第45話 残念勇者は涙に誓う

 旧加藤家での荷造りも終わり、いよいよ東京へ引っ越す日が決まった。

 当日はもちろん美沙ちゃんたちを迎えに来た。


「本当に⋯⋯わざわざありがとう、東村くん」


「いいよ。移動にも慣れたから」


 まあ、基本的に【転移・GoogleMap参照】だからね。

 もちろん内緒だけど。


 新山口までは丈一郎氏の運転で送って貰う。

 最近は彼も丸くなったらしく、美沙ちゃんとも少しずつコミュニケーションを取っているようだ。

 ふっふっふ、裏返した甲斐があったってもんだ。


 車中、丈一郎氏が心配そうに言った。


「美沙⋯⋯しかし、本当にいいのか? お金の事は⋯⋯」


「うん。淳司と二人で、できるだけ頑張りたいの。私これまで働いた事なかったし。学業と、パートになると思うけど、できるだけやってみる」


「そうか⋯⋯でも、何かあったら遠慮なく言いなさい」


「うん、ありがとうお父さん」


 うーん、美沙ちゃんは偉いなぁ。

 俺なんて学生時代は、仕送りとバイト代を趣味に注ぎ込むドラ息子だったもんなぁ。


 一時的にでも家庭を持つとしっかりするのかね?

 あ、俺も所帯持ってたんだったわ。

 しっかりしないとな、今後は。


 車を駐車場に止め、駅の構内へ。

 新山口の改札で、丈一郎氏は俺に深々と頭を下げた。


「東村くん、どうか美沙と淳司をよろしくお願いします」


「はい、俺ができる範囲でサポートしますので」


 そのまま東京行きの新幹線に、三人で乗り込む。

 奮発してグリーン車だ。

 念のため三席取ったが、淳司くんは俺の膝に座る事になった。

 おしぼりはしっかりゲットだぜ。


 出発してしばらくは、窓の外を見ていた淳司くんだったが、岡山を過ぎた辺りで寝てしまった。

 うーん、淳司くんは可愛いなぁ。

 ギャーギャー騒がないし、鷹司の遺伝子が入ってるなんて信じられないくらいだ。


 顔も吉野家風というか、美沙ちゃんと丈一郎氏の面影が強い。


「東村くん大丈夫? 重くない?」


「全然平気」


 ふっふっふ、勇者たるもの、子供を抱えて新幹線に乗るなんて序の口よ。

 しばらく何を話すでもなく、そのまま揺られていると、美沙ちゃんがクスクスと笑い出した。


「どうしたの?」


「ごめんなさい、思い出し笑い。お父さんの私への態度とか、東村くんに頭下げたりとか、あんなの見た事なかったから、つい」


 ふっ。

 君が笑ってくれるのなら、トコトン追い込んだ甲斐があったよ。

 娘の笑顔の為になったと思えば、丈一郎氏も俺にフルボッコにされた事も本望だろう。


 視線を美沙ちゃんから、窓の外に移す。

 しかし、今日であの日──二人の裏切りを知ってからの事も一段落だな。


 鷹司は丈一郎氏が手はず通りに、遠洋漁業へと従事させる事が決まった。

 香苗はもう子供を産むしかないだろう。


 二人がくっつくかどうか?

