第72話 残念勇者は動きを待つ

 今日も俺は仕事終わりに局へと来ていた。

 渋谷さんからは一度、かなりの好待遇で特対へとスカウトされたが断った。

 せっかくのホワイトな職場を辞める気はない。

 ただ、割れ神退治に彼らの協力は欠かせないからね、もちつもたれつってやつだ。


 ⋯⋯まあ、俺が一方的にもたれている気もするが。


 本当なら仕事なんて辞めてしまっても構わない。


 ぶっちゃけて言えば、田辺から【異界ショッピング】をぶんどった今、やろうと思えばいくらでも金を作れる。

 鷹司の時に資金調達の為に金を売りさばいたが、もうあんな真似も不要だ。

 なんせ国がアイテムを買い上げてくれるってんだから、物を右から左に動かすだけで良い。

 正に金の成る木を手に入れたも同然だ。


 ただ、仮に彼女が出来て『忠之くんって何の仕事してるの?』って聞かれたら困りそうだしなぁ。

 世間体ってモノもあるし、異世界アイテム売買を本業にする気はない。


 それに俺はこのスキル、使いすぎは良くないと考えている。

 というか、今のところ個人的に使うだけで、アイテムを仕入れて買い上げて貰う予定もない。


 この【異界ショッピング】は、まさに規格外のスキル、なんなら世界のバランスを壊しかねないからだ。


 すぐに傷が塞がるポーションもそうだが、何よりエリクサーがヤバい。

 一応【異世界ショッピング】の中では購入制限として【月三本限定!】となっているが、それでも破格だ。


 しかし変なバランスの取り方するなぁ、割れ神のクセに。


 まあ、大量に流通すれば医療や経済が大混乱だし、下手すればそれを巡って争いが起こりかねない。

 逆に言えば、使い方次第で諍いを起こす事も可能という事になるが。

 まあ、俺がこの世界に不満を募らせ「テロリストにでもなりたいなー、なっちゃおうかなー?」と思ったらエリクサーばら撒いてやろう。


「田辺はまだ泳がしてますが⋯⋯本当に良かったんですかね?」


 渋谷さんが聞いてくるが、俺だってそんなに深い考えがあってやってる事じゃない。


「と思うんですけどね。今は灘さんが?」


「はい、依田と交代で。田辺は今、都内のネットカフェに潜伏しています」


 教師、田辺龍一が失踪。

 代わりに一年近く行方不明だった来栖くんが見つかった⋯⋯本来ならまぁまぁなニュースになりそうだが、一部SNSで生徒らしき書き込みが散見された程度で、世間的にはそれほど噂にならなかった。


 まあ、大々的に放送されないように、色々動いているのだろう。

 大人の事情ってやつだね、そこに深く関わる気もない。


「とりあえず、次の手掛かりも無いんで。見知らぬ帰還者が発見できれば、くらいの気持ちでいきましょう」


 田辺が物品を販売していた『闇マーケット』は、ダークウェブ上に存在する招待制のSNSで、運営母体は不明。

 アイツ自身のアカウントはパスワードを変更し、今は俺が監視している。


 なんでこのサイトを知ったのかというと、依田くんだ。


 依田くん⋯⋯正確に言えば『割れ神時代の依田くん』が、ここで物を購入した形跡が端末に残っていたのだ。


 ちなみに、サイト内での口コミなども見れるが、田辺の評判はメチャクチャ下がっている。

 そりゃそうだ。

 3ヶ月前から納品されずに、代金だけ支払わされている客にしてみれば、当然の反応だろう。


 そろそろサイト内だけでなく、物理に及ぶ奴が現れてもおかしくない。


 本来なら、田辺がやったことは帰還者のルールから外れる行いなので、特対としてはあそこで確保したかったらしい。


 ただ、芋づる式って言葉もあるからね。

 つまり田辺は釣り餌だ。


 あとは平行して、現在わかっている『帰還者リスト』から、俺の『個人情報開示』で虱潰しに当たるくらいしかやる事がない。


 闇マーケット内のアカウントに個人情報開示をかけていく⋯⋯というのもアリだが、二、三調べただけで『釣りアカウント』も多そうな感じだったので、これはあと回し。


 さて、何か動きがあればいいのだが。


「東村さん」


「なんですか?」


「灘くんの事なんですが⋯⋯」


 おっ、渋谷さん真剣な表情だな。

 セクハラするな、とか怒られるのかな⋯⋯。


「東村さんのおかけで、伸び伸びできているみたいです、ありがとうございます」


「俺のおかげ?」


「はい。彼女は今まで『日本最強の一角』を担ってましたからね。本人は口にしたことはありませんが、やはり肩に力が入っていたみたいです」


「そうなんですか?」


「『何かあったら私が』みたいな意識があったんだと思います。ただ、東村さんと田辺のやり取りを聞いて⋯⋯差を感じたみたいです。自分ならそんな発想で相手から死体を引き渡して貰うなんて無理だ、って。戦闘でも、それ以外でも敵わない⋯⋯と感じたみたいです」


「なるほど」


 まあ、彼女もまだ俺とそんなに年変わらないしなぁ、変な重責背負わされてもね。

 俺もそんなもんは背負いたくない。


 特対として⋯⋯なんて意識で動くより、童貞捨てるために頑張るくらいがちょうどいい。


「んじゃまあ、今後も適度にセクハラでもして、肩の力抜いて貰いますか」


「⋯⋯セクハラ?」


「昨日、仕事終わりに彼氏に会うらしかったので、『このあとメチャクチャセックスするんですか?』って聞きました」


「⋯⋯適度どころか、ライン越えてますね」


「でも彼女、『メチャクチャするよ!』って言ってましたけど」


 渋谷さんは頭を抱えて「はぁー」とため息をついた。


 なんかこの人、ストレス多そうだな。

 肩の力抜こうぜ。

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