第83話 残念勇者は童貞を卒業しま
鏡子ちゃんに、家に寄っていかないか? と誘われた。
俺にとっては貴重な貴重な、女子からのお誘いってやつだ。
だが、後ろ髪引かれる思いで断った。
有り得ないとわかっていても『万が一』を期待してしまう、それが
だが、今は鏡子ちゃんと間違いを起こしている場合ではない。
なんせ女神の出した条件は『童貞を卒業させてあげる』なのだ。
もし事前に童貞を卒業してしまっていたら?
ノーカウントになる可能性が高い。
これは単純に『可能性』の追求だ。
鏡子ちゃんと間違いを起こす→女神ルートは失われる。
先に女神様に童貞を捧げる→そのあと鏡子ちゃんが恋人になってくれる可能性が消えるわけじゃない。
うむ、とっても合理的判断。
これぞ最高難易度達成者の思考法である。
とはいえ、これ自体が童貞の気持ち悪い妄想の産物だという自覚はある。
なんせ、鏡子ちゃんが俺に惚れる要素なんて1ピコグラムも存在しないからな。
もし知り合いの女性に「初対面で下着撮影してきた男が気になるんだけど、どう思う?」って聞かれたら、誰だって「やめとけ」って言うだろう。
俺だってそう言う。
さてそんな事よりも、遂にこの日が来てしまった。
ニックの奴を利用しての『割れ神捜索リセマラ』は、本日終了しました!
ふふふ、俺にリセマラなんてさせたら、そりゃもうすぐですよ、すぐ。
割れ神捜索のハードルが高かったのは『手段を選ぶ必要がある』という点だ。
割れ神自体を見つけ、処したとする。
ただ引き換えに、帰還者たちのコミュニティーに俺の情報が流れてしまったら、その後の生活が面倒になるからな。
実際、来栖くんやら華ちゃんやらに俺の事は知られてしまったわけだし。
それが『手段を選ばなくて済む』となれば効率が全然変わってくる。
ループ中の俺がどんな手段を取ったのかはわからない。
そこは敢えて、事前に考えないようにしていた。
ただ、例えばそれぞれの組織に俺の情報を流して返り討ちにするとか、極端な話怪しい奴は片っ端から殺すとか、世界を滅ぼすとか、なんでもアリならいくらでも方法は思い付く。
ニックから先に【死に戻り】を奪わなかった理由はそこにある。
自分自身のヤベー行いなんて、記憶しておきたくないからね。
僕ちん、清い心でいたかったの。
合い言葉はAからZまでに1から100の数字をランダムに当てて、それを利用した。
そのうち幾つかは20、30、40といったキリの良い数字、15から19までを1刻みで入れた。
合い言葉の『S.75.16.K.38.P』の場合、『所属組織、イニシャル、年齢層、性別、大体の身長』を表している。
SACA、イニシャルL.C、二十代、男、身長180センチ代って感じ。
Kが20、Pは18で、それぞれ20代と180cm代みたいな感じだな。
で、その相手は『SACA Logan Cooper 28 男 185cm』だった訳だ。
ここまで絞れていれば、捜すのも簡単だ。
戻らず、は俺が返り討ちにあった時の保険だったが、結局なかったみたいだな、流石俺。
なぜ割れ神の情報をそのまま伝達させなかったのかというと、『合い言葉の意味を考えさせる為』だ。
暗号めいた情報を与えられれば、事態打開の方法をそこから得ようとするだろう。
できるだけ、思考をそっちに誘導したかった。
ニックが俺の思惑である『何かを探していて、しかもそれを毎回無かった事にしたい』に辿り着きづらくするノイズを与えたかったわけだ。
今回は特にこの、都度無かった事にしたいってのが肝要。
恐らく何かを探している、というのはニックも気付いただろう。
だが、どうやら事情があって毎回無かった事にしたいらしい、そこをあまり深く考えて欲しくなかった。
思惑を読まれれば、付け入る隙を与える。
もし俺がニックの立場だったら──合い言葉を言う時に「デタラメに記録する!」と脅しただろう。
もちろんそれによって無限ループに突入し、詰む可能性はあるが『お前の思惑通りにさせない』という意志を見せなければ交渉の余地はない。
実際、毎回無かった事にできないかもしれない、という可能性を示唆されれば、俺も何か考える必要があった。
まあ、もしかしたら辿り着いていたのかもしれないが、ニックはそこに踏み込めなかった。
事態を動かす事を選べず──もしかしたら、ループ中には何かやったのかもしれないが──最終的に停滞を選択した。
それは、俺の思惑に従う事に他ならない。
だから大事な物を失った。
相手の脅しに屈すれば搾取され続けるという典型的な例ってコト。
割れ神四体は、合い言葉から判明した情報を元に、目視、呼び寄せ、ハメ殺しのコンボでサクサク処理。
楽な仕事だった。
ま、こんな感じで割れ神四体は既にぶっ殺した。
さて──凱旋童貞卒業パーティーだぁああああっ!