 それは知らない。


 だが、たぶん剛毅さんは許さないだろう。

 娘に後ろ指さされるような真似をした男を、招き入れたりしない気がする。


 水野はTV局を依願退職し、県外に出たらしい。

 恋人とも別れたそうだ。

 その後どうなったかにはあまり興味がない。

 安定した職場と、恋人との別れ。

 まあ、充分だ。


 あっという間の半年。

 まあ、それなりにやり遂げたという達成感はある。


 これで、クエスト終了だな。


 俺が感慨に耽っていると──頬に触れる物があった。

 窓の外から視線を戻すと、美沙ちゃんがおしぼりで俺の顔を拭いていた。


「どうしたの?」


「だって東村くん──泣いてるから」


「えっ?」


 反射的に、美沙ちゃんが拭いてくれた頬とは反対側を指で触れた。

 彼女の言うように、そこは濡れていた。


「あれ⋯⋯何でだろ?」


「何でも何も⋯⋯あたりまえじゃない。東村くんは──ちょっと無理し過ぎだと思う」


「無理? 俺が?」


「うん」


 美沙ちゃんはそのまま両手を伸ばし──俺の頭を胸に抱えた。


「友達と、恋人に裏切られたんだもん。傷付かないハズがないよ」


 ⋯⋯やめてよ。

 やめてよ、美沙ちゃん。


 そんなに優しくされたら、俺、気付いちゃうじゃん。

 自分が傷付いちゃってた事を、自覚しちゃうじゃん。


「見た目がちょっとワイルドになったからって、そんな所まで野生味出さなくていいと思うよ?」


「野生味?」


「うん。野生の動物ってさ、痛くても、本当は調子が悪くても、絶対それを表に出さないように頑張るんだよ? 弱った所を見せたら、狙われちゃうから」


「⋯⋯」


「だけど、東村くんは人間だもん。傷付いたのなら⋯⋯いつだって、泣いていいと思う」


 ⋯⋯本当に、もう、やめてよ、美沙ちゃん。

 俺が、俺についた嘘を、暴かないでよ。


 何が女神に感謝だよ。

 あのクソ女神が、俺を助けるために、異世界に召喚するわけない。

 そんな事、俺、わかってたよ。


 俺は弱い。

 弱すぎるんだよ。


 自分が傷付いてる事を、認めたくなくて。

 このままだと、自分が壊れると自覚したから、自分が壊れてしまう前に、アイツらを壊そうと思ったんだ。


 どうしても許せなかったんだ。

 だから途中で言って欲しかった。


「裏切ってごめん」

「嘘をついてごめん」


 せめて、その一言が欲しかった。

 少しだけでも、俺に誠意を見せて欲しかった。

 だけど、それが無いんなら、もう俺が俺の心を守るために、トコトンやるしかないじゃないかよ。

 そして、俺はそれができてしまうんだよ。


 他の人間なら必ず『落とし所』がある。

 法律やなんやかんやと、ブレーキがある。


 無いんだ、そんなものは、俺には!

 もうそんなのは、異世界に置いて来てしまったんだ!


 だからこそ、どこかでアイツら自身に、俺にブレーキを掛けて欲しかったんだ!

 なのに、あいつらは、俺の心を裏切り続けやがったんだよ!


 俺は相手に止めて貰わないと、止まれない。

 弱いくせに、何でもできてしまう──残念な勇者なんだ!


「美沙ちゃん、俺、悔しかったんだ⋯⋯! 何でそんな事できるんだよって、友達だと、思ってたのに、大好きだと、信じてたのに、何で、アイツら、あんな事しようと思えるんだよぉお⋯⋯! ちくしょおおおおっ!」


「うん、うん」


 一度見せた弱味は、もう止まらなかった。





「次は、新大阪~」

「次は、京都~」

「次は、名古屋~」


 新幹線が次々と停車駅を告げる間、美沙ちゃんはその間ずっと、俺の頭を撫でてくれた。


 その間に、俺は誓った。

 先日、今の俺と同じように、泣きじゃくる美沙ちゃんが口にした願い。


 これからしばらくは、美沙ちゃんの恋人探しだ。

 この先、美沙ちゃんが好きになった男が、美沙ちゃんを好きになるようにする。

 それを全力でサポートする。

 友人代表の俺には、どうやらその資格は無いようだし、今後は自制しなければ。


 今感じてる、この感情を、これ以上育てないように。



 グリーン車にして良かったと思った。

 座席が広いこともそうだが、なにより手すりが固定されている。


 もし、手すりが細く、跳ね上げられる普通車だったら──俺はもっと、美沙ちゃんの胸に深く飛び込んでしまいそうだったから。


 



────────────────

 

 はい、東京駅にて。

 勇者は完全に復活した、もう完璧に大丈夫だ。


「忠之お兄ちゃん、目が赤いよ?」


「ははは、お兄ちゃんも寝ちゃってね」


「ふーん」


 ふっ、淳司くん。

 この勇者の弱点をすぐさま見抜くとは、なかなか将来有望なわらしよ。


「じゃ、行こっか」


 弱さをさらけ出したせいで、ちょっと気恥ずかしい。


「うん、行きましょう」


 美沙ちゃんは何もなかったように、俺に微笑んでくれる。


 ああ、この娘。

 包容力えぐいなぁ。


 美沙ちゃんもそうだけど、俺も次を探さないと。 

 こんな、包容力が高い娘がいいなぁ、よし、頑張ろう。


 女心に疎くても、異世界で宝探しは得意だったからな。

 きっと、見つかるさ。


 淳司くんを真ん中に。

 両サイドに俺と美沙ちゃん。


 俺たちは三人並んで──新生活へと歩き出した。



──第一部・完──






──────────────────────


あとがき


ここまでで、第一部完結です!

読んで頂きありがとうございます。


二部はまだ開始したばかりなので、いったんここでストップする人もいらっしゃると思います。

二部は話が溜まってから読もう、みたいな。


なので、この第一部完結を機に、ここまでの話を評価して頂ければ幸いです。


「面白かった」

「二部も頑張れ!」


という方は、是非作品フォローや★で本作を応援して頂ければと思います!


よろしくお願いします!



 ※大好評を頂いた「本作を『百倍(当社比)』楽しめるお知らせ」について


 毎回あとがきだと長いので、こちら近況ノートに移動しました。

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