第41話 残念勇者は反則を辞さない

 美沙ちゃんに「ちょっとお父さんとお話してくるね」とだけ言って家を出た。

 柔道の試合をするなんて言ったら心配された上、止められるのは目に見えている。

 美沙ちゃんにとっては今も『運動苦手な忠之くん』だろうからな。


 途中で文房具屋さんに寄り、丈一郎氏と二人で吉野邸へ到着。


 ここに滞在しているらしい鷹司と出会ったらどんな顔で煽⋯⋯再会を喜ぼうかと思っていたが、道場は屋敷の隣だったので、そのままそちらへ。


 併設されている更衣室で、丈一郎氏の胴着をお借りし、着替える。

 オッサン臭を警戒したが、普通に良く洗濯されていた。

 渡された帯を締める前に、一言。


「あ、俺もこっちの黒い帯巻いていいっすか?」


「ダメに決まってるだろう! 黒帯は昇段試験に合格した者しか巻けん、そんな事も知らんのか!」


 知ってるよ。

 その方がイラッとするだろ?

 俺はそういう細かいイライラポイントまで手を抜かないのだ。


 着替え終えてから、一応約束通りルールと条件を一筆したためる。

 ここに来る途中で寄った文房具屋で、必要な物は一通り揃えた。


『本試合は時間無制限。吉野丈一郎が一本取られるか、東村忠之が降参または気絶等、試合継続が困難な場合に終了する』

『本試合において医療費が発生した場合は、本人負担とする』


「こんな感じでどうですか?」


「ああ、何でもいい。所詮茶番だ、さっさと終わらそう」


「いやー、こういうの書いた方が雰囲気出るじゃないですか」


「下らんな」


「まあまあ、では一応ここに署名捺印を⋯⋯拇印でいいですよね」


 署名しながら、丈一郎氏はルールを一瞥した。

 ふふふ、わかるよ、今のお前の心境。

 適当に俺を何度か投げ飛ばして、最後は締め技で落としてやろう、そんな感じだろ?


「これでいいだろう?」


「はい、じゃあ俺も書きますねー!」


 俺も署名し、道場の真ん中で相対した。


「ではさっさとこい」


「念を押しますが、さっきの条件以外に俺の負けは無いって約束して貰えます?」


「くどい、それでいいと言ってるだろう! いいからこい!」


「えっ? 素人相手にビビってるんですか? そっちから来て下さいよ」


 手招きするように、クイックイッと手のひらを手前に動かす。

 俺の安い挑発に、丈一郎氏は憤怒の表情になった。


「このクソガキがああああっ! さっきから何だその態度はぁあああ!」


 そのまま、両手で掴みかかってくる。

 年齢にしては中々の速度だ。

 だが、スキル【鷹の目】を持つ俺からしたら、スロー過ぎてあくびが出るぜ。


 では吉野丈一郎、見せてやるよ。

 俺の──『異世界式CQC』をなぁ!



 異世界で幾つかスキルを手に入れた俺は、興奮にうち震えた。


 オタクなら誰しも夢見たであろう⋯⋯『必殺技』。

 それを、スキルを駆使すれば再現できるのだ。

 最終的には『剣をメチャクチャ速く振って斬りまくる』という、面白みの欠片も無い戦闘スタイルに落ち着いたが、それまでは様々な試行錯誤を繰り返した。


 幼少期から憧れを抱いた、漫画やゲームに登場する、魅力溢れるキャラクターたち。

 そんな彼らの、必殺技の再現に明け暮れたのだ。


 そしてこれは、俺が【身体強化】のスキルを手にして最初に練習した技だ。

 普通の人間には不可能の、だが、長年憧れた技。

 最初はゴブリン、次にオークやオーガ、最後は盗賊を相手に試行錯誤を重ね、再現を可能にした──俺の奥義!


 くらえ、吉野丈一郎!


