第51話 残念勇者は来訪者に出会う
東村忠之に少し遅れて喫茶店に入る。
彼はレジの注文口で待っていた。
「奢りですよね?」と再度確認があったので渋谷が頷くと、彼は飲み物と共に290円のチョコチップドーナツを十四個と、525円の季節限定のケーキを九個、つまりケースにあるだけ頼んだ。
職場や近所に配るらしい。
灘鏡子も「奢りですよね?」と聞いてきた。
現在の状況は、彼女の忠告を無視した形なので断れる雰囲気では無かった。
彼女は店舗限定の、ピスタチオをふんだんに使用した1350円のラテを注文した。
渋谷本人は一番安いブレンドコーヒーにした。
東村忠之は飲み物とフードを受け取ったのち、「あ、タンブラーも買っちゃおうかな?」と言っていたが、思いとどまってくれた。
テーブルに付くと、東村は開口一番に確認してきた。
「警察って事は、梁島のおじさんでしょ?」
この一言に、渋谷は頭を抱えたくなった。
まず自分たちの名前だけでなく、職業までバレている、という点。
こちらの職業から、東村忠之を把握したのが梁島氏経由だと推測しており、それは正にその通りだ、という事だ。
ここで違うと否定しても、東村は梁島氏に確認を取るだろう。
正直に答えつつも、梁島氏には迷惑がかからないようにしたい。
「確かに、アナタの事は梁島さんから聞きました、ですが⋯⋯」
「あー、いいよいいよ。別におじさんをどうこうしようと思わないから」
東村はどうでも良さそうに⋯⋯というよりは、むしろ少し嬉しそうに答えた。
「理由を聞いても?」
渋谷の問いに、東村は少し考えてから話し始めた。
「おじさんさ、昔っから知ってるんだけどさ」
「ええ」
「俺が家に行くと、いっつも素振りしてるワケ。で、子供の時に聞いたんだよ。『おじさんいっつも素振りしてるけど、嫌にならないの?』って。そしたらおじさん何て言ったと思う?」
「それは⋯⋯梁島さんは剣道の達人ですし、楽しんでる、とかですかね?」
「それがさ、『嫌で嫌で堪らない』って言ったんだよ!」
「⋯⋯えっ?」
「嫌で嫌で堪らない、でも、だからこそ、それを続けるってのは、自分に勝つって事だ、って。子供の時は良くわからなかったけどさ」
「⋯⋯」
「おじさん今回の件で、俺に相当ビビったはずなんだよね。でも、警察としての自分を曲げなかったって事だろ? 自分に負けなかったって事だ。それって⋯⋯スキルだなんだで強くなった気になるより、ずっと大事じゃないか?」
「⋯⋯はい、その通りだと思います」
東村忠之からとっとと逃げ出そうとした自分には、耳が痛い話だ。
チラリと見ると、隣の灘も神妙な顔をしていた。
「物事を土壇場で踏ん張れるってのは⋯⋯自分を信じるってのは、それまでどれだけ自分に勝ったかって事だ。それを俺に教えてくれたおじさんが、今も変わってなくて嬉しいね。だから⋯⋯本当に息子になれたら、嬉しかったんだけどな」
東村はそう言うと、少し寂しそうな表情を浮かべた。
おそらく、辛い異世界生活を乗り越えるうえで、その教えが役に立ったのだろう。
良い話だな、とは思う。
いや、良い話だからこそ、渋谷は思う。
──だったらアンタ、女の子のパンツを勝手に撮影してる場合じゃないっすよ、己の欲望に負けまくってるじゃん、と。
ともあれ、このやり取りでわかったのは東村忠之という人物の『傾向』だ。
恐ろしい力を持ちながらも、どうやらそれを無闇に行使する人間ではなさそうだ、という事。
現在勤め人である事からも、彼は一般社会という範疇に自分を置きたがっている。
ならば、こちらの言い分を少しは聞いてくれるかも知れない。
「東村さん、まずは我々の組織について説明させて下さい」
あまり細かくならないように、掻い摘まんで話す。
