第50話 パンツ撮影会

 東村忠之に蹴り上げられた渋谷の上昇が止まる。

 対象物が無いため高度を把握できないが、過去スカイツリーから下を眺めた時よりも、街は遥かに小さく見える。


 下降が始まってすぐ、渋谷保は己の失態を自覚した。

 上昇が止まった瞬間に、【帰還】スキルで『局』に戻るべきだった。

 【帰還】スキルの発動で、直前に発生している慣性は消失するのか?──そんな実験した事がない。

 ならば試すのは慣性が消えた瞬間、つまり上昇が止まった瞬間でないとならなかった。

 落下が始まった現在、【帰還】で局へと戻っても、身体に掛かっている慣性がそのままなら、事務所の床に叩きつけられて即死だ。


「いやこんな状況、普通想定しないって⋯⋯」


 落下のせいで風の音がうるさく、思わず吐いた愚痴も耳に届かない。

 言い訳なんか聞かない、と言われている気がした。


 渋谷はスキルから【風魔法】を選択し、落下方向に最大威力で発動する。

 僅かながらの浮遊感とともに、やや落下速度の低下を感じたが、どうも焼け石に水だ。


 もうこの時点で、自分と東村忠之の間で、あらゆる点に差がある、と認めざるをえない。


 スキルの組み合わせで生み出す現象は、結果を想定する能力で大幅に変わってくる。

 どんな組み合わせかは不明だが、東村忠之は『スキルを組み合わせる事で、相手を墜落死させる・・・・・・』という発想ができる男なのだ。


 上昇にかかった時間はおよそ数十秒。

 なら、風魔法で落下速度を軽減したとはいえ、地面到達まで一分も無いはずだ。

 このまま墜落すれば即死は免れない。

 取りあえず今やるべきは──時間を稼ぐ事だ。

 

 【思考速度強化Ⅲ】を使用する。

 実時間は稼げないが、体感時間はこれで稼げるだろう。


「何か使える物あったかな」


 【アイテムボックス】の中身を脳内でリストアップする。

 あれでもない、コレでもない、とリストを確認していると、使えそうな物があった。


 渋谷はまずそれまでとは体勢を変え、空中で背中を地面に向けた。

 地面を見ない事で少し恐怖心を覚えるが、下向きだと風の抵抗が強過ぎで作業しづらい。


 次に靴と靴下を脱ぐ。

 まずは片足。

 手がふさがっているともう片足が脱ぎづらいので、【アイテムボックス】を使用し、中に放り投げた。

 もう片足も同じようにしてから、入れ替えるように中から『竜皮のマント』を取り出す。


 異世界で手に入れた逸品で、耐久性は折り紙付きだ。

 風でバサバサとはためき苦労するが、何とか四隅のうち、片方ずつを両手で持った。

 次に身体を丸めながら、手から足の指へとマントの隅を持ち替える。

 改めて【身体強化Ⅳ】を使用し、決して離さないように指で強く挟んだ。


 そのまま体勢を垂直にする。

 空気抵抗で背中に張り付いたマントの隅を両手で改めて持ち直した。


 身体を地面と水平に戻す。

 落下中にもかかわらず、身体が浮かぶような感覚。

 両手両足で四隅を持った竜皮のマントが空気を集め、簡易的なパラシュートとなった。


「あー、上手く行って良かった⋯⋯絶対死ぬかと思った⋯⋯」


 ただ、このまま落ちると目立ち過ぎてしまう。

 【隠蔽】のスキルも使用し、地上からは目立たないようにする。


 そのまま風に乗り、何とか吹き飛ばされたビルとは別のビルの屋上に着地した。

 かなり離れた場所だったにもかかわらず、東村忠之は当たり前のようにそこにいた。


「おー、やるじゃん。助けてやろうと思ったけど、いらない心配だったみたいね!」


「あー、どうも⋯⋯」


「じゃあ渋谷さん、バトルにする? 事情説明にする? それとも死ぬ?」


 うげ、名前がバレてる。

 【鑑定】の一種だろうか?

 だが、種族名はともかく、個人名までわかる鑑定など聞いた事がない。


「取りあえず⋯⋯靴下と靴を履いてもいいですか?」


「いいよ。変な動きしたら殺すけど」


「この状況で、抵抗したりしませんって。さっきも思わず手が出た⋯⋯ってより、それを誘いましたよね?」


「うん、そうだよ?」


 東村忠之は悪びれる様子もない。

 許可を得て、【アイテムボックス】へとマントをしまい、靴下と靴を取り出して履く。


「あ、じゃあ事情説明でお願いします」


「了解。じゃあ下の喫茶店に行こうか⋯⋯奢ってくれるよね?」


「もちろん。こちらがお時間頂くわけですから」


「良かった⋯⋯でも、渋谷さんはなんか駆け引き上手っぽいから不安だな。彼女にも同席してもらいたいな」


「⋯⋯彼女?」


「ははは、とぼけちゃって」


 パチン、と東村が指を鳴らした。

 すると、目の前に灘鏡子が現れた。


 そういえばさっき着替えをすると言っていた。

 ちょうどシャワーを浴び、服を着替える所だったのだろう。


 上は着替えが終わっていたが、下は今まさにズボンを履こうとしている所だった。


 灘は状況を確認した瞬間、口元を両手で抑えた。

 吐きそうになったのだろう。

 ズボンは足首までパサッと落ちた。


 東村忠之はポケットから高速でスマホを取り出し、パシャっと音をさせた。

 どうやらこの一瞬で判断し、灘の姿を撮影したようだ。

 状況判断が早すぎる。

 そのままアングルを変えつつ、三回ほど撮影していた。


 これは【思考速度強化】も、尋常じゃないレベルだろう。


「あー、変なタイミングで呼び出してごめんね? 完全に事故だからさ。しかし、可愛いパンツ履いてるね」


「なっ、ななな、ななっ、なっ、突然、なんで!?」


 口元を抑えつつ、顔を真っ赤にしながら彼女は狼狽する。


「【呼び寄せ】のスキル。本来なら仲間を呼ぶスキルだけど、朝の時点で対象に設定しといたから。じゃあ、下の喫茶店で待ってるねー? 渋谷さんに鏡子ちゃん⋯⋯あっ、パンツ姿ありがとうね!」


 東村忠之は、ひとまずお先といった感じで姿を消した。

 


 屋上に取り残された二人だったが、まず灘はズボンを上げ、ベルトを閉めて「ふぅ⋯⋯」と溜め息をついてから、局長の渋谷へと歩み寄った。


 そのまま胸ぐらを掴み、叫ぶ。


「だからぁ! アイツに関わるなっていったじゃないですかぁああああっ!?」


「ごめーん!」

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