第85話 残念勇者だけど、それでも

 【やり直し】。

 詳細はわからないが⋯⋯誰しも一度は夢にみた事があるんじゃないのか?


 もし、あの時からやり直せたら。

 もし、あの時別の選択をしていたら。


 俺にだって無いわけじゃない。

 他人から見たら、今の俺はかなり恵まれているかも知れない。

 力もそうだし、とりあえず今後、金の心配は不要だろう。


 それでも。

 今、目の前にいる美沙ちゃんとの関係に、別の今があるのなら。


 9:45⋯⋯9:44⋯⋯。


 クソ。

 このカウントダウンがまた嫌らしい。

 何かの漫画で読んだ事がある。

 人は減る事に、つまり損に耐えられないみたいな内容だった。

 ここで『やり直さない』を選択すれば、何を失うのかがわからない。

 もう二度と、こんなチャンスはないのかも、と思うと迷ってしまう。


 これは美沙ちゃんの事だけじゃない。

 高校時代じゃなく、もっと前に戻れば、香苗や鷹司との関係も変えられるのかも知れない。


 裏切った二人を、今さら許せるかどうかもわからないが、何か俺に原因があるなら⋯⋯。


「どうしたの?」


「あ、いや⋯⋯ちょっと変な事聞くけど」


「何?」


「もし、高校時代、その、俺が例えば⋯⋯」


 美沙ちゃんに告白してたら、どうなっていたのか聞いてみたい。

 鷹司ではなく、俺が先に彼女を好きになっていたとしたら⋯⋯。


 ──と。


「あ、ごめんなさい、淳司起きちゃった?」


 美沙ちゃんの視線を追って振り返ると、淳司君が起き上がっていた。

 彼はそのままトコトコと俺のほうに歩みより⋯⋯そのまま抱き付いてきた。


「あっちゃん? どうしたの」


「⋯⋯こわいゆめ、みちゃったの」


「怖い夢?」


「うん⋯⋯忠之にいちゃんが、どっかいっちゃうゆめ⋯⋯」


 よほど怖かったのか、淳司くんの身体は少し震えていた。


 ⋯⋯。

 何を迷ってたんだ? 俺。

 やり直すって事は、この子を殺す事だ。

 存在を消し去るって事だ。


 自分の都合で周りの人たちを、世界を自分好みに変えようなんて、なんて烏滸がましい考え方だ。

 そうだ、魔王が最期に残したアドバイスは──。


『弱者の想いを理解しろ』

『力に溺れるな』


 世界を変えようなんて、思い上がりも甚だしい。

 まさに力に溺れた者の所行そのものだろう。


 俺は、残念な勇者で。

 性格も終わっているけど。


 今、不安げに抱き付くこの子を、平気で消し去るような選択が出来るようになってしまったら。


 ──人として、終わってしまう。


「あっちゃん大丈夫だよ、俺はどこにも行かないから。安心して」


 俺が頭を撫でると、淳司くんは表情を一転させ、笑顔で「うん!」と頷いた。


「あっちゃん、ありがとう」


「えっ?」


 俺の礼の意味は伝わらなかった。

 だけど、この子のおかげで、俺はもう少し人でいられそうだ。

 彼を抱きかかえて膝に乗せ、話題を振る。


「あっちゃん、今日友だちといっぱい遊んだんだって?」


「うん! 新しくできたお友達なんだけど⋯⋯」


 そのまま、今日一日の出来事を聞いていた。

 よほど楽しかったのか、あっちゃんは興奮した様子で話し続ける。

 話題が一段落してから、美沙ちゃんが聞いてきた。


「そういえば、さっきの忠之くんの話って何?」


「⋯⋯いや、気のせい。なんでもないよ」


 取りあえず、焦る必要はない。

 彼女の受験が終わるまでは、今のままでいい。

 変に美沙ちゃんの心を乱すようなマネはよそう。


「そうなの?」


「うん」




 ──俺が返事をしたタイミングで、カウントダウンは0を告げた。





──────────────────


 【やり直し】をスルーした翌日、俺は特対を訪ねた。

 記憶の定着を確認してからニックは回収し、奴のマンションに転がしておいた。

 しばらくは特対にも色々な嫌疑がかかってしまうだろうが、まあそこは渋谷さんに任せよう。


 田辺先生は特対の居候をして貰っている。

 問題ある人物だが、特対も人手不足らしいので、まあ手元に置いて監視する感じ。


 【アイテムボックス】は中身を抜いてスキルは返却し、ついでに【異界語理解Ⅴ】を貸与してある。


 来訪者⋯⋯『バオー』だっけか?

