第26話 残念勇者は開眼する

 香苗に効果抜群の一撃を繰り出したお義父さんは、しばらくフーフーと息を荒くしていたが⋯⋯。

 深呼吸したのち、鷹司の方を向いた。


「加藤君」


「は、はい!」


「私は今、職を辞する覚悟を持っている⋯⋯身内の香苗ではなく、君に手を出せばそうなるだろうな」


「は、はい⋯⋯」


「だから君の正直さに期待する──経緯を、キチンと話してくれ」


「わ、わかりました!」


 脅迫スレスレというか、まあまあアウトな義父の発言にビビり散らかした鷹司は、これまでの経緯をペラペラと話し出した。

 どうやら最後の変身は、高速詠唱モードだったようだな。


 ただ、俺にとって目新しい話ってのは特にない。

 二人は高校時代からデキていて、妊娠は今回と二年前の計二回。

 だいたい追体験で得た情報と変わらなかった。

 鷹司からの事情聴取を終え、皆が押し黙る。


「あの、言うまでもないと思うんですが」


 俺の言葉に、未だバンザイ姿で寝そべってる香苗を除いた、全員の注目が集まる。


「俺たち、離婚しますね」


 その言葉に真っ先に反応したのは香苗だった。

 ガバッと突然起き上がり⋯⋯うわ、ほっぺた腫れ上がりすぎワロタ、俺に向かって言った。


「いや、絶対離婚なんてしないから!」


「いや、マジで言ってる?」


「当たり前でしょう!? この子にはパパが必要なの!」


 お腹をさすりながらアピールする。

 ゴクリ⋯⋯しょ、正気か? コイツ⋯⋯。

 お義父さん、昭和だと壊れた家電って叩いて直してたんですよね?

 もう一発いっときません?


「いや、それは本当のお父さんにお願いして貰えないかな?」


「だって、鷹ちゃんはムリじゃん!」


 いや、知らんがな。

 香苗の言葉に、美沙ちゃんが突っ込んだ。


「いえ、無理じゃないと思いますよ。ウチ離婚しますので」


 これに慌てたのが鷹司だ。


「ちょ、ちょっと⋯⋯美沙、待ってくれ、それは勘弁してくれ!」


 いや、勘弁とか何様だよ。

 美沙ちゃんは鷹司に冷ややかな視線を送った。


「あら、チャンスじゃないですか。私みたいな真面目ぶってるから一回やってみたかっただけなのに結婚するハメになった、夜の勉強もろくにしない女より、夜の勉強もしっかりなさって、アナタの趣味にノリノリの香苗さんの方がお似合いでしょう?」


「あ、ち、違うんだ、それは」


「違う違うの口癖も同じですね。そもそも有責配偶者に拒否権はありません。淳司の親権はもちろん私、今の家も父が用意してくれた私名義ですよ。あなたは今日中に出て行って下さい」


「待ってくれ! 美沙、話し合おう!」


「話し合いません、話は終わりです」


 その後鷹司が何を言っても、美沙ちゃんは無視していた。

 ややあって、お義父さんが疲れた声で言った。


「忠之くんの気持ちはわかった、当然だろう。ただ、ここで長々話しても、すぐに終わる話でも無いだろう?」


 義父の言葉に、俺は頷く。


「そうですね、離婚の条件含め、また日を改めましょう」


「やだぁ、忠之ぃ、離婚やだぁ!」


「香苗ェェエエエ!」


 義父が手を振り上げると、香苗は『ヒッ』と頭を抱えた。

 よかったね、ドM調教成功じゃん。


 まあ、ここで話を進め過ぎる訳にもいかない。

 あまりトントン拍子に進めると、『俺が準備していた』と向こうも疑うだろう。


 今日は向こうの有責という事実さえ確定させておけば、あとは何とでもなる。

 このあたりでお開きだろうな。


 後日、俺と美沙ちゃんが香苗、引いては梁島家と鷹司それぞれに慰謝料などを請求、という形で決着だ。


 俺は当然離婚するし、美沙ちゃんもそうする予定だとの事だ。

 まぁそれで、この件は終了──









 で、終わらせるわきゃねぇだろぉがぁあああああっ! ボケェエエエエッ!


