第32話 刺客は結構なこじらせオタク①

「俺と一緒に東京で暮らさない?」


 ──忠之から同居を提案された美沙は、彼の発言の真意を紐解くべく、高速で思考を展開した。


 えっと、考える時間を稼ぐため、まずは驚いた表情⋯⋯よし、OK。


 で、この間に、東村くんの言った『一緒に暮らす』の意味を推察すると⋯⋯。


 はっはーん、これ、あれだ。

 少女漫画とかで良くある奴よね?


『えっ、えー! ひ、東村くん、そ、それってまさか、ど、同棲のお誘い!?(ドッキンコッ☆ミ)』


 みたいな感じ出しちゃうと


『あっ、ゴメッ! 違う! そういう意味じゃ!(アセアセッ!)』


『や、やだー、いっけなーい! わたし暴走しちゃった!? (ウインク舌ペロ頭コツン!)でも東村くんの、乙女を勘違いさせるような言い方もわるいんだゾッ☆ミ(プンプン!)』


 みたいな感じになるやつね?


 ふっ⋯⋯ゴメンなさい、東村くん。

 私、実家に保有してある漫画とかラノベ、蔵書数えっっっぐいから。


 お父さんが家にいる時は、自分の部屋に閉じこもって、勉強の合間に読み漁って現実から逃げ続けた女なのよ?

 その手の脳内シミュレーションはバッチリなの。


 残念だけど、お望みのリアクションはしてあげられない⋯⋯いや、ちょっと待って、それって可愛い女じゃなくない? 東村くんに可愛い女⋯⋯ううん、『オモシレー女』って思って貰うためなら、ここは何も知らないフリして全力で乗っかるべき? どっちが正解なの?


 ⋯⋯ううん、やっぱり嘘はダメよ、美沙。

 私は『気付いてしまった』のだから。


 とりあえず、無難な回答をすべきね。


 ──ここまで一気に考え、美沙は答えた。


「えっと東村くん、一緒に暮らすって⋯⋯それってあれだよね? 東京という同じ街とか、同じ空の下的な意味⋯⋯だよね?」


 美沙の考え尽くした上での回答に、忠之は頭を掻きながら、恥ずかしそうに答えてきた。


「えっ? いや、新しく広めのマンションでも借りて、俺と美沙ちゃんと淳司くんの三人で同居するって、そのままの意味だけど⋯⋯」


 ドッキンコォオオオオオオッ!


 まんまだった! 果汁100%ストレートのドッキンコ案件だった!


 ハンバァーーーグッ! いやそっちじゃない、甘ぁぁあーいっ!


 逆に? 逆にそのパターン? 突然の応用問題? いやいや、流石におかしいじゃん、それは違うじゃん、絶対! 嬉しいけど急接近過ぎるじゃん! 音を置き去りにしてるじゃん! まだ日が暮れてないじゃん! 祈る時間が増えちゃうじゃーん!


 と考えながら、美沙は答えた。


「えっと⋯⋯突然言われても⋯⋯あ、イヤとかじゃないよ? でも、詳しく説明してくれると⋯⋯嬉しいかな?」

 

「うん⋯⋯まあ一つは淳司くんだけどさ、ヤッパリ今回の事が、のちのち噂になったりすると思うんだよね。今はまだ淳司くんもよく分かんないと思うんだけど⋯⋯そのうち理解できるようになってから耳に入るとあまり良くないかな? って。なら、一旦この街を離れた方が良いと思うんだ」


 めちゃくちゃまじめな話に、美沙は反省した。

 わかった気でいたものの、やはり「一緒に暮らす」という言葉の破壊力に、冷静ではいられなかったのだろう。


「それは⋯⋯スッゴくありがたい申し出なんだけど、その、同居ってなると」


 いや、『うんっ』て素直に言いなよ、私。

 何やってんの?

『そっか、じゃあヤッパリやめとこっか』

 って言われたらアンタ死ぬほど後悔するクセに。

 やだ、でも、こんなのおかしいから。

 持ち上げて、落とすパターンだから。


『そんな返事で大丈夫か?』

『大丈夫だ、問題ない』


 って、喜び勇んで『うんっ! 東村くんと一緒に暮らす!』なんて返事したら『神は言っている、まだ一緒に暮らす定めではないと⋯⋯』ってなる奴だもん、絶対!


 ──などと美沙が考えていると、忠之が話し始めた。


「うん、そうだよね⋯⋯こんなの突然言われたって困ると思うんだけどさ⋯⋯うーん、何て言えばいいかな⋯⋯これって半分は、俺の為なんだよね」


「もう半分が、私たち母子の為⋯⋯ってこと?」


「いや、それも違うんだけど⋯⋯まあ、ちょっと待ってね、話し方を考えるから」


 そのまま忠之は少し考えてから、再び話し始めた。


「俺、去年海外に出張に行ったんだ。現地の仕事がちょっと滞ってて、助っ人みたいな感じでさ」


「うん」


「で、最初はイヤイヤやってたんだよ、つーかまぁ、仕事自体はずっとイヤイヤだったんだけど。ただ、仕事する中で現地スタッフの何人かと仲良くなってさ。仕事の合間にバカ話しをしたり、酒飲んで夜中騒いだり⋯⋯で、治安が悪い国だったから、みんな俺の事を心配してくれてさ。まぁ香苗とこんな事になるとは思ってなかったから、みんなに言ってたんだ。『俺は好きな女がいるから、こんな仕事サッサと終わらせて国に帰るぞー』って。

 で、仲良くなった奴らがみんな言ってくれたんだ。

『よし、みんなでサッサと仕事終わらせて、忠之を無事日本に返すぞ!』ってさ。本来は、仕事をやる為に集まった訳だけど、いつのまにか⋯⋯彼らの中で『俺を帰す為に、仕事を頑張る』って、まあ、格好つけた言い方すれば、俺と夢を共有してくれたのね?」


「うん⋯⋯」


「で、最後の仕事が、それぞれが別のクライアントに対応する必要があったせいで、バラバラに動く必要があって。それで俺は仕事を終わらせて、彼らに礼を言う暇もなく、慌てて日本に帰る事になったんだ。そのあと、その国の治安悪化のせいでインフラがおかしな事になっちゃったみたいで、今も連絡が取れない状況なんだ。だから俺、彼らにちゃんと言えてないんだよね、『無事日本に帰れたぞー! ありがとう!』って」


「そうなんだ⋯⋯」


「なんせ治安が悪い国だから、今後もお礼を言えるか分からなくて⋯⋯まあ、彼等の仕事を手伝った訳だから、まあ、対等っちゃ対等なのかも知れないけど⋯⋯できれば恩返ししたい、と思ってるんだ」


「そうなの⋯⋯うん、東村くんらしいと思う」


「ありがとう。で、恩返しって考えた時に⋯⋯俺も、彼らみたいにできれば、って思って。だから⋯⋯もし、彼らみたいな『仲間』ができたら、今度は俺が、夢を共有する側になりたい、と思ってる。だからさっき言った残り半分ってのは、連絡が取れない仲間の為、かな? 彼らの想いに⋯⋯少しでも、報いたいんだ」


 忠之はそのまま、リビングにある本棚から、一冊の本を取った。


「そう、次は──俺が仲間の夢を応援する番なんだよ」


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