自分達は異世界から帰ってきた、通称『帰還者』を管理する業務を行っている事。
管理内容は帰還者の把握と動向調査、犯罪行為の取り締まりである事。
ここまで話すと、東村から質問された。
「その帰還者ってのは何人いるの?」
「うちの局で三名です。申し訳ありませんが、我々が把握している総数は言えません。特に⋯⋯梁島さんの話しを聞いたあとでは」
「⋯⋯ふーん。ならいいや、続けて」
「はい。総数は言えませんが、帰還者が発見される頻度は大体年に一人か、二人といった所です⋯⋯と失礼、電話に出ても良いですか?」
「どうぞ。あ、俺も課長に電話しとこうかな」
東村が席を外し、店の外に出た。
スマホのディスプレイには、依田の文字。
「もしもし、依田くん。もう新潟に? なるほど、長野県警経由で⋯⋯うん、うん⋯⋯うん? ⋯⋯わかった。実は今、一緒にいる。伝えてみる、うん、そのまま待機しといて」
電話を切り、渋谷は「はーっ⋯⋯」とため息をつきながら、額に手を当てた。
いつもはめったに仕事がなく、ボンヤリしてていい。
その気楽さが好きで、この仕事を続けているのに、今日は色々ありすぎる。
「どうしました? 局長」
「いや、さっきの『バオー』の件なんだが⋯⋯」
灘に伝えようとしたタイミングで、東村が戻ってきた。
「いやー、おかげさまで半休貰っちゃった。警察の捜査に協力するって言ったから、あとで課長に電話してくれない?」
「それはもちろん。あと⋯⋯東村さんにご協力頂きたい件が発生しまして」
「ん? 何?」
「良かったらこれから一緒に、新潟に行って貰えませんか?」
──────────────────────
今日知り合ったばかりの渋谷さんの頼みで、新潟に行く事になった。
懐深すぎるぜ⋯⋯まあ、スキルが使えるってバレている時点で、移動は苦じゃないし。
あと、彼らに協力して『帰還者』とやらの事についてもう少し知っておきたい。
まあそのためにも、貸しは作っておこう。
二人とも【転移】は使用できないらしいので、俺が連れて行く。
電車は面倒だからな。
奢って貰ったスイーツ類は、邪魔なのでアイテムボックスにしまった。
渋谷さんに指定された警察署に、三人で転移する。
任意の場所に転移できる事に、二人は驚きを通り越して呆れていた。
署内を歩きながら、渋谷さんに再度説明された。
「先ほどは簡単な説明になりましたが、私達は『帰還者』の他に『来訪者』⋯⋯異世界から来たと思わしき人物との接触も任されてます。朝、東村さんが灘とともに見かけたもう一人の局員となる依田が、言語関係のスキルを持っているので、最初の接触を担当しています」
「依田さん? ふーん⋯⋯で、その『来訪者』って奴が、俺に会いたがってるって事でいい?」
「はい。完全には言葉が通じないとの事で、断片的にはなりますが⋯⋯『勇者さま』『忠之さま』『呼んで欲しい』と言っているみたいです⋯⋯あ、ここです」
渋谷さんがドアをノックすると、中から「どうぞ」と返事があった。
チラリと視線で確認される。
俺は頷いて、自分でドアを開けた。
それほど広くない部屋の中にいたのは、朝見かけた局員。
そしてもう一人は──。
『なぜ、あなたがここに?』
『勇者さま! お会いしとうございました! お戻りのあと、お辛い思いをされたと聞き及び⋯⋯ご迷惑をおかけするとは承知しながらも、いても立ってもいられず、こちらに来てしまいました。お許し下さい』
そこにいたのは、絶世の美女。
俺がいた異世界で『聖女』と呼ばれていた女性。
──フローラ姫だった。
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