第80話 今か先か
【死に戻り】が発動し、ニックは記録地点へとリスポーンした。
自宅マンションのエントランスだ。
考えていた事を素早く実行する。
スマホを取り出して通話履歴を開く。
リストの中から、SACAで一番の手練れ『ローガン・クーパー』へと電話を掛けた。
何度も脳内でシミュレーションした動きだ。
この間わずか五秒程度。
プルルル⋯⋯。
幸運な事に、ローガンはすぐに応答した。
「どうしました?
「私をすぐに捜索しろッ!」
叫ぶのと同時に、視界が暗転する。
転移によって移動して来たのはもちろんあの場所だ。
通話は唐突に途切れた。
という事はここは圏外、いや、下手したら国外の可能性もある──ツーツーと耳元から聞こえる音を意識した瞬間、再び手足に激痛が走る。
デジャヴのように再び地面に伏せたのち、東村に担ぎ上げられた。
相手は地面に転がったニックの手、そこに握られたスマホを見て、ニヤリと笑った。
「スマホ? そうか⋯⋯お前、繰り返してるな? よし、なら合い言葉だ、言え」
意図をあっさりと見抜かれ絶望感を覚える中、東村は自身のスマホを取り出した。
合い言葉を録音するためだろう。
ピピッと音が鳴り、カメラの起動を示すランプが点灯した。
「え、S.75.16.K.38.P⋯⋯」
ニックが合い言葉を口にすると、東村は満足そうな表情で、再びニックの頸部を切断し、頭を水槽へと投げ込んだ。
「えーっと、S.75.16.K.38.Pね⋯⋯」
東村はスマホを見ながら何かを確認している様子だったが、やがてニックの胴体や、手足をアイテムボックスへとしまい始めた。
そのまま彼は、ニックのスマホも回収した──と。
東村がニックのスマホの画面を見ながら、操作を始める。
画面にはロックをかけていたはずだが、あっさり解除したようだ。
やはり記憶を盗む能力⋯⋯という事なのか?
ニックが訝しんでいると⋯⋯。
しばらくして東村は──再び耳を引っ張り上げ、ニックに聞かせるように笑い声を上げた。
「いやいやいや、こんな偶然あるかよ! どんな確率だ⋯⋯って、まあいいや。ただこれは流石に、誰かに言いたくなるよ!」
耳から手を離すと、まだ笑っていた東村はそのまま姿を消した。
また部屋にニックだけが取り残される。
水槽の中で強制される思考は、一つの答を導き出した。
──人だ。
東村忠行は人捜しをしている。
そして、あの合い言葉は相手の特徴を表しているのだろう。
S.75.16.K.38.P
S⋯⋯これはそのまま、SACAのSなのでは無いか?
そして、そこに続く言葉。
恐らく名前だ、短さから言えばイニシャルだろう。
そして偶然とは、ニックが最後に電話したことで画面に表示されていた名前──つまり「ローガン・クーパー(Logan Cooper)」。
そのイニシャルであるLとCが一致したのでは無いだろうか?
その他は仮定だが、年齢などの特徴かも知れない。
ただ、わかったところで何もできない。
なのにこのまま考え事を続けるしか──やる事が無い。
──────────────────
「今回は二週間か、結構掛かったなぁ。まあ確認作業があるし、仕方ないね。んじゃ次の合い言葉だ」
東村忠行は耳から手を離すと、また水槽に紙を貼り付けた。
『S.75.16.K.38.P』
『S.58.70.E.38.N』
合い言葉は2つになっていた。
「んじゃまた明日。よろしくぅー!」
東村が去り、合い言葉を見つめる。
前回との共通点は、Sと38。
SがSACAを指しているならば、38は何だろうか。
次に、変更された部分を見る。
自分の予想が正しければ、ここにイニシャルが含まれている。
ならばこの75と16はそれぞれLogan CooperのLとCでは無いだろうか?
ただ、75がLになる理由⋯⋯わからない。
特に法則はなく、ランダムなのかも知れない。
東村忠行はアルファベットに適当な数字を割り振っている、という事だろう。
では、ローガンを特定する為の特徴は何か。
まず、分かりやすく最初に来るのは男である、という事。
ならばこの38は『性別』では?
性別なら、変更が無いケースは当然想定できる。
つまり二人目も男なら、38が共通、という事だ。
男、male⋯⋯。
(ああ、Mに38を割り当ててるのか)
これなら説明がつく。
つまり数字を割り振りつつ、それを時に入れ替えて使用しながら暗号にしているのだろう。
ここまでわかってくれば、適当な合い言葉をでっち上げるのも可能だが⋯⋯。
いや、東村は『確認作業をする』と言っていた。
もしその確認作業で『違う』とわかったら?
