第65話 残念勇者は少女に誓う

 いや⋯⋯これは胸くそ悪いな。

 他人の事あれこれ言えた義理じゃないが、仮に異世界とはいえ教師なら、生徒は守るべき立場だろう。

 それを欲望の対象にして、諌めた生徒を逆恨みし、死に追いやる⋯⋯。

 俺は灘さんへ指示するマイクを一時OFFにして、渋谷さんに尋ねた。


「これって彼女の証言が本当なら、何か罰はないんですかね?」


「⋯⋯残念ながら、異世界での出来事については罰則がありません。あくまでも我々は帰還後の行いについてしか動けないです」


「まあ、そうなんでしょうね」


 そもそも、彼女の話を鵜呑みにするのは厳禁だからな。

 こちらを騙そうとしている、と言う可能性はある。

 俺たちが会話している間も、大橋華の告白は続く。


「⋯⋯それで、南くんがためらってるうちに、先生が一旦結論は保留しようと言って、来栖くんの死体を【アイテムボックス】にしまいました」


 おお。

 死後すぐにアイテムボックスに入れたなら、来栖くん復活も有り得るな。


「なぜそれを、帰還後すぐに言わなかったの?」


「先生に口止めされたんです⋯⋯もし言ったら、来栖くんの死体を【破棄】するって⋯⋯」


 なるほど。

 アイテムボックス内のアイテムを【破棄】すると、対象は謎空間から消え、二度と取り出せなくなる。

 破棄さえしてしまえば、来栖くんの出来事については水掛け論だからな。


 死体という最強の物証を相手に握られている、という事だ。


「まだ先生は死体を【破棄】してない?」


「はい、折に触れて、チラッと見せてきました⋯⋯でも、いつ破棄されるかわからないですし、それに⋯⋯」


「それに?」


「⋯⋯く、来栖くんを助けたかったら、私に、その、言うことを聞けって⋯⋯それで、写真とか色々撮られて、その、どんどんエスカレートして、三カ月前に、その、行為をさせろって」


 俺は再び、渋谷さんに聞いた。


「これは脅迫で罰せられますよね?」


「⋯⋯はい、彼女の証言通りなら」


 よし。

 あの教師を痛い目に遭わせるには、とにかく死体を確保しておきたいな。

 

「それで⋯⋯来栖くんを助けたいとずっと思ってたんですけど、私、もう無理で⋯⋯来栖くんに預かっていた【アイテム】を使う事にしたんです」


「アイテム?」


「はい。来栖くんは言ってました。『もし、スキルや異世界のアイテムを持ち帰ったと周りにバレたら、政府に拘束されたりと危険な目に遭うかも知れない。だから、もし元の世界に戻ってスキルやアイテムがあるようなら、それを破棄したり、スキルを消したりできた方が良い』って」


 大橋華の言葉に、渋谷さんが感心したように言った。


「この少年は相当切れますね⋯⋯実際人権がろくに認められてない国だと、帰還者は拘束され、実験対象にされる⋯⋯という噂もあります。特対我々のような機関が帰還者を捕縛していると」


「特対の役目には『帰還者や来訪者を他国に拉致されないように保護したり、異世界アイテムの流出を防ぐ』ってのもありますもんねー」


 渋谷さんの言葉に、依田くんも追従した。

 そういえば、前に軽く説明された気がするな。

 もう一度しっかり確認しとくか。


「異世界アイテムって売買しちゃダメなんですよね?」


「はい、そこは各国が協調し、売買したい場合は国が買い上げてます⋯⋯相場が高騰しやすい闇マーケットに流れる場合もありますが。ただ、帰還者だとバレるリスクを説明すれば、みな闇マーケットはためらいますね」


 帰還者ってだけで、他国からの拉致の対象になるってわけだ。

 そりゃ大金は魅力的だが、できるだけ黙ってよう、って奴の方が増えるわな。


 大橋華の話はまだまだ続いていた。


「それで、来栖くんから預かっていたアイテム【封印の舘】を使用しました。これが設置された建物に入ると、そこから出て三カ月の間はスキルが使用できなくなります。これを学校に置きました」


 【封印の舘】⋯⋯!


 そうか! 異世界アイテムだったのか!

 スキルで奪うものだと思い込んでいたな。


 設置者も強制的にスキルが利用できなくなる、それがデメリットなわけだ。

 通常の使い方は、おそらくスキルが無い人間が、スキル持ちに対抗する為のアイテムって事だろう。


「スキルを使えなくすれば、【アイテムボックス】が利用できなくなって、ボックス内の来栖くんの死体も破棄できない、って事ね?」


 灘さんの問い掛けに、大橋華は頷いた。


「本当は⋯⋯その状態で特対の方に連絡しようと思ったんです。ただ結局、先生がヤケになってスキル復活後に破棄を選んだら⋯⋯そう思ったら、怖くて。でも、私一人じゃ、いい方法が思い付かなくて⋯⋯もうすぐ【封印の舘】の効果も切れちゃうし、もうどうしていいのかわからなくて⋯⋯!」


「⋯⋯頑張ったのね、偉いわ」


 灘さんが肩に手を置くと、大橋華の双眸から涙が溢れて来た。


「うっ、うっ、ううう、うっ⋯⋯」


「灘さん、そのまま大橋華をケアしてください、渋谷さんと協議します」


 またマイクをOFFにして、渋谷さんに確認する。


「どう思います?」


「話の辻褄は合いますね」


 どうすべきか。

 もちろん最適なのは、他の生徒にも聞き取りして、裏を取るべきだろう。


 だが──俺は彼女を信じたい。


 もし彼女が『割れ神』で、本当はスキルを盗む方法が別にあるなら、俺が今やろうとしてる事は悪手も悪手。


 それでも、一刻も早く。

 彼女を解放してあげたい。


「渋谷さん、ちょっと俺行ってきます」


「えっ!? 東村⋯⋯」


 渋谷さんの制止も聞かず、俺はファミレスのそばに【転移】した。


 そのまま入店し、灘さんと大橋華がいる席へと向かう。

 先に灘さんが俺に気づき、驚いた表情を浮かべた。


「えっ、東村さん、どうして」


「すみません、ちょっと確認したい事があって」


 大橋華はモニター越しに見ていたより、ずっと小さく見えた。


「大橋華ちゃん、突然ごめんね? 俺は東村です」


「東村⋯⋯さん?」


「うん。一つだけ良いかな。来栖くんの事を⋯⋯強く考えて貰える?」


「⋯⋯は、はい」


 本当は副作用が強いからあまり使いたくないのだが⋯⋯。

 使うと、数日間悪夢を見てしまうからな。


 それでも、魔王の最後の言葉を思い出した。


『弱者の想いを理解しろ』


 【感覚共有】のスキルを使った。


 大橋華と感覚を共有する。

 様々な感情が俺の胸に流れ込んでくる。


 後悔、焦燥、悲哀、そしてなにより──親愛。


 スキルを停止して、大橋華へと声を掛けた。


「華ちゃん⋯⋯って呼んでいいかな?」


「は、はい」


「華ちゃん、来栖くんは俺が絶対に助ける。心配しなくていい、全部俺に任せろ」


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