ポンのおかげで、また明日もがんばろう、とおもいました。」


「二〇〇二年七月■日

 お父さんにおこられました。大きな声でおこられて、とてもこわかったです。でも、お母さんのほうがもっとこわくおこられているので、ぼくはがまんできます。おこられたりゆうは、おもちゃのおかたづけをわすれてしまったからです。おもちゃはぜんぶすてられました。かなしかったけど、ぼくがわるいので、しょうがないとおもいました。」


「二〇〇二年十月■日

 ねこをかうことになりました。あたたかくて、やわらかくて、だっこするととてもやさしい気もちになりました。白いねこだったので、なまえはシロにしました。お母さんがわらっていたので、ぼくはうれしくなりました。」


「二〇〇二年十二月■日

 シロがいなくなりました。お母さんとポンと友だちみんなといっしょにさがしました。どこにもいませんでした。」


「二〇〇二年十二月■日

 シロ」


「二〇〇二年十二月■日

 シロ、お父さんがすてた。どこかわからない。ねこをかうなって言われた。なんで? お父さんだっていいよって言ったのに。わがままいうならポンをすてるって。なんで。どうして。いいこにしてたのに。どうして?」


「二〇〇二年十二月■日

 シロは見つからなかった。友だちはおこってた。」


「二〇〇二年十二月■日

 ぼくと友だちで、シロのおはかを作りました。ポンもかなしそうでした。天国へ行けるように、ずっと手を合わせました。」


「二〇〇■年十月■日

 シロを生き返らせる方法を見つけました。」


「二〇〇■年十二月■日

 見た目は違うけど、シロが生き返った! 僕は嬉しくて、シロを抱きしめました。ポンもとっても嬉しそうだ! だけど、友だち……むつらは、僕のことを怒りました。何でだろうな? シロが戻って来たのに。変なやつ……。」


(中略)


「二〇■■年■月■日

 あいつがまた母さんを怒鳴って殴っている。俺が止めると、もっと暴れ出す。家は滅茶苦茶だ。母さんはいつも泣いている。俺は何も出来ない。何も。」


「二〇■■年■月■日

 洗濯物を入れなかったから、殴られた。自分は一度も入れたことなんてないくせに。むかつくむかつくむかつく。目の前がカッと赤くなって、あいつを殴り返した。地べたに情けなく尻餅をついて、呆然と俺を見てるのが可笑しかった。だからもっと殴った。そうしたら、母さんが泣きながら俺を止めた。あいつを庇うようにして、俺の前に飛び出してきた。何で? あいつは母さんにひどいことばかりするのに……。俺のことは庇ってくれないのに……。」


「二〇■■年■月■日

 母さんが俺を見て怯える。俺は母さんにひどいことをしないのに。でも、怖がらせたくないから、家を出る。そうすると、六連が付いてきて、一緒にぶらぶら夜通し歩く。六連は小言が多いし、俺みたいな不良が嫌いなくせに、俺のことを心配してる。変なやつ。でもちょっと、安心する。」


「二〇■■年■月■日

 またあいつが暴れてる。いい加減にしろよ。何がそんなに気に食わないんだよ。」


「二〇一二年■月■日

 うるさい。父親面するな。借金ばっかりして、自分だけ贅沢して、好きなことばっかりして、自分勝手に生きて、俺たちのことなんか虫以下の扱いしかしてないくせに。」


「二〇一二年■月■日

 殺してやろうか。」


「二〇一二年六月■日

 音が聴こえる。不快な音。頭が痛くなる。どこから聴こえてくるんだ? いや、どうでもいいか。それより早くバラけさせないと。

(中略)

 頭と足、胴は隠した。あとは腕だけだ。

(中略)

 眼が。」


(中略)


「二〇一二年三月■日

 どうしようお母さんがしんだころされた あいつがなぐってころしてやる おかあさんうごかないけいさつをよぶ? けいたいない むつられんらく どあ、おと うるさい なにこのおと おときこえる どあ、あく ころされる あいつにころされる しにたくない むつらたすけて しにたく め、が」


(中略)


「二〇一二年七月■日

 燃え盛る炎の中、人を見た。」


「二〇一二年七月■日

 母さんは死んだ。死因は絞殺による窒息死。あいつが母さんを殺したのを見ていたから、正直に俺は警察に話したのに、あいつら、俺を疑ってる。笑える。馬鹿ばっかりだ。」


「二〇一二年七月■日

 アレの死因が不可解だってさ。それはそうだ。母さんは首を絞められて死んだ。アレは頭を殴られた上に、腹を裂かれている。どちらかが相手を殺してるのならば、残りはどうやって死んだと思う? 俺を取り調べてるあの警察官、あいつは俺の話を端から信用してないんだよなあ……。そういえば、六連に炎の中で俺たちを見ていた奴の話をしたが、一笑に伏されて終了した。あいつ普通にムカつくんだよ。とんでもない大バチ当たらねえかなあ。」


「二〇一二年八月■日

 警察からの事情聴取も、今日で一週間になる。同じことを何度も訊かれるから、同じことを何度も伝える。そうすると、怒鳴られる。本当のことを言え、嘘をつくな、大人を騙すんじゃない。馬鹿と間抜けと気狂いしかいないのかよ、この世界は。やってらんねえ。というか、これって違法なんじゃないかなあ。」


「二〇一二年八月■日

 黙秘権を行使。」


「二〇一二年八月■日

 お前が殺したんだろう、って叫んでる。一体何をそんなに盲信して、俺を犯人に仕立てあげたいんだ? それなら早く、証拠持ってこいよ。叫んで恫喝している暇があるならば。」


