第42話 残念勇者はやられたらやり返す
さて、ここで真・昇竜拳からの一煽りしたのは、何も相手をバカにするためだけではない。
もちろん考えがある。
俺は吉野氏をこう分析している。
『自分で自分に嘘をつく、つまり言い訳を探すのが上手い人物』だと。
俺は彼の『若い頃に全日本選手権三位になった。オリンピックの強化選手にも誘われたな。家業を継ぐために断ったが』という発言を疑っている。
『全日本選手権三位は事実だろうが、おそらく、オリンピックの強化選手には誘われていない』と。
全日本選手権三位はおそらく事実だろう。
それは調べればおそらく確認できる事だからだ。
だが『オリンピック強化選手に選ばれた』こちらは怪しい。
もちろん俺が疑いすぎ、という可能性もあるが⋯⋯嘘だって囁くんだよなぁ、俺の『
なぜか?
体裁や見映え⋯⋯つまり『肩書き』にこだわるこの男が、オリンピックの強化選手に誘われたりしたら飛び付くのではないか? と思うからだ。
『全日本選手権三位になりました』
『オリンピック強化選手でした』
この両者を比較すれば、一般的にはおそらく後者の方が『凄そう』というイメージを持つはず。
それは後者の方が『世界レベル』という印象を与えるからだ。
つまり俺の考えでは、コイツは現役時代から
『いやーもしオリンピック強化選手の打診きたらどうしよっかなー、家業継がなきゃいけないんだけどなー(チラッチラッ)』
的な、ある種の『保険』みたいな事を、当事から周囲に吹聴しており、実際打診が来なかったあとは
『あー、俺が家業の事言ってたから協会も気を使ってくれたのかなー? まあちょうど良かったなー、打診貰っても受けれたかわからないもんなー、俺もなー?』
みたいな強がりをし、いつしかそんな嘘を自分自身が信じ込んでいる⋯⋯実際は打診が来なかったのに『実質的にはオリンピック強化選手に選ばれていた』とねじ曲げ、己に信じ込ませてる⋯⋯と見ている。
じゃあこんな考えをする人間に、俺がいきなり柔道で一本取ったところでどうなるか?
勝負後すぐはともかく、時間が立てば立つほどに、『たまたま』『調子が悪かった』『勝ちを譲ってやった』などと言い訳を並べるに決まってる。
だから俺は場を作る事にした。
最初はあくまで『俺の挑戦を受けた』という立場から、『俺に挑む立場』に変えていく。
勝負にドンドン、のめり込ませていく。
最初は『何も知らないガキに、わからせてやる』くらいのテンションだっただろう。
それが今は『このクソガキを何としてもわからせてやりたい!』に変わってるはずだ。
わからせと言えば、ザコザコ煽りは定番ってワケ。
そしてズルズルと、言い訳できない泥沼に沈めていく。
コイツがその沼に、肩まで浸かったら──トドメをさしてやる。
「わかりましたよー! じゃあオレが手加減すりゃーいいんですねぇぇえええ? もう反則しないから、柔道やりましょうよ、柔道!」
「きさまぁ! 言いたい事はそれだけかぁ!」
丈一郎氏が再び掴みかかってくる。
俺はワザと手を前に差し出した。
「ほら、自由に投げていいですよ」
「バカが!」
丈一郎氏は、右手で奥襟、左手でこちらの袖の肘あたりを掴んだ。
そのまま回転し、俺を腰で担ぎながら足を払った。
基本の『払い腰』って奴だろう。
俺は投げられながら袖の掴みを強引に振り解き、空中で身体を一回転させ、足から着地した。
「あれ? 投げさせてあげたんですけど⋯⋯まさか、倒れてあげなきゃダメっすか?」
「こ、このぉおおおっ!」
わはは、ドンドン投げろー。
そのまま何度か投げられる、何事も無く着地、を繰り返した。
「バカな⋯⋯」
こんなはずじゃない、そんな焦りが丈一郎氏の顔に浮かんだ頃、俺は仕掛けた。
「んじゃ、そろそろ俺の番ですかねー?」
ガシッと、丈一郎氏の両手首を掴んだ。
そのまま、両手をバンザイするように振り上げる。
ぶん⋯⋯と、丈一郎氏はオレの頭上で逆立ちしているような格好になった。
「ひっ」
短く聞こえる悲鳴。
俺は意に介さずにそのまま──洗濯物のシワを伸ばすような動きで、地面に叩きつける。
バッチーィイインと、道場に音が響いた。
「ゲポォ」
丈一郎氏は腹部を強打したせいか、声変わりしたてのカエルのような音を喉から漏らした。
「イッポォオオオオオン! じゃないか! 思いっきりお腹からだったわ!」
一度手を離し、倒れてる丈一郎相手に再び煽りタイムだ。
「弱すぎなんだけどマジ! 誰こいつをオリンピック強化選手にしようって言った奴は! 誰だよこいつをオリンピック強化選手にって言った奴は出てこいよ! ぶっころしてやるよ俺が! よーえーなまじオリンピック強化選手とか言ってまじで! さっきからダウンしてるだけじゃねえか! そういうゲームじゃねえからこれ!」
ふっふっふ!