 丈一郎氏がこちらの襟を掴んだ瞬間、俺は腰を落としながら叫ぶ。


「真!」


 掛け声とともに、腹部の急所である相手の鳩尾みぞおちへと、左拳でアッパー気味の一撃を食らわせた。


「ガハッ!」


 恐らく想像もしていない攻撃だろう。

 悲鳴とともに、衝撃で丈一郎氏の身体が『くの字』に曲がる。

 下がったアゴに向け、今度は右拳でアッパーを繰り出す。

 このアッパーは、ヒットの瞬間に止め、スキル【雷撃】での追撃のみに止める。

 まあ手加減して顎に添える、って感じだ。

 俺が全力で右拳を振り抜くと、たいていの相手はその時点で顎を砕かれた挙げ句、頚椎を損傷して死ぬからだ。

 雷撃によって意識を刈り取られた丈一郎氏は、アッサリと白目を剥いた。

 ここで終わりじゃねぇぞ?

 さらに──追撃だぁ!


「しょおおりゅううう⋯⋯」


 そのまま【跳躍】スキルと、身体強化した右拳で相手を持ち上げるように宙に浮かせ、飛び上がりながら、肘と膝で追撃する!


「けーぇえええええん!」


 丈一郎氏は高さ3メートルほど宙を舞い、そのまま『ドンッ!』と音を立て、地面に落下した。


 K.O!


 これこそ、俺が全ゲームで最も好きなキャラクターの技。

 国内で『対戦格闘ゲーム』というジャンルを打ち立てた金字塔、ストリートファイターシリーズの主人公『リュウ』が、長き修業の果てに会得した必殺技⋯⋯。


『真・昇竜拳』だ!


 ふっふっふ、完全に決まったな。

 ちなみに発音は英語バージョンに寄せてある。

 しょーりゅーけんと平坦ではなく、わかる人向けに説明すれば「ショウヘイヘーイ」っぽい感じだ。


 完全に気絶した丈一郎氏を観察する。

 うむ、さすがリュウ先生の必殺技だ。

 ちゃんと死にかけてるな、このままほっとけば死ぬだろう。


 まあ死なれたら困るので、【アイテムボックス】から、やや効果の低い回復薬【低級ポーション】を取り出して振りかけた。


 気付けや[麻痺]に効果があるので、これで充分だろう。

 完全に回復させてノーダメージだと違和感があるだろうからな。


 丈一郎氏は目を覚ますと、ヨロヨロと立ち上がった。

 おー、結構タフだな。


「お、お前⋯⋯何してる、ん、だ⋯⋯?」


 ダメージのせいかな? しゃべるのちょっと辛そうですね。


「えっ? 何か変なことありました?」


「柔道、の、試合だと、言ってた⋯⋯だろう、が」


「そっすね」


「打撃は⋯⋯完全な⋯⋯反則、だ」


「は? そんなんイチイチ言われなくてもわかってますよ。バカにしてるんですか?」


「だったら⋯⋯」


 まだまだ不満を口にしそうな丈一郎氏の言葉に、俺は被せ気味に言った。


「始める前にも念を押したけど? 条件はあくまで俺が一本取るか、降参なり気絶するかだろ? 『反則したら負け』とか決めてねーだろうが。ボケてんのか、おい?」


 俺の辛辣な言葉に、丈一郎氏は愕然とした表情で抗議してきた。


「そんなのは、いちいち言わなくても、当然の⋯⋯」


「はぁああああああ? 突然ルール変更するの止めて貰えますぅうう? 俺ちゃんと確認しましたよねぇええ? 俺が一本取るまでって! 自分が負けそうになったら『それはちょっと』とかダサすぎなんですけどぉおおお? 選手権三位のプライドどこいっちゃったんすかぁああああ? だいたい油断したとはいえ、素人の攻撃食らって伸びてんのダサすぎるんですけどぉおおお? 『ボク柔道家だから殴られたら素人にも負けちゃうの』とか、恥ずかしくないんすかぁあ? クソ雑魚すぎなんですけどぉおおお? 他の全日本選手権上位の選手に土下座して謝れよ、このザーコ、ザァアアアアアアコッ!」

 

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