第58話 残念勇者は画像を消去する

 まず俺がすべきこと、最優先事項は⋯⋯。


 そうだね! 服を着る事だね!


 脱ぎ散らかしたスーツをハンガーに掛け、部屋着に着替えた。

 フローラもまた、脱いだ上着を再度身に付けた。

 よし、お互い準備完了だ。

 これなら美沙ちゃん主催、お隣ディナーのドレスコードもパスできるだろう。


「さて晩御飯晩御飯、今日は何かなー?」


「その感じで行けるとでも?」


「無理です、はい」


 フローラの冷静なツッコミに、俺は即答した。


 いやー、あの長期連載してた『こち葛』なら、小原部長が戦車で派出所ぶっ壊しても、来週には何事も無かった感じで進むのになぁ。

 現実は厳しいぜ。


「仕方無いわねぇ。私が何とかしてあげようか?」


 フローラから、思わぬ提案される。

 だが、俺はここで鵜呑みにする男じゃない。


「ええっ⋯⋯その代わり、条件として『割れ神一体追加』とかだろ? どうせ」


 警戒しながら確認すると、フローラはニッコリと笑った。


「ううん。忠之には頑張って貰わないとだし、ここはサービスするわ」


「女神様!」


「とりあえず私の事は、以前海外出張で知り合った、って紹介しなさい。あとは私がうまくやるから、ね?」


 フローラがウインクする。

 ここは全力で頼るとしよう!



──────────────────



 フローラを連れて隣を訪問する。


「ちょっと紹介したいんだけど、いい?」


 確認すると、美沙ちゃんは特に気にした様子もなく(?)頷き、部屋に招き入れてくれた。


 食卓には当たり前だが三人分の食事が並んでいた。

 今日の晩御飯は油淋鶏ユーリンチーだ。

 以前も食べたが、べらぼうに旨い。

 とりあえず淳司くんには先に食べて貰いながら、フローラを紹介した。


「彼女はフローラ。以前海外出張で知り合ったんだ」


「あ、前に言ってたね、海外出張してたって」


 言われた通りに紹介する。

 これで俺はミッション終了だ、あとは頼むぞ!


「ハイ! ワタシフローラ!」


「あ、吉野美沙です、あっちが息子の淳司です」


「よろしくね、美沙! アツシ!」


 おお、日本語ペラペラ外国人のテンションだ。


「さっきはごめんなさいね? 変な所見せて」


「あ、いえ、こちらこそ突然開けちゃって」


「それでね? 美沙、アナタは誤解していると思うの」


「⋯⋯誤解?」


「そう、誤解。えっとね⋯⋯私は忠之が好きなの」


 えっ!? マジで!

 フローラって俺の事好きなの!?

 ならもう、割れ神とか関係なく俺の童貞貰ってくれ!


 って事では無いだろう。


「えっ! あっ、そ、そりゃ、あの状況なら、お互い恋人っていうか」


「違うのよ美沙⋯⋯忠之って、とっても誠実なの」


「誠⋯⋯実⋯⋯? まあ、今までは、そう感じてた、けど」


 うん。

 あんなの見せられて、誠実だと思う女はいない。

 

「いい、美沙。よく聞いて」


 そこからフローラが語った話は⋯⋯。


 出張中、俺に好意を寄せたフローラは、告白するも「国に恋人がいる」とフラれた。


 うん、あってる。

 そこだけはあっている。


「普通の男なら、異国の地でハメ外してもおかしく無いじゃない? だけど忠之は一切そんな様子を見せなかったわ」


 俺は誠実な男。

 そう思ってた時期が俺にもありました、はい。

 でも、俺もさすがに気付いたんだ。

 誠実な男はハプニングを利用して、女性の下着姿を撮影したりしないんだ。


「で、今回私は彼が離婚したと風の噂で聞いて、いても立ってもいられず日本に来たわ。突然の事なのに忠之は歓迎してくれたわ」


「それは、忠之くんらしいけど⋯⋯」


「で、彼はアナタの食事をいただくまえに、シャワーを浴びようとしたの。で、私はそこで浴室で着替える彼に⋯⋯迫ってしまったの」


「えっ⋯⋯」


「でね、忠之は凄く怒ったわ。『自分をもっと大事にしろ! こんな事をしているってご両親に報告するぞ!』って。それでスマホを取り出した時に、アナタが入って来た、ってわけ。だからあのシャッターはアクシデントよ」


「そう、なんだ」


 おお!

