第43話 残念勇者は脅しまくる

 俺が吹きかけたタバコの煙に、丈一郎氏が目をしばしばさせる。

 んー、いい反応ですなぁ。

 いやぁこの『ずっと俺のターン!』って感じはヤッパリいいな。


 恨みがましい目をしながら、丈一郎氏が聞いてくる。


「お前、は⋯⋯こんな事して、楽しい、のか?」


「ん?」


「ここまでの試合でわかる⋯⋯お前はすぐにでも、私から一本取れる、それを、こんな、いたぶるような真似を⋯⋯」


 ふっ。

 何言ってんだこのオッサン、愚問過ぎワロタ。


「いや、この楽しさ一番知ってるの、吉野さんですよね?」


「なっ⋯⋯」


「いやいやいやいや! 何惚けてるんですか! 料亭で俺に金払う時、『君は鷹司に男としての魅力に負けた』とか『小金かき集めて浅ましい』とか好き勝手言って、俺を精神的にいたぶってましたよねぇえええ!? めちゃくちゃ楽しそうでしたけどぉおお!?」


「⋯⋯楽しんでなど」


「さっきも俺の父親の事匂わせたり、美沙ちゃんビンタで黙らせたりしてましたよね!? 自分は普段立場や金使って他人相手に好き勝手やってるクセに、やられる立場になったら『人をいたぶるのか』とか、どういう神経してたらそんな妄言吐けるんですかぁあああ!?」


「⋯⋯くっ」


「そもそもこの柔道だって、俺を懲らしめてやろうとか、不純な動機で受けたんでしょぉおおお? それが負け確状況になったら相手非難し始めるとか、小学生のワガママかよ! バァアアアーカ!」


 俺の言葉に、丈一郎氏の顔が『グヌヌ⋯⋯』と歪む。

 いやぁ、オッサンの『グヌ顔』はいつ見てもいいですなぁ。

 でもね?

 俺と君では、決定的な部分が違うんだよなぁ。


「ただ俺と楽しみ方はちょっと違いますけどね」


「⋯⋯?」


 そのまま、丈一郎氏の顔の目の前、至近距離まで顔を近づける。


「アンタは自分より弱い人間を見つけていたぶる! 俺は『自分の方が強いと勘違いしている人間にわからせる』っつー、似てるけど全然違う楽しみ方なんですよ! あーっはっはっはっは!」


 いやぁ、愉快愉快。

 さぁ、戦いでは俺に勝てない、口でも敵わない、こうなった時の、悪徳貴族様の出方は、これまでもたいてい一つだった。


 そろそろだろ? 丈一郎くん?

 

 丈一郎氏は体をブルブルと震わせたのち、俺を睨み付けた。


「私に⋯⋯ここまでの事をしたんだ、覚悟はできてるんだろうな?」


 そう!

 この人たちバカなの!

 最終的には脅しに走るんだよねぇ!


「えっ? 何が?」


「君は完全に、私を敵に回した⋯⋯そう捉えていいんだな?」


「えっ? 脅しですか?」


 さらに言葉を引き出すため、ワザととぼける。


「脅し? 何を言っている。ここまでされたら私も容赦しない。覚悟しろ」


「いやぁ、覚悟なんていらないっすね」


「ふん、せいぜい言ってろ」


「だってアンタ──ここで死ぬんで」







 サラッと放たれた言葉に、丈一郎氏はキョトンとした表情になった。


「死ぬ? バカな──」


 俺の言葉を丈一郎氏が否定しようとした瞬間、スキル【威圧】を発動する。

 丈一郎氏の顔が、一瞬で恐怖に歪む。

 左手は掴んだままだ。

 勇者からは逃げられないよ?


「いや、俺の父に何かするんでしょ? なら殺すしか無いじゃないですか⋯⋯違います?」

 

 それまでのウッキウキ顔ではなく、表情は消した。

 そのまま、ただ丈一郎氏を見る。

 この表情は、相手を虫けらだと思うのがコツだ。


「⋯⋯あ、いや、違っ」


「いや、人を脅すんですから、その反撃で殺される事くらい覚悟してるでしょ? 俺は家族を守る為だったら、イヤイヤだけどやりますよ、別に」


 そんな覚悟無いよね!