 そっちの担当になるみたいだ。


 ま、今日の本題は別にある。


「鏡子」


「何? 忠之」


《ピコン》

《スキル【死に戻り】を譲渡しました》


「えっ? 何これ⋯⋯」


「鏡子が持っててくれ、いや、貰って欲しい。嫌なら返してくれてもいいけど」


「その、嫌とかは無いけど。こんな貴重なスキル⋯⋯いいの?」


「ああ。それで、一つお願いがある。コレは俺の知るかぎり、鏡子にしか頼めない」


「えっ、何⋯⋯?」


 我ながら、そんな事になってしまえば大変そうで、なのに役目を押し付ける事に抵抗がないとは言えないが。

 それでも、託せるのは彼女だけだ。


「もし、俺が⋯⋯人としての一線を超えてしまったら⋯⋯それを利用して、俺を倒して欲しいんだ」


 くどくどは説明しない。

 伝わるはずだ。

 俺が力に溺れ、暴走した場合。

 恐らくそれを止められるのは、彼女しかいないだろう。


 彼女は「はあっ」と溜め息をつきながら、俺をちょっと恨めしそうに見た。


「重大な役目ね」


「まあ、迷惑掛けないように頑張るよ」


「うん、でも倒すのは違うかな?」


「ん?」


 彼女の癖なのだろう。

 もしかしたら、弟によくやる仕草なのかもしれない。

 俺の胸に、あの時と同じように指を押し当てながら、鏡子は微笑んだ。


「今、この時点を【記録】しといたわ。忠之が道を外しそうになったら⋯⋯ここに戻って止めるわ、私が」


 笑顔の中にも、強い決意を感じる。

 不躾な頼みだったのに、受け入れてくれた事が嬉しい。


「⋯⋯そっか。ありがとう」


 ちょっとしんみりとした空気を破るように、鏡子はふざけ気味に言った。


「だーかーらー! 今日、ディナーをご馳走してくれない? それくらい要求しても良いわよね?」


「ああもちろん。あ、よかったら弟さんも呼ぶ?」


 俺の申し出に、彼女は少し考えてから返事をした。


「⋯⋯取りあえず、やめとく」


 なんだろう。

 遠慮しなくていいのに。





──────────────


 卒業して約二年ぶりに母校を訪ねた。

 今日は美沙ちゃんの合格発表だ。

 俺の時はネットで確認したが、せっかくなので見に来たってわけだ。


「あった! あったよ!」


「良かったね!」


「うん、忠之くんのおかげだよ!」


 自分の番号を発見した美沙ちゃんが喜んでいる。

 彼女の頑張りが実った瞬間。

 その場に立ち会えた事が嬉しい。


 そしてこの数ヶ月。

 俺の気持ちに向き合い続けた。


 







 わっかんねー。



 何だろう。

 好きは好き。

 でも、それが性欲由来じゃないか、って言われたらあんま否定できない。


 なんなら鏡子ちゃんも好き。

 でもそれも性欲由来じゃないか、って言われたらあんま否定できない。


 もっと言えば、女神も嫌いじゃない。

 あの時しなかったのヤッパリミスじゃないか? という気持ちは日に日に募る。


 ただ、冷静になれば何かこえーんだよな、裏がありそうで。

 変に仲良くなると、定期的に試練を与えてくるような気もする。


「忠之おにいちゃん、どうしたの?」


 淳司くんの声が、俺を現実に引き戻す。


「んー、何でも⋯⋯」


 答えようとした、その時。

 淳司くんの足元に、見慣れた模様が見えた。



 召喚用魔法陣だ!

 マズい。

 慌てて彼を抱きかかえたが──俺の視界は暗転した。





────────────────




という訳で。

『東京編』はこれで終わりです。


またしばらくお休みします。

再開したらよろしくお願いします。


まあ、このラストはコッソリ変えるかも知れないので、再開時に確認してください。

本作は一応カクコンに応募してます。

一定の★取らないとダメ? みたいなので是非ご協力を!


ではでは。

 




※新作投稿してます

良かったらそちらもどうぞ


魔王を倒した勇者ですが、娘と嫁にゴミ扱いされてます

https://kakuyomu.jp/works/16818023213866547620



 

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