第38話 残念勇者はリストに載せる

 梁島家との交渉を終え、次は鷹司への慰謝料請求。

 ついでに、暴行罪の示談金も貰っちゃおう!

 ってな感じで、両方合わせて五百万円請求した。


 この件、交渉自体は非常にスムーズに進んだ。

 交渉相手は鷹司ではなく、美沙ちゃんのお父さんである吉野丈一郎氏。


 吉野氏から指定された料亭に呼び出され、その一室での交渉。

 料理が並べられるが、お互い手を付けることなく話し合いは進んだ。


 美沙ちゃんから聞いてはいたが、偉そうな態度だ。

 若い頃は柔道をやっていたらしく、身長は同じ位だが、俺より二周りはガタイがいい。

 言葉の端々に「相手してやってる」という驕りを感じる。

 また、こちらを威圧するような態度だが、あえてスルーしている。


 条件の摺り合わせ自体に異論は出ず、ほぼこちらの言い分が通った。


「じゃあこれで。今後ゴチャゴチャ言わんでくれよ?」


 テーブルに金を置き、偉そうな丈一郎氏の言葉に、俺は営業スマイルで返す。


「はい、もちろんです!」


「それならいい、しかし⋯⋯」


「はい、何でしょうか?」


「君は⋯⋯情けないと思わんのかね?」


 おっと。

 謎の価値観から繰り出される、面白トークが聞けそうだ。

 拝聴するとしよう。


「と、仰いますと?」


「君が香苗さんを寝取られたのは、君の、男としての魅力が鷹司くんに劣るからだろう? それを逆恨みして、慰謝料だなんて⋯⋯情けない男もいたもんだ」


 ヤレヤレ、ってな感じで丈一郎氏は肩をすくめた。


 何言ってんだコイツ?

 俺と鷹司の下半身露出して、品評会でもするか?

 

「いやー、そう仰られましても⋯⋯あくまでも不倫は法律で認められていない行為ですので。このような形で決着をつけるしか⋯⋯」


「ふん、小賢しい物言いだな。まあいい、君は鷹司くんに負けた情けない男、それを自覚しながらこの金を受け取りなさい。せいぜいこの金で、男を磨く努力でもしたらいい」


「ご指南ありがとうございます! 御言葉胸に刻んでおきます!」


 あくまでも笑顔は崩さず、差し出された金を受け取る。

 受け取り証にサインし、金を鞄にしまう。


「まったくそんな小金をそそくさと⋯⋯小者丸出しだな。まあ約束くらいは守ってくれよ? 今後まだゴチャゴチャ言うなら⋯⋯こちらにも考えがある」


「はい、肝に銘じます! 本日はお忙しい中、ありがとうございました!」


「ふん」


 不倫した側の人間だというのに、まるで勝者のように丈一郎氏は立ち上がりつつ、俺に侮蔑の目を向けた。

 俺はあくまでもニコニコと、その場に座り続けた。


「あの、料理は召し上がらないのですか?」


「ああ、君とは違い私は旨い料理など食べ慣れている。ここの支払いはしておくから、君はありがたく私の施しを受けなさい」


 そのまま丈一郎氏は退出。

 部屋には俺だけが残った。


 さて。

 御言葉に甘え、料理を頂くとしよう。


 美沙ちゃんの件が落ち着くまでは、俺も大人しくしておかないとな。


 おっと、料理の前にやることがあった。

 スマホを開き、GoogleMapを開く。


 取りあえず、エベレストでいいかな。

 山頂は空気が薄いけど、【状態異常耐性】があるし大丈夫だろう。


 エベレスト山頂に転移する。

 登山隊はいないね、好都合だ。

 身体の不調は特に感じない、やはりスキルが働き、高所にも適応できるみたいだ。

 しかし⋯⋯うん、寒いな。

 用事が済んだらさっさと帰ろう。

 じゃあ、せーの!


「あんのクソ親父ぃいいいい! オメー痛い目見せるリストの最上段に載せてやったからよぉおおおお! 待ってろやボケェエエエエエッ!」


 うん、これで良し! 

 いやー大声出してスッキリしたし、寒い場所でそれなりに頭も冷えた。


 さて、戻って美味しい料理たーべよっと。



──────────────────



 慰謝料をゲットし、これでひとまずは計画に一区切りだ。

 俺と香苗は既に離婚が成立しているので、あとは美沙ちゃんが鷹司と離婚すれば、今回の件は終了。


 吉野家に潜伏中の鷹司宛てに内容証明を送ったみたいだし、最悪調停してでも離婚となるだろう。


 だが、俺はそうはならないと考えている。

 丈一郎氏は体面を気にする男だ。

 離婚裁判なんてさせるくらいなら、鷹司を切り捨てるだろう。


 まあ、どう転んでも勝負ありだね。

 あとはどう吠えづらかかせてやるか、だ。

 俺のリストの最上段に、まだ載ってるからな。


 美沙ちゃんの新居予定は、なんと俺と同じマンション、しかも隣だ。

 これはもう、同棲といっても過言じゃないだろう。

 いや、過言だな。





 今日は主不在の加藤家で、引っ越しの荷造りだ。


「ありがとう東村くん、わざわざ荷造りを手伝う為に東京から来てくれるなんて」


「あー、大丈夫大丈夫。俺もこっちで色々あるし」


 俺は早く『バツイチ童貞』を卒業したいからね。

 数少ない女性の知り合いには優しくしとかないと。

 マメな男を目指すぜ。


「ママー、ガムテープ!」


「ありがとう、淳司」


「おー、ママのお手伝いできるんだ! 淳司くんは偉いね!」


「うん!」


 カス⋯⋯じゃない、父親不在なのに明るく振る舞っている。

 ええ子や。

 

 ──と。



 ピンポーン。


 呼び鈴が鳴った。

 美沙ちゃんがインターホンを覗き込むと、顔色を変えた。


「東村くん、ちょっと隠れてくれる?」


「どうしたの?」


「お父さんが来ちゃったの。東村くんがいると、ちょっとややこしくなるかも知れないから⋯⋯」


「んー⋯⋯わかった」


 ふっふっふ、取りあえず美沙ちゃんの意向に従うか。


 取りあえず⋯⋯ね。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る