第84話 残念勇者は選択を迫られる

『まだ起きてる?』


『うん、起きてるよ。淳司は寝ちゃったけど』


『ちょっとそっち行っていい?』


『うん』


 淳司くんは寝ちゃってるか。

 やはりいきなりチャイムを鳴らさず、スマホで連絡して正解だな。

 自宅を出て、美沙ちゃん達の部屋に向かう。


 俺が部屋の前に立ったタイミングで、鍵が開けられた。

 そっとドアを開くと、寝間着姿の美沙ちゃんが出迎えてくれた。


「ごめんね、こんな格好で」


「いやいや」


 むしろご褒美です、という続きは飲み込み中に入る。

 淳司くんはリビングで寝てしまったらしく、毛布を掛けられていた。


「あ、ここで寝ちゃったんだ」


「そうなの。今日お友達と長い時間遊んで疲れちゃったみたい」


「じゃあ動かすのも可哀想だね、あとで俺が寝室に運ぶよ」


 俺が淳司くんを見ていると、美沙ちゃんに袖をちょこんと摘ままれた。


「忠之くんが来てくれて良かった。私⋯⋯ちょうど聞きたい事があったから」


 彼女はちょっと恥ずかしそうに言って来る。

 なんだろう、俺が女神の言葉で意識し過ぎているのか、いつもより可愛く感じる。


「俺に聞きたい事って⋯⋯何?」


「うん、こっち⋯⋯」


 美沙ちゃんに袖を引っ張られながら、そのまま寝室に──なんて都合が良い事が起こるはずもなく、リビングに併設されたダイニングに二人で向かい合って座った。

 ダイニングテーブルの上には、ノートと参考書が広げられていた。


「ここ聞きたかったの。確か忠之くん得意科目だったよね?」


 淳司くんを起こさないように、彼女は小声で聞いてくる。

 それに合わせて、俺も声を抑えて答えた。


「あ、うん。もう現役から離れてるからあれだけど⋯⋯」


 彼女が示した問題を、俺が解説する。

 美沙ちゃんは「ふんふん」と頷きながら、時折「あ、そっか」「うんうんなるほど」と相槌をうった。

 一通り問題を解き終えてから、美沙ちゃんがあっと気がついたように口を手で抑えた。


「ごめんなさい、飲み物も用意しないで自分の事ばっかり」


「いや、気にしなくていいよ」


 彼女が席を立ち茶の準備をしている中、俺は懐かしさを感じていた。

 高校時代、放課後になって図書室へ向かう前に、よく香苗にからかわれた。


『あー、忠之。また図書室に浮気に行くの?』


『いや、何言ってんの。香苗も来る?』


『ううん、だって私が行った所で、吉野さんと忠之二人の世界に入っちゃうんだもん』


『いや、だって勉強だから』


『それだけじゃないよー。何か二人、趣味の話とかも合うじゃん』


『まあ、好きなラノベとか漫画は似てるけど⋯⋯』


『でしょー? まあ私は心が広いから、多少は多目に見て上げるわ』


『いや、だからそういうんじゃないって』


『ふふ、わかってるって。忠之が私の事好き過ぎるの知ってるから。行ってらっしゃい!』


 まあ今思えば、俺も単に図書室で勉強ってよりは、趣味の話をするのも楽しみにしていた。

 むしろそっちがメインだったのかも。

 

 淳司くんを起こさないようにヒソヒソと話す様子なんで、まさにあの頃の再現だ。


 懐かしい──。


「なんかこの感じ、懐かしいよね」


 まるで俺の心の声が漏れたように、美沙ちゃんが言った。

 俺と自分の前にお茶を置きながら、楽しげに目を細める。

 その様子を見ながら、俺は口に茶を含んだ。


 ──と。


「私ね、好きだったの」


 ぶっ。

 飲んだばかりの茶を、思わず吹き出してしまった!


 えっ!?

 ちょ、ちょ、ちょ!

 み、美沙ちゃん俺の事好きだったの?


 俺の慌てっぷりに気付いた美沙ちゃんは、自分の言葉の威力がもたらしたこちらのリアクションに驚きながら、手をパタパタと振った。


「あ、ご、ごめん! 好きだったたたたって、あの、あの時間のここことだよ? 二人で勉強した、あの時間ね!?」


「あ、あー、うん! なるほど!」


「う、うんうん、そうそう!」


 用意されたティッシュで顔を拭きつつ、テーブルの上を見る。

 俺が吹き出した飛沫が、少しノートの端にかかってしまっていたのを発見し、そちらに手を伸ばす。


 ──と。


 美沙ちゃんも同じタイミングで、ノートに手を伸ばしていた。

 指先が触れ合い、お互い顔を見合わせ、どちらからともなく無言でサッと手を引っ込めた。


「ご、ゴメン、ノート⋯⋯」


「う、ううん、気にしないで⋯⋯」


 ふっ。

 なんだこれ?


 もし、俺がこのやり取りを第三者視点で眺めていたとしたら。


『お前ら、もう付き合っちゃえよ』


 と思っただろう。

 だがもちろん、俺はそんな楽観的な判断はしない。

 何故なら、山口でも丈一郎氏をわからせた時に


『いい人だとは思うけど、俺なんて完全に友人枠で、結婚相手とか、ストレートに言っちゃえば夜のお相手する対象としてなんて、絶対考えられない!』


 的なリアクションされとるからね。

 あぶなかった、あれなかったらヤバかったね、耐えたー!


 いや、耐えとる場合か。

 気持ちをハッキリさせに来たんだろうに。


 美沙ちゃんはお茶を改めて用意してくれつつ、先ほどの話を続けた。


「ウチね、お父さん厳しいでしょう?」


「うん」


「だから、子供の頃から友達選びとかも結構うるさくて。なかなか友達と遊ぶ機会もなくて。それで本や漫画にハマって、そしたら忠之くんも詳しくて。あんなに話が合う人、初めてだったから」


「そっか」


「高校時代、楽しい事ばかりじゃなかったけど。忠之くんと過ごしたあの時間、本当に私の宝物なの」


「うん⋯⋯」



 そうかぁ。

 あの頃は俺も香苗の事しか見えてなかったけど。


 それこそ、マルチ恋愛シミュレーションゲームだったら、美沙ちゃんルートみたいな物もあったのだろうか。


 まあ、香苗と鷹司の浮気は高校時代からだったみたいだし、それわかってたら、とりあえず香苗ルートはないんだけどな。


 いやいかんな、こんな考え方はさすがにゲーム脳過ぎるか?


《ピコン》


 ん?

 スキルレベルアップのお知らせ?


《【死に戻り】を【やり直し】にアップグレードできます、選択可能時間は10分です。》


 脳内アナウンスに続き、9:59、9:58とカウントダウンが始まる。


 【やり直し】⋯⋯だと?


 俺は目の前に座る美沙ちゃんの顔を改めて見る。


「どうしたの?」


 彼女は不思議そうな表情で、こちらを見ていた。




 もしかして俺、この娘と──青春をやり直せるのか?

 


 

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