 これは行けそうだ!


「誤解は解けたかしら?」


「うん、でも、二人が恋人だとしても、私が何か言う立場でもないし⋯⋯」


 まあ、それはそう。

 だけどなんかモヤっとするんだよな。


「あら? 美沙は忠之が好きじゃないの? じゃあ、私が貰っちゃおうかしら?」


「えっ⋯⋯それは、私、忠之くんの事は⋯⋯その」


 おっと、ここでストップ。

 この流れは非常にマズい。


「こらフローラ。変な事言って美沙ちゃんを困らせるな。誤解が解けたんならいいじゃないか」


「⋯⋯ふふ、そうね」


 あっぶねー!

 これまたいつもの『告白してないのに何故か俺がフラれたみたいになる奴』だったじゃん!

 ほら、美沙ちゃんもなんかホッとした表情してるし!


 やだよ、そんな気まずい状態で飯食うの!


「あ、料理冷めちゃうし、取りあえず食べちゃおう?」


 美沙ちゃんに促され、そのまま着席する。


「ごめんなさい、言ってくれたら四人分用意したのだけれど⋯⋯」


「いやいやいやいや! 言ってないんだから当然だよ! むしろ急にゴメン!」


 フローラには茶碗と食器が用意され、俺と美沙ちゃんが皿に二切れずつカンパした。


「んー、さっき外で待ってる時、いい匂いしてたけど、これだったのね!」


 フローラが感嘆したように油淋鶏を見る。


「いただきます!」


「いただきます」


「いただきます」


 パクパク。


「おいしいー! 美沙、アナタの料理ってプロ並みね! これを毎日食べられる忠之は幸せ者だわ!」


「うん、俺は幸せ者だ」


「もう、二人共。持ち上げ過ぎ⋯⋯ふふ」


 おお、いい雰囲気だ。

 さすがは女神様、人身掌握に長けていらっしゃる。

 いやー、耐えたー!

 完全に耐えたー!


 こうなると食も進むってもんだ。

 俺の茶碗が空になると、美沙ちゃんが「あ、お代わりよそうね」と言ってくれた。


 ああ、なんて気が効く娘なんだ⋯⋯。

 茶碗を渡し、美沙ちゃんが炊飯器へと向かった、その瞬間。


「あ、忠之。さっきのハプニング画像は美沙の前で消しなさいよ? 残してたらまた変な誤解されたままになっちゃうわ」


 フローラが⋯⋯美沙ちゃんからは見えない角度で、ニヤリ⋯⋯いや、ニタリと笑った。


 こ、コイツ⋯⋯!

 そうか、全てコイツの手のひらの上!


 コイツは恐らく普段の俺たちの行動を観察して、素早くシミュレーションしたのだ!


 だから灘さんの画像を消させる代わりに自分が、などと言い出し!

 俺が部屋を片付ける為に、ヤツを外で待機させる事を読み切り!

 玄関の外で、匂いから料理が出来上がったと判断し!

 鍵を掛けずに入室しつつ、焦らすようにして二人が迎えに来るのを待った!


 そして恐らくスキルか何かで、淳司くんや美沙ちゃんが来た丁度のタイミングで、はらりとさせるように見せたのだ!


 もしかしたら、女神特有の何かのスキルがあるのかもしれない!

 とにかくこの状況は、全てコイツの想定内なのだ!

 確証は無いが、俺のゴーストが囁きまくっておる!


 お代わりが届き、美沙ちゃんに渡される。

 美沙ちゃんも、何かこちらに無言の圧を掛けてきている⋯⋯気がする。


 俺はスマホを取り出し。


「もちろんだよ!」


 とだけ言って、二人の前で画像を消去した。



 俺が今日撮影したセクシー画像集!

 使用回数ゼロにて、全消去です!




 このクソ女神ぜってぇ約束守らせてヒィヒィ言わしてやるぜ!

 これもお前の想定内か!?

 俺のモチベーション上げるためか!?


 上等だ、『女神わからせ』キッチリやったるわ!



 割れ神ども、これ完全に八つ当たりだけど覚悟しとけやぁああああっ!

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