 金はもちろんキッッッチリ、一切の容赦なぁあああくっ! とことぉおおん! 回収するっ!


 だがなぁ、その上で鷹司ぃいい!

 オメーはダメだ! 超有罪スーパーギルティ判決、裁判長はこのわたくし、東村忠之でぇえええす!


 ガキの頃からの友情を裏切り、女を寝取っておいて、ちょっと殺してから蘇生したり、数百万の税金払わせたり、慰謝料取るくらいで済ませるわきゃねぇだろ!

 そんなモンで済ませたら、あとで絶対モヤモヤする!

 この復讐は、長く勝利の余韻を味わえる逸品に仕上げる!


 定期的に思い出すたびに、ニヤニヤ不可避なレベルの「今日いいツマミがないなぁ、そうだ、鷹司くんの事を思い出して旨い酒飲もう!」そんな目に合わせてやるに決まってるだろうがっ!


 という訳で、美沙ちゃんに「先に淳司くん連れて帰ってくれない?」とお願いする。

 これから起こる事を子供に見せるのは、流石に酷だからな。

 美沙ちゃんは頷くと、俺に微笑んでくれた。


「東村君のおかげで、ずっと言ってやりたかった事が言えてスッキリしました」


「それは良かった」


 美沙ちゃんはそのまま淳司くんの元に行き、手を引いた。


「パパは?」


「パパは悪いことしたの、だから一緒に帰れないのよ」


「そうなの? ⋯⋯じゃあねパパ、バイバイ」


 美沙ちゃんに完全拒否され、取り残された鷹司はうなだれていた。

 ふふふ、美沙ちゃんグッジョブだ。

 刺客の毒が効き、これから行う復讐の効果が上がったぜ。


 準備万端、さあここでトドメだ!

 この数ヶ月、鷹司への復讐は何がベストか考え続けた。

 それに費やした時間を、今! ここで! お前に叩きつけてやるっ!


 できれば、俺が感じた屈辱、それ以上の物を味あわせてやりたい! と昼夜考え、練り上げた、至高のプランだ!


 その為に香苗を寝取り返す?

 それはイヤだ、触れたくもない。


 じゃあ、美沙ちゃんをオトす?

 そんなの、童貞の俺には無理に決まっている。

 何より美沙ちゃんはそんな軽い女じゃない⋯⋯と信じたい。

 むしろ、あの清楚な美沙ちゃんが、俺なんかに堕ちる姿は見たくないまである。

 もしそうなったら、激しく興奮はするけども。

 するんかーい!


 まあとにかくそんな葛藤、永い苦悩の末──俺はたどり着いたのだ。


 寝取り寝取られ、その『真理』に。


 数ヶ月前、追体験をした直後に俺は思った。


『堕ちた女と、その原因となった男。

 その二人を、取られた側が地獄に送る⋯⋯それこそが真の快楽なのだ』


 全然違うわぁあっ!

 浅いわっ、そんなん!

 

 俺はなぁ、思考という果てしない旅を経て、遂に、寝取り寝取られの『本質』へとたどり着いたのだ。


 俺が開眼した真理、それは──。


『寝取らずして、寝取る。これぞ寝取りの極意なり』


 という事だ。


 ⋯⋯もし、俺がこんな意見を一年前にSNSで見たら『お前はいったい何を言ってるんだ』というクロコップ画像のリプを送っただろう。


 だが鷹司との、子供の頃からの付き合いで感じていた『違和感』と、新幹線の中で見た『雑誌広告』、そして最後に加藤家寝室で撮影された、鷹司と香苗の『行為動画』。


 その三つが、俺を『開眼』へと導いたのだ!


 そう、俺は辿り着いてしまったのだ。

 それは未だ人類が到達した事のない、未踏の領域ステージ


 童貞のまま寝取るという、新たな地を開拓したのだ!


 さあ、鷹司よ。

 俺がこれまでに受けた屈辱を⋯⋯いや、その数倍の痛みを!


 今からお前に食らわせてやる!



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