当然罰があるはずだ。
下手したら、最長の五年を課せられるかも知れない。
他にも思い付いた対策はある。
ループ開始直後、スマホをスピーカーにしつつローガンに電話し、「東村を殺してから私を捜索しろ」といった指示を飛ばす。
これなら、転移時にスマホはマンションに残せるし、SACAと連絡を取った事が東村に露見する事も無いだろう。
ただ、リスクは大きい。
もしローガンが東村を殺し、SACAが自分の事を捜索したとしても──五年間発見できない恐れがある。
そう、自ら最長の五年を招く行為だ。
ならば──東村の足を引っ張るのは、むしろ逆効果だ。
ヤツがなにかしらの目的を達成したとしたら、いつかは自分を──少なくともこのループからは──解放せざるを得ないはず。
それは【死に戻り】の特性上、目的を果たしたあとにニックを殺せば、結局元の木阿弥だからだ。
だから今は、おとなしく合い言葉を伝えるしかない。
恐らくそれが、最善。
──────────────────
最初に説明をされた『最長五年間』は、結局訪れなかった。
次は1カ月後で、その次は3ヶ月。
追加された合い言葉は2つで、計四つだ。
「よし、これを全て確認できたら終わりだ。ちょっと待ってろよ」
東村はこれで合い言葉集めは終わりと宣言し、確認作業へと向かった。
戻って来たのはそれから3日後だった。
彼は戻ってきてすぐ、アイテムボックスから胴体を取り出し、そこにニックの頭部を『接着』した。
首に付着していたエリクサーが効果を発揮し、ニックは胴体の感覚を取り戻す。
「ニックくんおめでとう! 君の合い言葉は全て正しかったよ! これで最長五年のループ生活は終了です!」
東村の終了宣言に、ニックはほっとした。
結局、トータルで言えば約5ヶ月。
ただそれでも、地獄のような苦しみだった。
もし五年なんて期間がその中にあったら⋯⋯考えただけでもゾッとしてしまう。
「ならば、早く、解放してくれ」
「聞きたいんだけどさ、『戻らず』ってあった?」
「いや、なかった、な」
「ふーんそっかそっか、ふふふ、流石俺だな。んじゃ移動しよっか」
「移動⋯⋯? いいから早く⋯⋯い、痛い、止めろッ!」
東村は乱暴に髪を掴むと、ニックをズルズルと引き摺った。
扉を開き、隣の部屋に入ると⋯⋯。
そこには、室内とは思えないほどの巨大なプールがあった。
「ニックくんのクリア報酬は『百年間、今度はプールに浸かれる権』です! ループからの脱出、おめでとう!」
東村が楽しそうに宣言する中、ニックはその内容について考えた。
プールに百年間、浸かる?
その意味を理解して──ニックは慌てて叫んだ。
「⋯⋯はっ? ちょ、ちょっと待てッ! 嘘を吐くのか!? 合い言葉を全て伝えたら終わりのハズだ!」
「うん、『五年のループ生活』はね? 俺ちゃんと言ったよね?」
「い、いやしかし⋯⋯」
「あと、女神知ってる? 俺実は女神の命令で動いてるんだけどさ」
「女神⋯⋯だと?」
ということは、この男は『
ならばこのデタラメさにも説明がつく。
この量のエリクサーを用意するなど、並みの達成者の仕業ではない⋯⋯。
「で、女神様に確認したらさ、【死に戻り】って寿命は対象外なんだってさ! あともちろんエリクサーも、寿命で死んだ人間だけは蘇生できない。つまり⋯⋯」
そこまで言ってから、東村は顔を寄せ、ニヤリと笑った。
「俺が思い付く方法がさあ、これしか無いんだ。ごめんなー?」
つまり⋯⋯このあと寿命で死ぬまで、エリクサーのプールの中?
何十年後だろうか。
5ヶ月でさえ、地獄のような状態だったのに。
ヤツの言葉を信じるなら、死ぬまでエリクサーのプールの中で過ごし、もうループする事もない。
想像するとともに、必死で抗議した。
「待て、いや、待ってくれ⋯⋯! こ、殺されるにしても、こんな方法は、あまりにも、か、勘弁してくれッ!」
「いやだって、お前みたいな奴生かしてたら【死に戻り】を悪用しちゃうじゃん。いくら無かった事になるとは言え、胸糞わりーもん。お前自分が灘さんにやったこと覚えてるよね? そんな記憶の持ち主は、この世から消さねーとなぁ?」
ああ、やはり東村は記憶にアクセスできるのだ。
今の状況はこの男による──ループの狭間に消えていった、灘鏡子の為の意趣返し、という事⋯⋯。
「お、お願いします! も、もう二度と悪用しません! 約束しますからッ!」
「んー。ならさぁ」
ニックの脳内に、『ピコン』と音が鳴り響く。
久しく聞いていない、スキル獲得の音だ。
『スキル【譲渡】が貸与されました』
【譲渡】? 【貸与】? とニックが思っていると、東村が説明してくれた。
「お前の【闇魔法】と、【死に戻り】、俺にちょうだい? そしたら──すぐに殺してやれるからさ」
最長百年の地獄か、それともすぐに死ぬ事を受け入れるのか。
救いの無い、残酷な二択を突き付けられ──ニックは身体を震わせた。
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