第73話 残念勇者は先生を保護する
昨日の俺と灘さんのやり取りを聞き、頭を抱えていた渋谷さんの携帯が鳴った。
「あ、噂をすれば灘くんからです、ちょっとすみません」
「はーい」
「もしもし⋯⋯うん、うん⋯⋯あー、そっちが出てきちゃったか、うん、うん⋯⋯ちょっと東村さんと話す、取りあえず田辺を確保しようとしたら阻止できる? うん、お願いしまーす」
渋谷さんは携帯を切ると、再び「はぁー⋯⋯」と溜め息をついた。
「どうしたんですか?」
「ちょっと、ややこしい事に」
「というと?」
「そうですね、どこから話せば⋯⋯」
渋谷さんは少し考えたあと、説明を始めた。
「SACAという組織があります」
「エスエーシーエー?」
「はい、『Special Abilities Countermeasures Agency』⋯⋯日本語だと特殊能力対策局って感じで、つまりアメリカ版の
「あー、なるほど」
「まあ、人員も予算も向こうの方が全然上なんですけどね⋯⋯」
渋谷さんは「フッ⋯⋯」と悟ったように笑った。
この人、マジで苦労多そうだな。
「そいつらが
「みたいです。灘くんに接触してきたのは、SACA日本局長のニック・ファルコ⋯⋯ただ、スキル持ちとはいえ、一教師の追跡を担当する人物では無いのですが」
大物、ってことか。
そんな人物が自ら田辺追跡をしている、と。
「バレてるって事でしょうね、田辺の取引が」
「って事ですね」
恐らく、向こうの犯罪組織か何かが取引に関わっていて、その情報を田辺から引き出したいのだろう。
渋谷さんはさらに説明を続けた。
「マズいのが⋯⋯SACAが逃亡犯から情報を引き出す常套手段といえば、犯罪に手を染めた帰還者に『身の安全』を保証する事なんですよ」
「あー、向こうに確保されたら、こっちが田辺を利用できなくなりますね。スキル持ちの亡命って、どうなります?」
「政府間の交渉になりますが、基本認められません。ただ、身柄を確保されたら実質亡命成功したようなもので、手出しが難しいですね」
うーん。
田辺くんにはしばらく釣り餌として頑張ってもらいたいのだが、ソッチに取られたら面倒だな。
田辺にしても、人権のじの字も無い国や組織に拉致されるよりは、そのSACAとやらに情報を引き換えに保護して貰えるなら御の字って奴だ。
それに、特対のみんなにも『田辺が闇サイトで異世界アイテムを取引してた』とは伝えたものの、【異界ショッピング】についてはナイショにしてるんだよね。
あと、ついでに俺が田辺のスキルや金抜いたのも。
その辺がSACA側から特対に伝わるのも良くないな。
⋯⋯つーか、もしかしてそれが原因か?
SACAは金の流れを追って、田辺に辿り着いたのに、それが忽然と消えた。
使途も、出金先も不明。
まあ、金は消えたわけだが。
使った俺自身、金がどうなったかなんてわからない。
ただ、SACAとしては、田辺が金をどこにやったか確認したいって事だろう。
田辺は身の安全と引き換えに、俺の情報をペラペラと謳うだろうな。
スキル【譲渡】の時に、俺の名前も知ってる訳だし。
仕方ないな⋯⋯。
「渋谷さん」
「はい」
「いったん田辺は保護しましょうか」
「それがベストだと思いますが⋯⋯SACAの目を盗んでってのは難しいかと」
「まあそこは実は簡単です、仮に問い合わせが来たら渋谷さんとぼけてください。じゃあ保護しますね」
「えっ?」
【呼び寄せ】のスキルを使用した。
田辺が目の前に現れ、「えっ? えっ?」と、何が起きたのかわからない様子で、周囲を見回した。
「やあ先生」
「ひっ⋯⋯!」
俺が声を掛けると、田辺先生は化け物でも見たような表示になった。
「田辺先生安心してください、アナタを拉致しようとしてる組織があったので緊急保護しました。あ、渋谷さん、灘さんも帰って来て貰って良いですかね?」
「はい」
渋谷さんがスマホを操作してしばらく、灘さんも【帰還】スキルで戻ってきた。
灘さんは田辺の姿を確認し、俺に質問してきた。
「【呼び寄せ】でしたっけ?」
「うん」
「まあ、ちょうどいいタイミングだったと思います。SACAが田辺先生に接触する直前だったので」
間一髪って所か⋯⋯って、向こうに確保されても【呼び寄せ】使えば良いわけだが、要らんことペラペラ話された後だと困るしな。
あと、組織が接触してきたという点で、俺には新たな疑問が湧き上がっていた。
ついでに確認しておこう。
「田辺先生」
「ああ、あああ」
うーん、めちゃくちゃ怖がってるな。
ほらほら、スマイルスマイル!
