第31話 残念勇者は新たな作戦を練る
「離婚? ダメだダメだそんなの! 世間体が悪い!」
東村家と梁島家の、結婚式があった日の夜。
美沙が今回の件を父に伝えると、ろくに内容も聞いて貰えずに反対された。
「でもお父さん! あの人は浮気だけじゃなく、よそ様の奥さんに、子供まで産ませようとしてるんですよ?」
「確かにそれはちょっと行き過ぎかも知れんが、男なんて、浮気の一つや二つするもんだ!」
男なんて、というかお父さんや鷹司みたいな人は、でしょ?
美沙はそう言い返したかったが、グッとこらえた。
昔から父は外に愛人を作り、何人か子供まで産ませている、という噂まである。
その陰で、母が泣いている事も。
「そちらの家には、私から話をつけておくから。お前は鷹司くんと今後も夫婦でいなさい、わかったか、美沙!」
美沙の父はいつもこうだ。
娘の意見なんて聞かない。
「お母さんは? お母さんはどう思うの?」
聞くだけ無駄だと思いながらも、美沙は母に尋ねた。
「お母さんは⋯⋯お父さんが言う通りにした方が良いと思うわ」
これだ。
ひどい扱いをされてるのに、父の言いなり。
母が父に逆らっている姿を、美沙は見た事がない。
「とにかく、もし離婚なんてするのなら、今後一切援助はしないからな! あの家も出て行ってもらう! お前一人で子供を育てる自信があるなら好きにしろ!」
父は一方的に告げると、話を打ち切って出て行ってしまった。
昔から、父が一方的に命令して出て行くと、二人と沈黙だけが取り残されるのが常だ。
ただ、今日は少しだけ、美沙は勇気を振り絞った。
「お母さん⋯⋯お父さんどうせ愛人の所にいくんだよ⋯⋯? 本当にいいの、こんなので⋯⋯」
「仕方ないの、お父さんがいないと⋯⋯私たちには何もできないんだから⋯⋯」
母が諦めたように言うと、結局その場を沈黙が支配した。
──────────────────────
「という感じになってて⋯⋯」
「なるほどねぇ」
結婚式から二日後。
明日の梁島家との話し合いの前に、美沙ちゃんの事情を聞き取りしていた。
美沙ちゃんもなかなか大変だなぁ。
吉野家はかなりお金持ちだ、と聞いていた。
だから離婚後も美沙ちゃん、淳司くんに不自由な真似はさせないと思っていたんだが、ちょっと当てが外れたな。
まあ、何もかもが計画通りって訳にはいかないよね、俺は神じゃないし。
女神のおっぱい揉んだだけの童貞だからさ。
「あ、そう言えばキャッシュカードはもう届いた?」
「うん、受け取ったよ。探偵さんって凄いね、彼が口座作ってる所まで調査するなんて」
美沙ちゃんには事前に『探偵さんからの情報で、鷹司が口座を作っていた』と伝えてある。
まあ、作ったのは鷹司に成りすました俺なんだけどさ。
それで美沙ちゃんが家を探したら、見覚えのない通帳が出てきた、という形だ。
まあ、それも俺がコッソリとタンスに入れたんだけどさ。
不法侵入してゴメンね? 今更だけど。
「なら、それは当面の資金として、財産分与プラス慰謝料って事で、美沙ちゃんの手元に残しておいて」
「うん⋯⋯でも、あの人どうやって800万円も口座に貯めたんだろう⋯⋯?」
「さぁ? 悪いことでもしたんじゃない? 盗んだ金売りさばくとか」
「ふふ、東村くんって昔から、そういう冗談たまに言うよね」
実は刺客への報酬を工面するため、結婚式の数週間前にも俺は一度鷹司になりすまし、口座を作成し、金の買い取りをして貰っている。
今回、買い取りして貰ったお金は銀行振込だ。
総額800万。
口座作成時の、キャッシュカード送付の煩わしさを避けるために前回は現金だったわけだが、今回は美沙ちゃんという協力者がいたからな。
俺が美沙ちゃんに直接報酬を払うと、贈与税やなんやが面倒なので、鷹司くんからの慰謝料、プラス財産分与って形を取る事にした。
