第44話 残念勇者は心の中で涙する
気絶した丈一郎氏を、またポーションで起こそう。
まあ、低級でええやろ。
ポーションをパッパッと振り掛けてしばらくすると、丈一郎氏は目を覚ました。
起き上がってからも、やや警戒したようにこちらを見ている。
「やだなぁ、もう一本取ったから終わりですって! 対戦ありがとうございました!」
俺が頭を下げると、丈一郎氏はやや困惑したように返事をした。
「あ、いや、こちらこそ⋯⋯」
「で、ですね。ついでなんで、鷹司から離婚届と、慰謝料として財産分与を放棄する旨を認める同意書、この二つにサイン貰って来てもらえますか?」
「これから?」
「善は急げっていいますし。あ、俺が来てる事はナイショにしといてくださいね?」
「⋯⋯わかった」
そのまま丈一郎氏は鷹司の元へ。
しばらく待っていると、書類片手に戻ってきた。
「じゃあ、これで」
差し出された離婚届と示談書には、確かに鷹司のサインがある。
よし、これでミッションコンプリートだ。
「ありがとうございます、じゃあ家まで送って貰って良いですか?」
「⋯⋯ああ」
もう、元気ないなぁ。
考え事なんかしちゃってさ。
何かあったのかな?
「じゃあ、帰りの車の中で、軽く打ち合わせしましょう」
ということで、車の中で美沙ちゃんへどう話すか打ち合わせをする。
ただ、丈一郎氏はどこか心ここにあらず、といった感じだ。
そんなショック受けるなよ、ただフルボッコにされて死の恐怖感じたくらいでさぁ。
切り替えてけよ、もう!
道中話は盛り上がる事もなく、アンニュイ丈一郎氏が運転する車は美沙ちゃんのいる家へと戻り、二人で中に入った。
「お帰りなさい⋯⋯で、何の話だったの?」
丈一郎はなんか頼りにならないので、美沙ちゃんには、俺から打ち合わせ通りに話した。
鷹司が離婚に同意したこと、親権や財産分与は放棄、これによって鷹司の貯金は全て美沙ちゃんの物になる事などを伝える。
「⋯⋯って感じですよね、吉野さん?」
「ああ。東村くんに、娘さんの幸せをもっと考えろと強く説得されてね。私も考えを改める事にしたんだ」
「そう⋯⋯なの?」
「ああ。彼は今時珍しい、誠実な青年だ」
いや、打ち合わせに無いこと言って、俺を持ち上げなくていいって。
そういうのからボロが出るから!
丈一郎氏の言葉に、美沙ちゃんは俺に頭を下げた。
「ありがとう東村くん⋯⋯何から何まで⋯⋯」
「いや、美沙ちゃんのおかげで、俺も色々助かったから」
そう。
あの動画を『自分が撮影した』と美沙ちゃんに言って貰ったおかけで、何もかも上手く言ったのだ。
俺達が礼を言い合ってると、丈一郎氏が割り込んで来た。
「美沙、お父さんから一つ提案がある」
あ、そうだ。
それがあった、忘れてた。
いいねぇ丈一郎、ナイスフォロー!
「そうなんだよ、美沙ちゃん。吉野さんが東京での生活費やら学費やら、全部面倒見てくれるって。だからお金の心配は⋯⋯」
「あ、いや、それもあるんだが⋯⋯」
「えっ?」
ちょっとちょっと吉野さん?
打ち合わせ通りにして?
まさかコイツ⋯⋯まだ自分の立場わかってねぇのか?
自殺志願かな? よっしゃわかった次はトコトンだぜ?
「美沙⋯⋯東村くんと再婚しなさい。バツイチ同士だし、丁度いいだろう」
⋯⋯はっ?
いきなり、何?
オッサン気が狂ったか?
「⋯⋯どういうこと?」
俺が聞く前に、美沙ちゃんが眉を寄せながら疑問を投げた。
丈一郎氏は「コホン」と咳払いして、理由を話し始めた。
「二人で話してみてわかった⋯⋯いや、確信した。東村くんは、今後大成する人だ。鷹司くんなんかよりも、彼と一緒になれ。きっと美沙も幸せになれるし、何より吉野家は安泰だ!」
そんな戯れ言をほざきながら、丈一郎氏は俺の反応をチラチラと見てくる。
こ、コイツ⋯⋯!
効き過ぎた! 俺の『毒』が!
一周回っとるやんけ!
ここに中国拳法の達人がいたら、『裏返ったァッッ!』って叫んでるぞ!
あ、あれか!
ビビり過ぎて『家族になればさすがに心配いらないよね?』みたいなレベルまで、精神的に追い込まれちゃってるのか! やり過ぎたわ!
メンドクセー流れにするなよ、マジで!
どうすんだよこれ!
いや、ここはとりあえず、美沙ちゃんの出方を⋯⋯ん?
美沙ちゃんは──体をブルブルと震わせたあと、叫んだ。
「お父さん! そういうの! 良くない!」
「あのー、美沙ちゃん?」
「東村くんは、少し黙ってて!」
「ハイッ!」
「そうやって、私の事、勝手に決めないで! 私は⋯⋯私、は」
美沙ちゃんの目に涙が浮かぶ。
あーあ、泣かした。
丈一郎何とかしろー。
「東村くんは、素敵で、私なんかに、勿体ないと思うけどぉ⋯⋯お父さんが決めたから、結婚とか、もう、イヤなのぉ⋯⋯私が好きな人が、私の事を好きになってくれて、それで、結婚したいのぉ⋯⋯なのに、何よ、吉野家の為とか言ってぇ、もうやだぁ⋯⋯」
美沙ちゃんの言葉に、丈一郎氏は絞り出すように
「スマン⋯⋯」
とだけ呟いた。
おっ、謝れたね! 成長したな丈一郎!
⋯⋯しかし、だ。
うーむ、これは!
さっきまでは俺が『オッサンわからせ』してたはずなのに⋯⋯東村忠之、完全にわからされました!
俺、結構頑張ったつもりでしたけれども!
美沙ちゃん的には、これってあれですね!
『いい人だとは思うけど、俺なんて完全に友人枠で、結婚相手とか、ストレートに言っちゃえば夜のお相手する対象としてなんて、絶対考えられない!』
そういう事ですな!
ハイ、了解いたしました!
今後しばらくは童貞を守らせて頂きます!
⋯⋯だから何で告白したわけでもねーのにフラれるみたいな扱いされなきゃいけねーんだよおおおおおおっ!
美沙ちゃんはその後もしばらく泣き続けた。
丈一郎氏は、借りてきた猫のようにシュンとしていた。
そして、二人は全然気付いてないかも知れないけど──俺も心の中で泣き続けた。
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