────────────────
ボリボリボリボリボリボリ。
自宅に戻ると、フローラはソファーに寝転び、煎餅を齧りながらテレビを見ていた。
「あ、忠之お帰りー」
「⋯⋯お前、ちょっとこっちに馴染み過ぎじゃね?」
「そお? ボリボリボリボリ」
「喋りながら煎餅を追加するな⋯⋯ってそんなのどーでも良いんだよ! オラ! 割れ神討伐ミッションコンプリートしてきたぞ!」
「うん、ご苦労様。じゃあさ──」
フローラは齧りかけの煎餅を皿に戻し、指についた粉をチュパっと音を立てて舐めたあと、スッと立ち上がり──俺の両肩に二の腕を乗せ、首の後ろに手を回した。
至近に見える顔には微笑みが浮び、こちらを上目遣いで、真っ直ぐと見ながら囁いてくる。
「早速⋯⋯始める? 心の準備はいい?」
「お、おお」
何か裏がある、と思っていたが。
いや、今でもそう思っているけども。
「じゃあ始めよっか。まずは──この姿がいいと思うのよね」
フローラはポンと音を立てながら、煙に包まれる。
変身したのは──美沙ちゃんの姿だ。
彼女はそのまま、顔を寄せながら言った。
「忠之、本当に私で良いのね? 後悔したりしないわよね? 神を討伐したその対価として、私を抱く──それで良いのよね?」
美沙ちゃんの声と姿。
だが、口調は女神のまま。
見透かすような視線を送ってくる。
「⋯⋯お前、それはズルくないか?」
「なんで? 気になる事でも?」
首の後ろに手を回し、女神の手を
そのままソファーに座ると、隣に女神が腰掛けた。
俺の膝に手を置き、聞いてくる。
「なぜ、自分の気持ちに蓋をするの?」
「⋯⋯そんなつもりは」
「無いとは言わせないわ。あなた、前の奥さんとの事が終わって、こっちに帰って来る時に感じたはずよ? 美沙に、好意のような感情を」
そう、確かに感じた。
だけど。
「勘違いかもしれないだろ? 全部終わって、自分が傷ついてる事を自覚して、その時優しくされたから、錯覚したのかもしれない」
「そうかもね。だけど──」
女神は俺の胸あたりに指を添えた。
ちょっと前に、鏡子ちゃんにも同じようにされた事を思い出す。
「確かめなくてもいいの? 踏み込むのが怖い? それって──あの男と、何が違うの? あなたが選ぶのは、停滞なの? 事態を動かさず停滞すれば、大事な物を失うかも知れない。それを誰よりも知っているあなたが、それを選ぶの?」
ああ、そうか。
ニックの事を偉そうに見下しておいて⋯⋯やってる事は変わんないって事か。
参ったな。
「お前、俺に厳しくないか? ゲームクリア後も、何か色々要求し過ぎじゃない?」
「仕方無いじゃない。私、試練と謎の女神なんだもん。自分の気持ちにキッチリと向き合う、それだって──立派な試練よ?」
フローラは指を離し、ソファー立ち上がると、元の女神アバターへと姿を変えた。
そのまま、胸元を強調するように身をかがめ、俺に顔を寄せてくる。
「安心して? 約束を反故にするつもりは無いわ」
「そうなの?」
「ええ。あなたが自分の気持ちをちゃんと確認して、それでもし美沙が好きだとか、まあ他の子でもいいけど。とにかくその上でフラれたりしたら──私がアナタの童貞貰ってあげるわ」
胸をユッサと震わせて、ニッコリ笑ってくる。
フラれても、保険付きか。
なんか、ヤッパリ丸め込まれてるような気がしなくもないが──。
「わかった、じゃあそれで。まずは──確認しないとな」
美沙ちゃんへの感情が、何なのか。
単に優しくされて嬉しかったのか、それ以上の何かなのか。
「そうね、でも」
女神はさらに顔を寄せ──俺の頬に口をつけた。
「頑張ったから、とりあえず⋯⋯ね?」
「ああ」
「じゃあ私、一度帰るわ。あなたが盛大にフラれるの期待しとくね? 私がアナタの童貞卒業させてあげたいから」
「嘘つけ」
「うん、大嘘よ」
「おい」
女神は──こちらを慈しむように見ながら、微笑んだ。
「フラれたりせず、あなたには──幸せになって欲しい。だって、私のゲームをクリアした男なんだもん」
「⋯⋯」
「じゃね。またが無いことを祈ってるわ」
そのまま彼女はポンと煙を立て、それが晴れた時には姿を消していた。
部屋に一人取り残され、先ほどまでのやりとりを反芻する。
つまり女神様が今回わざわざやって来たのは、まあ、割れ神討伐もあるのだろうが、俺の背中を押しにきた、って事なんだろうな。
ゲームクリアのご褒美の一環⋯⋯って事なのか?
まあ、真意なんてわからない。
しかし、自分の気持ちに向き合う、か⋯⋯。
──その方法を色々考えてみたが、とりあえず隣を訪ねよう、と思った。
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