そもそも、俺が金を渡そうとしたら断られそうだし。
ただ、実家の援助が受けられないとなると、ちょっと心許ないな。
「美沙ちゃん」
「何?」
「離婚は大前提として、淳司くんの為に、何より美沙ちゃんの為に、お父さんに逆らう勇気⋯⋯ある?」
美沙ちゃんはしばらく逡巡していたが⋯⋯やがて力強く頷く。
「それとこれも大事だけど、鷹司への情は一切持たず、切り捨てる事。淳司くんの父親だから、みたいなのとかね」
「それは大丈夫。不倫なんてして、家族や⋯⋯特に子供を悲しませる奴なんて⋯⋯全員死んで欲しいくらいだもん」
おー。
いい
実体験が籠もってると、念の強さが違うな。
それなら結構。
ぶっちゃけ、俺自身はもうかなりスカッとしている。
二人を衆目の中で晒し上げ、香苗は不倫の子を出産予定、鷹司くんは不能にして差し上げ、水野にも嫌がらせ。
これ以上は死体蹴りだからな。
アイツらが今後どうなろうが、割とどうでも良い。
ボク、壊れたオモチャに興味ないんだ。
香苗がこれから産む子供には、せめて幸せになって欲しいとは思うが、それは全人類の子供が幸せになって欲しいみたいな感情の延長線上でしかない。
特別どうこうって話ではないからな。
あとは美沙ちゃんと淳司くんさえ、なんとかなればいいと思ってる。
「なら、『梁島バイパス作戦』で、美沙ちゃんのお父さんに援助して貰おう。回収は俺がやるから」
「や、梁島バイパス作戦⋯⋯?」
俺はこれからの計画を話した。
まず、俺が慰謝料や示談金として、梁島家に支払いが困難なレベルの大金をふっかける。
梁島家は当然困るだろう。
そこで美沙ちゃんのお父さんから、今回の件をあまり表沙汰にしないようにと、養育費や口止め料などについて、話し合いをする場を設けてもらう。
つまり鷹司の不始末、その尻拭いだな。
梁島家は当然、それに飛びつくはずだ。
俺が請求した全額とまではいかないだろうが、かなりの部分を、吉野家から受け取ることが可能なはず。
まあ、浮気を肯定して、娘を押さえつけて不幸にしようとするクソオヤジなんだ、間接的とはいえ金を払って貰おう。
そして、俺から鷹司への慰謝料請求。
これも美沙ちゃんに動いてもらい、吉野家に立て替えて貰う。
俺から「今回の件について口外しない」と、誓約書でも提出すれば、体面を気にする親父さんなら飛び付くはずだ。
そしてその後、美沙ちゃんと鷹司は晴れて離婚。
支払いが無駄になった吉野家は、梁島家と俺へと払った立て替え金は、どうにか鷹司から回収しようとするだろう。
つまり今回の件、金銭的な負担は全て鷹司へと集約される、という事だ。
総額おいくら万円かな?
ごめんね鷹ちゃん、一生飼い殺しになるとおもうし、もしかしたら大変なお仕事が待ってるかも知れないけど⋯⋯頑張ってね?
あ、あと総額約3000万にかかる税金の支払いもよろしくぅ!
鷹司くん、君ならできる!
股間が勃たないぶん、魂を奮い立たせろ!
君の活躍を、今後も期待してるぞ!
「⋯⋯て感じでいこう」
後半の、鷹司くんへのエールは省き、美沙ちゃんへの説明を終えた。
「うまく行くかな?」
「大丈夫大丈夫、俺に任せて。だから暫くは、お父さんの言うこと聞いてるフリしといてね?」
「うん、わかった。東村くんを信じる」
ふふふ、それでいい。
勇者様を信じなさい、こんなミッションは魔王討伐に比べたら、朝飯前だ。
っと、あ、そうだ。
今日言おうと思ってた本題、そっちを忘れてた。
「でさ、美沙ちゃんに一つ提案なんだけど」
そう。
俺には、美沙ちゃんとこうして会ったり、この家に何度か訪問したり、不法侵入しているうちに⋯⋯一つの考えが生まれていた。
「何?」
「今回の件が落ち着いたら──俺と一緒に、東京で暮らさない?」
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