これは格ゲー史上、屈指の名煽りをアレンジさせて貰った。
この煽りは、もし『オリンピック強化選手』に選ばれていなかったら、さらに効くというイヤらしさなのだ。
「反則なしにしてやってよー? それで自由に投げさせてやってよー? それで俺から一本取れねーんだったら、お前どうやったら俺から一本取れるんだよー?」
そう、これ。
元々は俺が一本取るハズのゲームを、相手が意地でも一本取りたくなるゲームに変える!
最初はコッチのわがままで始まったはずなのに、いつの間にか、俺が『付き合ってやってる』に変えていく。
いやぁ、楽しいねぇ! って⋯⋯ん?
じょ、丈一郎殿がまた気を失ってごさるー!
俺のせっかくの煽り、聞こえてないでごさるー!
今度は【中級ポーション】をかけてやる。
これで多少元気になるだろう。
丈一郎氏が再び目覚める。
「いやー、吉野さんちょっと弱過ぎませんか?」
「お、お前⋯⋯」
「あー、もう吉野さんが俺から一本取ったら勝ちでいいっすよー? じゃあ俺今度は片足で立ってますんで、ほら」
宣言通り、片足で立ちながら、両手を差し出す。
表情に一瞬のとまどいを見せながらも、丈一郎氏が再び俺を投げようとした。
が、今度は投げられてさえやらない。
片足なのに、ビクともしない俺に、丈一郎氏の表情に焦りが浮かぶ。
そこに、追撃だぁあ!
「あれぇ? その体たらくで、本当にオリンピック強化選手に選ばれたのに辞退したんですかぁ? 確認できないからって、嘘ついてません?」
丈一郎氏の顔に、僅かな動揺が走っている。
ふふふ、俺は見逃さないよ。
丈一郎、アンタ──嘘つきだね!
「あれ? 図星ついちゃいました?」
「だ、だ、だ、黙れぇええええっ!」
丈一郎氏は──俺を黙らせようと、顔面に殴りかかってきた。
ふふふ、わかりやすぅ。
飛んできた拳を掴む。
そのまま握り潰す勢いで力を込めていくと、痛みに耐えかねた丈一郎氏は膝を突いた。
それでも、ギリギリと拳を絞っていると、遂に丈一郎氏の口から弱音が漏れた。
「あれぇ? 打撃は反則でしたよねぇ?」
「がっ⋯⋯離せ、いや、離して、くれ」
懇願を無視し、ズズズズズと音を立てながら、そのまま彼を引きずって更衣室まで歩く。
手を離す事なく、片手で彼の着替えを物色した。
「な、何をしている⋯⋯?」
「おっ、あったあった」
丈一郎氏の服から、タバコとライターを取り出した。
片手で頑張ってタバコを口に咥え、キンっと音を立ててライターで火をつけた。
マッズ、よくこんなもん吸うなぁ⋯⋯。
再度拳に力を込めると、丈一郎氏は「い、痛い痛い痛い痛い!」と騒ぎ始める。
俺はそんな彼の前にしゃがみこんで──顔にふーっと煙を吹きかけた。
「ねぇ吉野さん。今──どんな気持ち?」
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