第33話 刺客は結構なこじらせオタク②
忠之が本棚から取り上げたのは、大学の参考書だった。
「美沙ちゃん⋯⋯今も勉強してるんでしょ? ここに来るたびに、最新版が増えてる。もしかして⋯⋯大学に行きたいんじゃない?」
未だに続けてる受験勉強。
美沙にとって、それは日々の憂さ晴らしであり、逃避だった。
あの頃には戻れないが、それでも、子育てなどが落ち着いて、いつか大学に通えるなんて事があれば、せめて、失った物を想像力で補えるのではないか。
あの時なら、こんな風に通えたのではないか、そんな想像を膨らませる事ができるのではないか⋯⋯。
ただ、それすら夢のまた夢だろうと思っていた。
鷹司も、父も、美沙が将来大学に通いたいなどと言っても「何のために?」とか、「無駄な事はやめろ」と言っただろう。
「うん、いつか、行けたらいいなって、思ってるけど⋯⋯」
「なら、行っちゃおうよ、淳司くんの為にも。学歴はあった方が条件の良いところで働けるだろうし。大学出るまでは、俺が生活面含めて、全力でサポートするからさ」
彼と一緒に住み、大学に通う。
そんな事があれば、夢が叶ったも同然だ。
自分を縛り付ける父も、もっと夜の勉強でもしろと蔑んだ夫とも、この人は違う。
妄想に逃げ込むしかなかった私を救い出してくれる⋯⋯。
まるで、魔王の城に囚われた、姫を救いに来た勇者のように⋯⋯。
「ありがとう、東村くん⋯⋯私決めた、大学に行く」
「ああ、じゃあ!」
「でも、ごめんなさい⋯⋯折角だけど、一緒に住むのは⋯⋯そこまで東村くんに甘えられない」
『復讐を共に』と誘われたあの日、彼の特別になれると思った。
でも、救われるヒロインになりたかった訳じゃない。
私が好きなのは、憧れたのは、自分で運命を切り開く主人公や、その周りで共に戦う仲間。
ただただ主人公を肯定して、持ち上げる、添え物のヒロインに憧れた事なんてない。
きっかけは作って貰ったんだから、あとは──自分で戦わないと!
「東村くんのおかげで、慰謝料と財産分与で纏まったお金があるんだもん。学費と、生活費の足りない部分は、働いて自分で賄うわ」
美沙の言葉に、忠之は笑顔を浮かべた。
「そっか、わかった。でも、せめて近所に住もう。どうしても困った事があったら、遠慮なく相談してね」
「うん、本当にありがとう。その時は頼らせて貰うね」
我ながら、損な性格だと思う。
主人公や、その周りに憧れるなんて、オタクをこじらせちゃってるな、と思う。
──でも、それでも。
そんなオタクの妄想に、今まで支えられていたんだから。
これからは、妄想を現実にしてみせる。
美沙は強く決意した。
────────────────────
ふっ、ダメか。
ヤッパリ美沙ちゃんは固いな。
結構な作り話までして誘ったんだがな⋯⋯。
残念だが、まあ、この結果は順当だろう。
ここ数日で離婚が確実になり、俺は気付いてしまったのだ。
──俺がバツイチになるという事実に。
いやもちろん、そんな事は前からわかっている。
俺が気付いたのは、その先だ。
『バツイチ童貞』
なんだよその
全プレイヤーの0.01%とかしか取れねぇやつだろ!
もし、今俺が山賊王を目指してる男に
「忠之! まだお前の口から聞いてねぇ! お前本当に童貞のままでいいのか!?」
と聞かれたら、全力で
「捨でだい!!!」
と答えるだろう。
正直そのくらい切羽詰まった気持ちだ。
で、振り返って考えた時に、最近俺が興奮したのは。
『美沙ちゃんが堕ちたりなんかしたら興奮するけども!』
だ。
ただ、正面切って口説いて堕とすなんてのは、土台無理な話。
それができるなら、ハナからスペシャルトロフィーなんてゲットしねぇわっていうね。
なら、せめて一緒に暮らしたりとかしたら、流石のエリート童貞の俺でもワンチャン? あるかなって。
その上で美沙ちゃんに、夜の手解きなんか受けて、俺の童貞を捧げてですよ?
『いえーい元ダンナさん見てるぅー? 君の元嫁と息子、今オレと暮らしてまーす! オレから離れられないって言ってマース、ほら、お前らも何か言ってやれよぉー?』
『ごめんねーあなたー。私たち、もう彼(との生活)じゃなきゃ満足できなーい!』
みたいな動画送れたらさ。
『うっは、この鷹司って名前のガム、そろそろペッって捨てようと思ったけど、まだまだ味するじゃん!』
みたいな思いできそうだな、って。
で、童貞捨てる代金として、美沙ちゃんが大学に通うあいだは頑張らせてもろて、その後は流れでお願いしますみたいなテンションだったんだけどな。
まあでも、美沙ちゃんがここで
「本当? じゃあ甘えちゃおっかなー。よろしくー」
みたいな感じだったら、それはそれでガッカリしたかもしれん。
ケッ、ヤッパリ女なんて男をATMくらいにしか思ってないんだな!
と、さらに童貞をこじらせた可能性も微レ存だ。
水野とかだったら、アッサリ承諾しただろうしな。
まあ、今回ではっきりした。
脱童貞に安易な道なし、だ。
それを教えてくれた美沙ちゃんに感謝だ。
俺、まだちょっとだけ、女の人を信じられそうだよ⋯⋯。
でも、ここまでカッチカチの美沙ちゃんが堕ちた姿を想像すると、ヤッパリ興奮しちゃうから⋯⋯時々お世話になりますね。
ふっ、オタクたるもの、妄想に逃げてナンボよ。
──さて、ではさくさくっと金を回収して行きますかね。
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