「やだなぁ、ちょっと落ち着いてくださいよ。ご協力頂けたら、悪いようにしませんから⋯⋯あ、誰か先生に温かい飲み物を」
「あ、さっき飲もうとして買ってあったので」
灘さんが【アイテムボックス】から、缶コーヒーを取り出した。
なるほど、温かいまま保管できるからいいね。
今後は俺もストックしておこう。
「さ、これでも飲んで落ち着いて」
「はい⋯⋯」
受け取ったものの、田辺は飲もうとしない。
ただ、手に伝わる温もりからか、先ほどより精神状態が安定しているように見える。
少し待っていると、やっと田辺は缶コーヒーを開けて、口に運んだ。
よし、そろそろ良いだろう。
「先生、そもそもどうやって異世界アイテムを取引する為の『闇マーケット』の存在を知ったのですか?」
闇マーケット自体は、検索などではその存在はわからない。
特殊なブラウザに、直接URLを入力する事で初めてアクセスが可能な、いわゆる『ダークウェブ』上にあるサイトだ。
「それは⋯⋯あの」
田辺は渋谷さんをチラッと見た。
まあ、特対の前で不正行為を話すのも気が引けるのだろう。
それでも、観念したように話し始めた。
「⋯⋯いつも食事をしていたお店で、顔見知りの外国人に教えて貰いました。『珍しい品を持っているらしいですね、もしお金に興味あるなら』と」
「なるほど」
「流暢な日本語を話す方でした。その人から闇マーケットへのアクセス方法を聞いて、その通り試すと⋯⋯っていう感じです」
ふむふむ。
恐らく元『割れ神』の依田くんから帰還者リストが外部に流れ、それを利用されたのだろう。
逆に言えば、田辺にアプローチしてきた人間が、『割れ神依田』と繋がりのあった人物、という事になる。
──と。
渋谷さんのスマホが鳴った。
「東村さん、ニックから着信です。どうしますか?」
「スピーカーで応答してください。みんなは静かに⋯⋯先生も、ね?」
「は、はい」
渋谷さんが電話に出る。
『やあタモツ、しばらくぶりだな』
「やあニック。合同訓練以来だな、どうした?」
『んんー? 声が響くな、スピーカーか?』
「ああ、ちょっと手が離せない作業をしててね」
『なるほど。用件はシンプルだ──田辺龍一の身柄をこちらに引き渡せ、悪いようにしない』
「田辺? 誰だそれは」
『はははタモツ、駆け引きはナシにしよう──特対なんていう吹けば飛ぶような組織で、我々相手に意地を張るのは愚かな行為だぞ?』
「もちろん、その程度の身の程は知ってるさ。ただ、覚えが無いものは覚えが無い、としか言えないな」
『⋯⋯ふっ、まあいいさ。つまり特対としては田辺なんて知らないし、万が一彼が行方不明になっても、知った事ではない、という事だな?』
「いや、君たちが日本国民に何かするなら、動かざるを得ないね」
『そうかい。いや、知らないのにしつこくして悪かった。今度埋め合わせにコーヒーでもおごるよ。もし田辺を発見したら連絡してくれ』
「ああ、楽しみにしてるよ」
そのまま電話は切れた。
また新たなストレスを抱えてそうな渋谷さんに、俺の感想を伝えた。
「なんか偉そうな奴ですね」
「まあ、実際偉いっちゃ偉いんですけどね⋯⋯強引なんですよ、いつも」
「あの⋯⋯」
俺と渋谷さんの会話に、田辺が割り込んで来た。
「たぶんなんですけど⋯⋯私に『闇マーケット』の事を教えてくれたの、たぶんこの人です」
「何か、話し方に特徴でも?」
渋谷さんの質問に田辺が頷いた
「流暢な日本語ですが、一部のアクセントに特徴があって⋯⋯それが酷似してます。こうみえて私、英語教師で、ヒアリングにはそれなりに自信があります」
おっとこれは⋯⋯。
釣れた魚は、まさかの大物かな?
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