「二〇一二年八月■日

 漸く解放された。六連と叔父さんが迎えに来てくれた。叔父さんは兎も角、六連はいつも辛気臭い顔してるよな~。叔父さんは「君が無事で本当に良かった」と涙ぐんでたけど、正直そんなことないだろ……。母さん死んじゃったし。そう言ったら、「姉さんは■■■■■■(よく聞き取れなかった。天国みたいなところ?)に行けたから、大丈夫」だってさ。じゃああいつは地獄に堕ちたかな。六連に聞いたら、「地獄? ……さあ?」って言われた。受け答えがむかつくのはともかく、何かピンと来てない顔してるのは面白かった。」


「二〇一二年九月■日

 家……と言っても、焼け落ちてほぼ何にもないけど、取り敢えず土地の管理は叔父さんがやってくれることになった。所有権は母さんが持ってるから、俺が成人したら改めて手続きをしよう、と言ってくれたけど、俺はこの土地には何の未練もないから、とっとと売り払ってほしい。そう言ったら、六連にめちゃくちゃ怒られた。あいつは気にしすぎなんだよ。もう、なるようにしかならねえよ。」


(中略)


「二〇■■年七月■日

 ちまちま書いていた短編小説を投稿したら、イイトコロまで行った。けれど、結局落選。でも、編集の人? が気に入ってくれて、電話でいろいろ話を聞かせてくれた。」


「二〇■■年■月■日

 本を出すことになった。叔父さんは凄く喜んでいた。六連も、ぶつくさ言いつつも祝ってくれた。ペンネーム、何にしようかな。本名のアナグラムとか? 神崎スバル……かんざきすばる……KANZAKISUABRU……。」


「二〇■■年八月■日

 ペンネーム、決めた。六連は「厨二病か?」とかふざけたこと抜かすから、ヘッドロックしかけてやった。ざまあみろ、スカシ野郎! ……それにしても、そんなに変かなあ? 『りんさかくずは』。良いと思うけど。」


「二〇二〇年十二月■日

 夢を見た。生きたまま、炎にくべられる夢。熱くて、苦しくて、痛くて、辛くて、死にたくて仕方なくなった瞬間、俺はあいつを視た。あの日、炎の中で俺を見ていた、あいつを。何だろう、とても懐かしい気持ちになる。俺はあいつを、あいつを視る前から知っている気がする。

 もう一度、あいつを視たい。」


(中略)


「二〇二一年一月■日

 成る程。あいつの正体を理解した。」


(中略)


「二〇二一年五月■日

 器が邪魔だ。どうやって捨てる?」


(中略)


「二〇二二年六月■日

 あの放火魔を利用する。

 そうしたら、もう一度、逢えるだろう。あいつなら、あいつこそ、俺の生涯の夢を叶えてくれる存在だ。きっと、一緒に理想郷を造り出せる。俺たちならば。俺たちだから。

 理想郷か……。六連の家で信じてる神様(宗教とは違うらしい。祖先信仰みたいなものだろうか)がいるところは、『むかうのさと』と呼ぶらしい。俺も行けるだろうか。そのむかうのさととやらに。いや、地獄行きかな。それはそうだろうな。そう言えば、昔、六連に俺たちは地獄行きだなって話をしたら、難しい顔をしながら、「地獄……?」って言ってたのを思い出した。あいつの家の信仰、かなり特殊だから地獄って概念ないのかな。知らんけど。」


(中略)


「二〇一二年十月■日

 和室から音が聴こえる。」


「二〇一四年十月■日

 幻聴だ。もう土に還ってる筈だ。何もない。」


「二〇一四年十一月■日

 音がうるさい。苛々する。気になる。何も手につかない。もうすぐコンクールが近いのに。」


「二〇一四年十一月■日

 油彩の道具をぶちまけた。あの和室のせいだ。絵が駄目になった。」


「二〇一四年十二月■日

 畳を剥がそう。何もないと分かれば安心する筈だ。」


「二〇一四年十二月■日

 眼が合った。ボクより少し年下の男の子だ。高校生ぐらいだろうか? アレを埋めた畳の下で、ボクを見上げて笑っていた。何をしてるの? と訊いたら、「貴方を迎えに来た」だって。何でボクを? ともう一度訊いたら、「俺たちと同じ、鬼だから」と言われた。他にもいろいろ説明を受けたけど、よく分からないから、とりあえず剥がした畳を元に戻した。彼は一体誰なのだろう? 何処に連れていこうとしてるのだろう? というか、何で畳の下に居るんだ?」


「二〇一四年十二月■日

 六連に先日の奇妙な体験の話をしたら、普通に馬鹿にされた。腹立つ奴だな。ただえさえふんわり頭お花畑のくせに、これ以上頭がおかしくなったら面倒見てやらないぞ、だって。あっちこそ、ボクがいなけりゃ生き甲斐の半分を失うくせに! でも、六連しかボクに引導を渡してくれる奴はいないからなあ。一応、念のため、聞いてみたら嫌そうな顔で頷いていた。頼りになる幼馴染みを持って幸せだよ。こいつならきっちり殺してくれるからね。」


「二〇一四年十二月■日

 ずっと考えてたけど、彼に付いていこうかな。どうせこの世に未練はない。油彩は続けられると嬉しいな。六連には悪いけど、別の生き甲斐を見つけてもらおう。それに、あいつだっていつまでもボクの面倒を見てるわけにはいかないからね。明日、もう一度畳を剥がそう。あの子がアレじゃないのなら、もう何でもいいや。」


 ……


 …………


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