 今まではそれで何とかなったんだもんね、君の人生!

 今の状況と、スキル【威圧】。

 この二つが組み合わさる事により、丈一郎氏の頭には『死の予感』が濃く漂っているだろう。


 あめーよ丈一郎。

 脅迫ってのは──場を整えてからやるんだよ!


 次第に状況を認識できたのか、丈一郎氏が慌て始めた。


「ち、違う、違うんだ! いや、君の家族に迷惑かけたりしない!」


「いやぁ、信用できないですね。アンタも言ってたじゃないですか、俺メチャクチャ小者なんですよ。そんな言葉信用しろって言われても無理なんで、なんせ小者だから」


 ケッケッケッ。

 どう? 自分の発言が返ってくるこの感じ。

 たまらないだろ? 吉野丈一郎。

 そのまま言葉を続ける。


「だからアンタを放置してると、心配で夜も寝られないと思うんですよ。だから安心して眠るためにも、アンタを殺すしか無いんですよ、だって小者だから」


「違う! いや、違うんです! 許して下さい! わ、私が間違ってました、こ、こ、殺さないで!」


 命乞いには返事をせず、しばらく黙る。

 国光くんの時もそうだが、沈黙ってのは強力だ。

 黙っていると、相手が勝手に色々と想像し、右往左往する。


 恐怖、焦燥、僅かな希望、相手の反応。

 思考が定まらず、脳という迷路をグルグルと、色々な考えが走りまわる。


 およそ三十秒。

 だが、丈一郎氏にとっては数時間に感じただろうこの沈黙を、俺は破った。


「──いや、信用ならないっすね。死んで貰います」


「お、お、お、お願いします! 何でもします! 本当です! 助けてください!」


 効くよねぇ! 沈黙からの『ダメでーす!』は!

 これマジ『効果は抜群だ!』なんだよね!


「何でもする? 本当ですか?」


「はい、はい!」


 うんうん、いい感じだ。

 ここで『殺せるもんなら殺してみろ!』って言った奴はまだいないもんな。


 俺はすでに消えたタバコを捨て、再度新しいものに火をつけた。

 また顔に煙を吹きかけたあと、タバコを丈一郎氏に渡す。

 タバコを受け取った丈一郎氏は、キョトンとした表情を浮かべた。


「⋯⋯?」


「じゃあ、それで自分の眼球焼いて下さい。俺は優しいんで、どっちの目かは選んでいいですよ。もちろん、両方でもいいですけど?」


 そのまま、またしばらく黙る。

 丈一郎氏は言葉の意味がしばらく理解できなかったのか、何度か俺とタバコを見比べたあと、間抜けな声を出した。


「⋯⋯えっ?」


「いや、だから目ん玉焼けつってんの。そこまでしたら信用してやるよ」


「い、いや、それは⋯⋯」


「はぁあああ? お前さっき何でもやるって言ったよなぁあああ? じゃあやれよ! やらねぇんなら⋯⋯」


 顔をグッと寄せ、ニヤリと笑う。


「ヤッパリ信用できないから──死ね」


 そのまま、再び沈黙。

 丈一郎氏の身体は、それまで以上にブルブルと震え出す。

 そのまま、彼は操られたように、タバコを顔の前に持ち上げた。


「いやぁ、そんなに震えてたら狙い定まらないっすよね? なら両手使っていいですよ」


 それまで拘束していた手を離す。

 丈一郎氏は、自由になった手で、タバコを持った手を支えるようにして──。


「あっ、あああっ、ああああああっ!」


 叫びながら、タバコを顔に近づけた。

 ジュウウウッ!


