第39話 残念勇者は盗み聞きする
吉野丈一郎氏はドカドカと、まあまあの足音を立てながら家に入って来た。
生活音がうるさいって、もうそれだけで他人への配慮に欠けてる奴だってわかるよね。
ウチの父親を見習って欲しい。
たまに存在感なさすぎて、半透明みたいになってるよ。
存在感なさすぎて「今日、健康診断だったんだけど、レントゲンがなかなか映らなくて苦労した」ってエピソードまで持ってるんだぜ?
凄いだろう? ウチの父ちゃん。
リビングに到着すると、美沙ちゃんが椅子を引き、丈一郎氏はそこに座った。
椅子くらいテメーで引けや⋯⋯なんなのホント。
俺は隣の和室にいる。
寝たフリした俺に、鷹司と香苗が悪巧みをしようとした、あの思い出深い場所だ。
襖は閉まっているが、動きは【索敵】のスキルでだいたいわかるし、話し声は【兎の耳】で拾える。
淳司くんは大人同士の話、あと俺がいるという事を言わないようにする為に、子供部屋に連れて行ったようだ。
まあ子供に聞かせるような話にはならないだろうしな。
美沙ちゃんが対面に座ると、丈一郎氏がテーブルに何かを『バンッ!』と叩きつけながら叫んだ。
「美沙! これはどういう事だ!」
「⋯⋯見たらわかりますよね? 鷹司さんとの離婚調停を⋯⋯」
「そんな事を聞いてるんじゃない! 彼との離婚は認めないと言っただろうがッ!」
会話の内容から、鷹司宛てに送付した内容証明だろう。
それを見て慌てて来たって事か。
もっと、美沙ちゃんの言い分聞くなり、娘の幸せ考えてあげなよ。
「夫婦の問題です。お父さんが口を出す事じゃ⋯⋯」
「何だと! 誰に物を言っている!」
オメーだよ。
今、美沙ちゃんはオメーと会話してるだろうが。
認知歪んどるんか?
「だいたい、お前のような小娘が、子供一人抱えて生活できるわけがないだろうが! 淳司は先々吉野家を継ぐんだ、満足いく教育が必要だろう!」
「淳司は私がちゃんと教育します、それに⋯⋯お父さんみたいな人間にしたくありません」
「何だと!」
「家族を蔑ろにして、外に女を作って⋯⋯お父さんも鷹司さんも、最低です。淳司にはそんな人間になって欲しくありません」
「美沙ぁああああ!」
ガタガタと、丈一郎が立ち上がる音と共に──。
パン⋯⋯と。
丈一郎が、美沙ちゃんの頬を叩いた。
よし、殺そう!
スキルとアイテムを駆使して、アリバイや死体は完璧に処理、美沙ちゃんは財産を相続して、めでたしめでたし!
⋯⋯と行きたい所ではあるのだが。
いうて俺がムカついたからと、家庭の問題に立ち入るってのもちょっと違うな。
国光くんみたいに、俺を煽って来たみたいな事があった上で、そこに大義名分を乗せたい。
何が良いかなーと考えていると、美沙ちゃんが呆れたように言った。
「気が済みましたか? そうやって、気に入らない事があれば暴力で黙らせる。それが吉野家に⋯⋯淳司に必要な教育ですか?」
おお!
美沙ちゃんレスバ強いぞ!
あと、やはり『覚悟』が違うな。
譲らない、そんな鉄の意志を感じる。
まあ、テーブル越しなんで、そんなに平手打ちも効いてないんだろうが。
頑張れ美沙ちゃん!
丈一郎はふーふーと息を荒くしていたが、また椅子に座り直した。
「とにかく、離婚するなら淳司はこちらで引き取る。私の養子として、吉野家を継いでもらう」
「そんな勝手許しません」
「ふん⋯⋯美沙、私が何も知らないとでも思っているのか?」
丈一郎氏はごそこぞと胸を探り、何かを取り出す。
キン⋯⋯という音がした。
聞いたことがある、高級ライターの着火音だ。
ふぅー、と息を吐く。
おい、タバコ吸うにしても一言言えやカス。
お前みたいな奴が、喫煙者の肩身狭くしちゃうんだよ。
「お前、あの東村忠之とかいう男とデキてるようだな。鷹司くんに聞いたぞ?」
「デタラメです。私と彼の間にやましい事は一切ありません」
美沙ちゃん即答!
なんだこの、告白してないのに振られた気分!
事実だけどさ!
美沙ちゃんが立ち上がる気配とともに、台所に移動。
換気扇を作動させつつ、戻ってきて、丈一郎氏の前に何かを置いた。
ああ、灰皿か。
美沙ちゃん、そんなの本人にやらせりゃいいんだよ。
でも、そういうのが『染み付いてる』って事なんだろうな。
「そうか? ならいい。お前はあの男の事など、何とも思ってないって事だな?」
やめろ!
これ以上俺のライフを削るなよ!
美沙ちゃんは黙っている。
そりゃそうだ、隣に俺がいるのわかってて、全然好きじゃないですみたいな事言わないよね。
⋯⋯言わないよね?
「なら、大丈夫だな。彼のご家族の事を調べた。どうやら東村くんのお父さんの勤め先は、私の会社と取引があるみたいでね⋯⋯うちは大口の顧客らしい。まあ、お前には関係ないとわかって安心した」
⋯⋯ふーん、そういう手でくるのね。
了解でーす!
つまり⋯⋯俺を巻き込むって事だ!
大義名分ゲットォオオオオオッ!
内心でガッツポーズしていると、美沙ちゃんはたまらず立ち上がった。
「お父さん! 彼は関係ないといってるでしょう!」
「なら、お前が心配する事じゃないだろう?」
「でも⋯⋯!」
二人のやり取りを聞きながら、俺はちょっと懐かしい気持ちになっていた。
異世界にも、こういう手合いはいたなぁ。
自分が権力に守られ、他者を蹂躙する資格を手にしていると勘違いしている、いわゆる悪徳貴族みたいな奴。
上にはペコペコしやがるくせに、下に対してはどこまでも傲慢になれる、そんな人間だ。
まあ異世界でもこっちでも、下に優しく上に厳しくなんて人間は、慕われこそすれ出世しないからね⋯⋯悲しい話だが。
この手の奴への対処法もだいたい勉強済みだ。
そして──こういう奴ってのは、得てして『利用価値』がある。
破滅はさせない。
それは一時的に『スカッ』とするだけだ。
こういう奴からは──絞る。
利用するのだ。
俺は襖をバーンと開いた。
「さすがに聞き捨てならないですね。いいでしょう、私が直接お話ししますよ、吉野さん」
そして、絞るために大事なのは──逆らったら自分なんてアッサリ殺される──その意識を植え付けてやる事だ。
つまり──恐怖を叩き込んでやる。
骨の髄まで、な。
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