 音とともに、肉の焦げる匂いがする。


 タバコは──目に当たる寸前に掴んだ、俺の手の中で消えた。

 同時に、スキル【威圧】を解除する。


「はぁっ! はあっ! はあっ! はあっ!」


「やだなぁ吉野さん! 何マジになってんですか!」


「はあっ! はあっ! はあっ⋯⋯えっ?」


「いや、冗談ですよ! 冗談!」


「冗⋯⋯談?」


 俺は吉野氏の肩に手を置き、笑顔を浮かべる。


「だって吉野さんが言った、俺の父に何かするとかなんとか、あれって──冗談ですよね?・・・・・・・


「じょ⋯⋯」


「えっ? もしかして違いました?」


「いえ! あの、はい! あ、あれは冗談です! 本当に何かする気なんてありません!」


「ですよねー? だから俺も冗談言ったつもりなのに、本当にタバコで目を焼こうとするなんて、迫真の演技でしたよ! 冗談にかける意気込みが違いますね! 流石はオリンピック強化選手ですね!」


「は、はは、あ、ありがとう、ござい、ます」


 ふふふ、良かったね丈一郎くん。

 君が美沙ちゃんのお父さんじゃなければ、もうちょっと先があったよ。

 

「俺が本気で、美沙さんのお父さんを追い込もうだなんて、するわけないじゃないですか、いやだなぁ、ハハハハハハハハハ」


「はは、ははは⋯⋯」


「で、俺、吉野さんに色々お願いしたい事あるんですけど⋯⋯良いですかね? もちろんイヤならいいんですけど⋯⋯」


「いや! 私ができる事なら、しっかりやらせて貰います! 遠慮なくおっしゃってください!」


「分かりました、まずはその敬語やめて貰っていいですか?」


「えっ、しかし⋯⋯」


「やめろつってんの」


「は、はい、じゃない、う、うむ」


 なんだこの弱気なラオウみたいな感じは。

 まあいいや。


「まず、さっき言ってたように、美沙ちゃんの今後の生活のサポート。これはしっかりお願いします」


「わかりま⋯⋯いや、わかった」


「あと鷹司なんですけど⋯⋯吉野さんが今回の費用立替えてるんですよね?」


「そうで⋯⋯そうだ」


 そ、そ、そうで、そうだ、かな?

 何活用だよ。

 まあいいや。


「だとしたら自己破産とかくだらない逃げ方されるのイヤなんですけど⋯⋯なんかいいアイデアありません?」


「鷹司くん、か⋯⋯」


 丈一郎氏はしばらく考えたあと⋯⋯何か思い付いたように、俺に言ってきた。


「ウチの関連会社に、水産加工部門がある⋯⋯そのツテで遠洋漁業に従事させれば、変な考えを持ったりしないと思うが⋯⋯」


「ナイスアイデアじゃないっすか! 流石です!」


「そ、そうかね?」


「はい、そういうツテは俺には無いんで⋯⋯本当に助かります!」


 ふふふ、脅したあとは褒めて伸ばす。

 まあ、今はこの二つくらいかな?


「じゃあ吉野さん! そんな感じでお願いします!」


「ああ、わかった」


「じゃあ、ちょっと立ってください」


「⋯⋯?」


 俺の言葉を受け、丈一郎氏が立ち上がる。

 まだ恐怖心はあるだろうが、それでもさっきよりは安心しているだろう。

 こらこら、油断大敵ですぞ?


「それで、本当に、大変申し訳ないんですが」


「な、何かね?」


「勝負は、勝負なんで」


「えっ?」


「じゃあ、失礼します!」


「えっ? えっ?」


 俺は油断した丈一郎氏の奥襟と、袖の部分を掴み──払い腰で投げた。


 バチコォオオオオン! と、畳の無い床にたたきつけられ、鈍い音がする。

 油断していた丈一郎氏は、ろくに受け身も取れずに投げられ、再び白目を剥いた。


 ピクピクと痙攣する丈一郎氏を尻目に、俺は心の師、ストリートファイターのリュウ先生の勝ちポーズを模し、腕を組んで横を向いた。


 東村忠之選手!

 いっぽぉおおおおおん!

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